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2008年9月12日 (金)

イラクから航空自衛隊が引き上げが決まる

282_field111_2イラクから航空自衛隊が引き上げが決まった。小泉政権の無理ともいえる強引さは、アメリカのブッシュ政権と対米関係を良好に保とうという一点に集中された。

私も、これはちょっと行き過ぎと思っていたが、名古屋高裁で厳しく批判され、イラク派遣は「違憲」とされた。インド洋での給油問題に関心が集まるアフガニスタンについても、より広い視点から支援のあり方を考える時だと思う。

今朝の朝日新聞社説も、イラクに派遣されている航空自衛隊が年内に引き揚げることになった。2年前には、南部サマワで活動していた陸上自衛隊が撤収している。4年を超えたイラクへの自衛隊派遣に、ようやく幕が引かれる。

政府が撤収の方針を決めたのは、自衛隊がイラクで活動する根拠となっている国連安保理決議が年内で切れるという事情が大きい。米国も駐留軍を削減する方針を打ち出した。そろそろ潮時であり、撤収しても対米関係にひびは入るまいと踏んでのことだろう。 だが、初めからこの自衛隊派遣には無理があった。

イラクで戦闘に巻き込まれ、「海外で武力行使をしない」という憲法の大原則に反してしまう事態もありえた。そもそも、イラク攻撃に国際的な正当性があるかも疑わしかった。

その後、開戦の大義とされた大量破壊兵器の存在も、アルカイダとのつながりもなかったことを、米国自身が認めざるを得なかった。そうした事実にまともに向き合わず、ずるずると派遣を続けてきた小泉首相や以後の歴代政権の責任は重い。

自衛隊の派遣は、確かにブッシュ政権から高い評価を得た。だが、一方で日本に大きな傷跡を残している。7年前の9・11テロ以来、国際テロをどう封じ込めていくか、世界は難しい問題に直面した。なのに、日本政府の対応はイラクへの自衛隊派遣で対米関係を良好に保とうという一点に集中し、日本はどのような形で国際責任を果たすべきなのかという議論が、対米協力論の中に埋没してしまった。その後遺症は今も続く。

また、世論が分裂する中で、無理に無理を重ねた憲法解釈で自衛隊を出したツケもある。 「自衛隊が活動する地域は非戦闘地域」というむちゃな論理。自衛隊機が武装した他国の兵員を運んでいるのに、武力行使とは一体化していないという主張。これらは今年4月の名古屋高裁の判決の中で厳しく批判され、イラク派遣は「違憲」とされた。

強引な政府解釈に対する国民の素朴な疑問に答える判決でもあったろう。航空自衛隊の輸送機が実際に何をどれだけ運び、どんな作戦を支援していたか、政府は今なお具体的に明かそうとしない。政府は国民にきちんと説明する責任があるし、国会も自衛隊の活動を検証すべきだ。

さらに、イラク派遣に自衛隊のエネルギーを集中したあまり、それ以外の地域の平和構築活動に極めて消極的になってしまった。憲法の下で日本ができる協力はほかにも多くある。インド洋での給油問題に関心が集まるアフガニスタンについても、より広い視点から支援のあり方を考える時だ。

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