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2008年7月29日 (火)

我が家の庭に空蝉が

今日の名言

コーヒーの味はコーヒーによって呼び出される幻想曲の味であって、それを呼び出すためにはやはり適当な伴奏もしくは前奏が必要であるらしい。

『寺田寅彦随筆集』(四)

035691わが死後は空蝉守になりたしよ 大木あまり

ずいぶん前になるがパソコン操作の家庭教師をしたことがある。ある女性詩人の依頼で、その一人暮らしの部屋に入ると、玄関の上に大きな駄菓子屋さんで見かけるようなガラス壜が置かれ、キャラメル色の物体が七分目ほど詰まっていた。

それが全部空蝉(うつせみ)だと気づいたとき、あまりの驚きに声をあげてしまったのだが、彼女は涼しい顔で「かわいいでしょ。見つけたらちょうだいね」と言ってのけた。「抜け殻は残されたものだから好き」なのだとも。

その後、亡くなられたことを人づてに聞いたが、あの空蝉はどうなったのだろうか。身寄りの少なかったはずの彼女の持ち物のなかでも、ことにあれだけは私がもらってあげなければならなかったのではないか、と今も強く悔やまれるのだった。

掲句が所載されているのは気鋭の女性俳人四人の新しい同人誌である。7月号でも8月号でも春先やさらには冬の句などの掲載も無頓着に行われている雑誌も多いなか、春夏号とあって、きちんと春夏の季節の作品が掲載されていることも読者には嬉しきことのひとつ。

石田郷子蜘蛛の囲のかかればすぐに風の吹く〉、藺草慶子水遊びやら泥遊びやらわからなく〉、山西雅子夕刊に悲しき話蚊遣香〉。「星の木」(2008年春・夏号)所載。(土肥あき子)

我が家の狭い庭にも、 紫陽花の葉裏で空蝉が見かけれれる。夜に何年も地中から這い出して羽化して僅か1週間の命を、子孫を残す事に力を出すのだと思うと、無事に羽化が出来たのだと思うと、感慨深い。

 空蝉の 鉄中に爪が  突き刺さり 

 一粒の 夜露を乗せて 蝉静か

最近みんみん蝉がスッカリ少なくなったようだ。山の開発が進んで居場所がなくなったのかかなあ・・・。昔は7/25日に鳴き出すと、陽気は平年並みと親父は言っていたが・・・。

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