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2008年7月 5日 (土)

つれづれなるままに・・・。

07tamurano_yuhi31 毎日が日曜日の暮らし、人性に無駄の日はない。無駄の日を過ごしてしまったと思う事もあるが、最近はこれで良いんだと、焦る気持を落ち着かせるようことに決めている。

その年その年でなければ出来ないし、して置かねばならないことが、分かっていない。反省をしても、過ぎてしまった過去は取り返せない。

それでも、季節季節の花の咲く頃を確り確認する心の余裕がない。不思議である。日常いくらでもある時間を有効に使っていない。

歳時記を辞書で見ると  1年のおりおりの自然・人事などを記した書物。歳事記。 俳句の季語を集めて分類・整理し、解説や例句を載せた書物。俳諧歳時記。季寄せ。  とある。

「日くらし、硯にむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。」

かの吉田兼好の徒然草の序文であるが、よーく考えると今やこの状態に、陥ってしまっているのかも知れない。なんだか平和ボケと、将来の事を、をのうてんきでいるのかも知れない。

人間は、忘れる動物である。忘れる事が出来るので、将来に希望が持てる。過去の思い出にすがって生きていては、将来がない。確かに過去の積み重ねで今があることだが、将来は始めての事ばかりである。

訳のわからぬ文を書いて、何を言いたいのか自分でも解からぬが・・・。

要するに人性ジタバタしても仕方がない。とどのつまり結局は「なるようにしかならない」と言う事だ。人の一生を果てしない大海を泳いでいるとするならば、大きな波、台風、日照り、などの障害が必ず遭遇する。その時は、その時で、その時の持てるパワーで乗り切るよりい方がない。力尽きてしまってもこれが運命と思うしかないという事だ。

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