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2008年4月12日 (土)

ダマイ・ラマと日本の政治

07tamurano_yuhi31今朝の産経新聞の産経抄にチベットのダマイ・ラマ14世の生い立ちから、チベットが窮地に追い込まれている現状と思いが書かれていて、興味があったので、記して見た。

チベット北部の農村に生まれたダライ・ラマ14世は前代の生まれ変わりと認定され、わずか4歳で即位している。以来72歳の現在まで「活仏」として、チベット人の精神的、政治的指導者であり続けた。中国の支配に始まるチベット苦難の時代にである。

しかもその大半は亡命生活を強いられてきた。恐らく凡人には想像もつかない重圧があることだろう。だが地位が人を育てるのか、その毅然(きぜん)とした政治姿勢には感服させられることが多い。飄々(ひょうひょう)としたような表情やしぐさから、ときにホッとさせられる。

一昨日立ち寄った成田での記者会見もそうだった。頭に指で角を立てるような格好をして「私は悪魔ですか」と、笑いかけた。チベット騒乱はダライ・ラマがあおったものだ、とする中国の幹部が「悪魔」「オオカミ」などとののしっているのを、やんわりかわしたのだ。

その一方、記者会見前に安倍前首相の昭恵夫人と会ったときには、胸のうちを正直に打ち明けている。「このまま5年、10年とたてばチベットはなくなってしまうのではないか」。日ごろ平和主義、非暴力主義を唱えているダライ・ラマの苦悩の声に思えた。

それにしても日本の政治家たちの、このチベット指導者への冷たさはどうだろう。訪米の途中の立ち寄りとはいえ、政府関係者による接触はまったくなかった。「チベットはなくなる」という「叫び」を受け止めようとしたのは安倍夫人らごく少数しかいなかったのだ。

言うまでもなく中国を恐れてのことだろう。しかし今度のチベット騒乱を機に中国と距離を置こうとしている国際社会の中では異様に映る。その政治家たち、胡錦濤国家主席が来日すれば何事もなかったように「熱烈歓迎」するのだろうか。

日本の国際的政治姿勢の一貫性がない。如何に、日和見主義で、毒入り餃子事件・拉致問題でも、何か曖昧なところが目立ち始めて、成り行き任せの政治姿勢のようである。まだ、政治家が自分の命を賭けて日本を統治するという気概が見られないのが残念である。

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