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2008年9月25日 (木)

身を削り、気力尽くし=病と闘った「世界の王」-王監督退任

539571精神力でここまで持った。『お疲れさんでした。』ここまで来たのも並大抵の努力では出来ない。多く人に、勇気と希望を与え続けてきた、勇退と決まってその偉大さが改めて知らされる。

「体の続く限り」の永久政権を約束されていた王監督に幕引きが訪れた。23日、シーズン途中での退任発表。突然のように見えた決断も「一昨年の発病からの流れ」と、王監督は語った。
2006年に胃の全摘出手術を受けた。昨年は春季キャンプから指揮を執り続けてシーズンを完走。完全復帰を果たした形にはなったが、術後に一時8、9キロもやせた体には、本人の見通しをはるかに超える負担がのし掛かっていた。

現役時代に868本の本塁打を放った一本足打法を支えた下半身の肉はそげ落ち、「いすやベンチに座ると、今まで当たらなかった骨が当たって痛いんだよ」と座布団を持ち歩いた。点滴を打って試合に臨んだこともたびたび。この日の記者会見では「自分の足ではない気がすることもあった」と打ち明けた。

昨年も限界を感じて辞任を考えたが、もう一度と気力を振り絞り、「集大成」と位置付けて臨んだ今季。体調は「良くはなってきたけど、万全ではない」ままだった。

8月14日には食べ物を詰まらせ、体調不良で試合を欠場。「グラウンドに足を踏み入れることもできなかった」。術後初めて公式戦を休んだことは、ショックだったようだ。

ファンは、やせ細った姿を見て心配しつつ、王監督なら、との期待を抱いて声援を送り続けた。03年以来遠ざかっていた、世界一美しいといわれた胴上げで有終の美を飾ってほしいと望んだ。

いつからか王監督は、東京へ「行く」、福岡に「帰る」と言うようになった。「巨人」から踏み出し、激しい戦いに身を投じて弱小球団を育て上げた、山あり谷ありの14年。「どうして九州、福岡の人はこんなに温かいのだろうと思いながら過ごした」。万感の思いを込めて話した。

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