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2008年7月29日 (火)

水と人間生活

05oirase31朝日新聞のコラム                                                らちの明かない議論を「水掛け論」と言うが、水争いから生まれた言葉ともされる。農家にとって水は命である。かんがい施設の整う以前は、日照りが続くと、水をめぐるいさかいが頻発した。

争いは、他人同士ばかりではなかったようだ。狂言に「水掛聟(むこ)」というのがあって、婿と義父が田へ引く水を奪い合う。顔に泥を塗り合ってけんかを始める。ときには身内の仲も裂くほどに水は貴重だった。

きびしい「水争い」がいま、アジア各地で起きているという。食糧需要の高まりや、工業用水の急増が背景にある。インドでは、借金をして井戸を掘ったものの、水が出ずに自殺する農民が後を絶たない。くみ上げすぎで、地下水の層が年々深くなっているためらしい。

タイでも、穀倉地帯の水不足が深刻だという。農業と工業で、取り合いをしている。「限られた水資源の中で生産は目いっぱい」と憂える現地の声を、本紙記事が伝えていた。豊かな大河の流れるかの国でも、いまや安泰とはいかないようだ。

宇宙から見れば地球は青い。色のとおりの水の惑星である。とはいえ、ほとんどは海水で、淡水は2.5%にすぎない。東京大の沖大幹教授の試算によれば、水を安定的に得るのが困難な人たちは、いま世界で約25億人にのぼっている。

それが、今世紀半ばには約40億人に増えるそうだ。私たちとは無関係、と思うなかれ。食糧輸入の多い日本は、農畜産物を育てるための膨大な水を、実は外国に頼っている。わが食卓が世界の水につながっていることを、忘れまいと思う。

“水”に悩むということで、これも自然界に刃向かう愚かな人間ののお陰で、昨日神戸の灘区の都賀川が激しい雨で急激に増水し、学童保育で遊びに来ていた子どもや橋の補強工事をしていた作業員など少なくとも11人が流されて、4人が亡くなったと言う。

鉄砲水で、僅か10分で水位が130センチ上がったそうだ。川の直線化や川の両岸・川底までコンクリートで固めてしまたためと言う。自然の川が蛇行していて、両岸はブッシュで、柳や葦などが生えている。勿論生物だって生息している。便利さ、人間の都合だけを考えて改修したためだ。水は人間が生活するに上手に利用しなければならないが、自然を侮っていけない。

しかし、こちら東京都多摩西部は10日間も熱帯夜が続くが雨は降らない。遠く北西の空は毎日午後3時ごろ黒雲が覆い、雷鳴が轟いているが、こちらには、影響がない。畑の作物や山の木々も雨を望んでいるが、中々旨くいかない。我が家の前の砂利道は、砂埃で毎日水撒きをしなければと思っているが、焼け石に水に終わってしまうようで・・・。

そして、今朝6時45分頃、九州の戸畑区飛幡町の新日本製鉄八幡製鉄所構内から出火して、何時間も燃え続けているそうだ。暑さと水は関係が深い。大きな被害で鎮火して欲しいと願うのだが・・・。

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