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2007年12月 7日 (金)

「でも」「だって」の言い訳

今日の名言

金は後世への最大遺物の一つでございますけれども、遺しようが悪いとずいぶん害をなす。

内村鑑三『後世への最大遺物 デンマルク国の話』

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「だって」「でも」という返事が世の中にはある。
 誰でも、近くでも時折耳にされたり、無意識のうちに言っていないだろうか。 これを笑って許せるのは自ずと立場の差がある場合なのだが、ひとたび対等の立場となれば「貴方は間違っていて、私は絶対に正しい」と言う事になってしまう。 「自己のみ肯定、他人は全て否定」と言う事になっているのに返事するほうは全く気がついていない。

精々頭を垂れて過ぎ去るのを待つだけであるが、それでも「何時か判ってくれるのだろう」と思っている自分が少しだけ救いなのだろう。
 返事を言う相手もさることながらだが、それを笑って許せない自分も果たして如何なのだろうか、と思ったりする。

犯罪を犯した人の言い訳、犯罪まで行かない悪行?をした若い人たちの言い訳は、大抵「だって」と言う。

街で、ゴミを何のためらいも無く捨てていく中年のサラリーマンに、一度注意したことがある。「ゴミ捨てないで・・・」と言ったら、「だって、捨てるところがないじゃないか」と答えが返ってきたのには、後の言葉がなかった。

近くのバス停で、タバコの吸殻を拾っていたら、立派なサラリーマンが目の前に投げ捨てて行った。まだ火が消えていなく、煙が立っていた。「駄目じゃないか」と注意したら、「だって忙しいから」と返事が返ってきた。

ボランテアで毎朝ごみを拾っているが、目の前で捨てて行かれたのは初めてであった。

「だって」「でも」などの使う言葉には、自分を正当化する、意味の無い言い訳に過ぎない。「自己犠牲」「身銭を切る」は、人間社会に生きるには、ある程度仕方がない。車を運転していても「譲り合い」の心が事故防止につながる。

世知辛い世の中間違った行為をしてしまったら、「済みません」と言う言葉が出るように、素直な心を持ち続けたい。そしてその後「でも」「だって」の言い訳はしない人間になれば世の中明るくなると思うが・・・

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