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2008年9月 7日 (日)

みんなの川の清掃デーと西瓜割り

今日の名言

心をはげまして高尚にふるまい、世間から離れて俗習に背をむけ、高踏な議論をして世を怨んだり誹(そし)ったりするのは、昂(たか)ぶったことをしているだけである。

『荘子』(二)

Yudono11悲しみに大き過ぎたる西瓜かな 犬山達四郎

西瓜が秋の季語だということは、先日知ったばかりです。季語と季節感のずれについては、この2年でだいぶ慣れてきましたが、それでも今回はさすがに違和感をもちました。本日の句、はじめから「悲しみ」が差し出されてきます。

こんなふうに直接に感情を投げ出す句は、読み手としては読みの幅が狭められて、多少の戸惑を感じます。それでもこの句にひかれたのは、「悲しみ」と「西瓜」の組み合わせのためです。たしかに、「悲しみ」をなにかに喩えるのは、他の感情よりも容易なことかもしれません。それでもこの句の西瓜は、充分な説得力を持っています。

大き過ぎる西瓜を渡されて、両手で抱えている自分を想像します。抱え切れない悲しみに、途方にくれている自分を想像します。さらにその大きさに、目の前の視界をふさがれた姿を想像します。悲しみにものが見えなくなっている自分を、想像します。

どんなささいな悲しみも、当事者にとってはそれ相応の大きさを持つものなのでしょう。そして形は、この句がいうように、とらえどころのない球形なのかもしれません。「朝日俳壇」(「朝日新聞」2008年9月1日付)所載。(松下育男)

西瓜、先だって三浦三崎の城ヶ島に、行って来た。途中国道沿いに、野菜を売っている小屋が何軒かあり、その軒先には、当地で取れた西瓜が並んでいた。大きい、何としても大きい西瓜である。とても老夫婦2人では、どうする事も出来ない。

皆で集まって西瓜割り大会などをすれば、使えるのだが、そういえば、当町会の会館で今日子供達で、西瓜割り大会をすると、雷太鼓を練習している子供達30人ぐらいで行うそうだ。

秋とは言え、今日も30度を越える暑さである。八王子市主催の「みんなの川の清掃デー」であった。当町会は、参加者105名、6時~8時までであった。

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