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2008年9月21日 (日)

「真我」とは

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「本当の自分とは何か」

今朝目が覚めた時計を見たら2時であった。「真我」以前何かの本で見た事を思いだし、意味を調べてみた。  「真我」とは、宇宙意識と言ってもいい私たちの実在、私たちの心の一番奥に在る本当の自分ということだ。

これは古今東西の宗教・哲学において問われてきた、永遠のテーマです。
「本当の自分」は、他人に評価された自分とも、自分で思っている自分とも異なります。他人に評価された自分も、自分で評価した自分の一つの自分のイメージなのです。
自分のイメージは、自分の普段の志向や言動、表情に出たりすることを振り返ることによって形作られます。

そして、自分の普段の行為は必ずしも真実の自分を反映しているわけではありません。

例えば、極悪人と思われている人にも本当はものすごく優しい心があって、何かの間違いで元の心とは違う心の癖がついてしまったのかもしれません。その人の心の奥には、本当は素晴らしい自分があるのかもしれません。
そして、私は、私の主宰する研修において、全ての人の心の最深層には必ず愛に溢れた素晴らしい自分が存在するということを確かめてきました。
ですから、私は揺るぎない確信とともに、心の奥にある素晴らしい自分を大前提として、全ての人を理解しています。

私たちの心は、二種類の心で出来ています。人間の心と宇宙の心です。

人間の心には迷いがあります。物事をさまざまに解釈して、人間対人間の関係は誤解の塊なのです。「あの人は良い人だ(悪い人だ)」と、想像を加えて同じ人に対して全く逆の解釈をすることもあります。
宇宙の心は本当の自分の心です。宇宙の心は一つの心であり、調和の心、愛の心です。ですから、真実の自分を知れば世界は一つになります。

宇宙の心は埃をかぶって曇っていても、あることには間違いありません。それを自覚しなければ出てはきません。地下に埋もれていようがあるのだと自覚することです。
目の前に見えないからと言って、ないわけではありません。必ずあります。

全ての人の心の最深層には必ず愛に溢れた素晴らしい自分が存在する。

真我(=本当の自分)に出逢うことは、精神世界や心理学、成功哲学や宗教などあらゆることを求めてきた人の、双六で言う上がりなのです。そしてそれと同時に、新たな生まれ変わりへの出発でもあるのです」

「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」 (孔子)

これは、「自分の生きる目的が明確になれば、今晩死んでもかまわない」というくらい、「真我」に出逢うことが人生において価値のあることである、という孔子の言葉です

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