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2008年9月29日 (月)

ふるさとはどこへ

今日の名言

友への同情は、堅い殻のしたにひそんでいるのがいい。

ニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』(上)

08nairikusen_kayabuki11ふるさとは風に逆らふ稲穂かな 八木忠栄

作者は新潟の出身だ。言わずと知れた米所、一大穀倉地帯である。同じ田園といっても、山口県の寒村のちまちましたそれしか知らなかった私は、新潟の列車の窓から見た行けども尽きぬ田園風景には圧倒された覚えがある。句では、その田園が実りの秋を迎えている。ちょうど今ごろだ。

初夏には青田風にそよいでいた稲たちも、いまやずっしりとした稲穂をつけており、少々の風にはびくともしないほどに生長している。そんな「ふるさと」の光景に、これぞ我が風土と、作者は頼もしげに共感している。

そしてこのとき「風になびかぬ」ではなくあえて「逆らふ」と詠んだのは、作者がこの土地の歴史を意識しているからだ。有名な戊辰戦争において、決して時の権力に迎合しなかった先祖たちの反骨の気構えを誇りに思っての詠みである。

読者としては、その後の「米百俵」の故事も想起され、さらには作者その人の生き方にも思いが及んでゆく。スケールの大きい佳句と言えよう。『身体論』(2008)所収。(清水哲男)

秋の日に柿の実が目に付くようになって来た。分譲住宅の裏庭にいつの間にか柿の木の存在を知る頃となった。そんな近所のお宅の裏道を歩いていたら、奥さんから柿の実を取ってくれた。

開発が進んで田んぼはなくなってしまったが学校・サラリーマン時代は、実家の親父が独立した子供達を休日に召集をかけて、稲刈りを手伝わされた。男6人と兄弟が多かったのと、近くにいたこともあって、その時は気持のよい汗をかいたものだ。

35年前の事である。住宅や・マンションが立ち並び、この場所に、田んぼがあったなんて分かる人も少なくなってしまったようだ。故郷はどこかにいってしまった。

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