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2007年12月26日 (水)

野草に習う

今日の名言

芸術は長く、生命は短いというが、長いのは生命だけで、芸術は短い。
芸術の息吹きが神々のところまで高められるにしても、それはわれわれにとってつかの間の恩恵にすぎないから。

ベートーヴェン『ベートーヴェン 音楽ノート』

0261

「オイ。オイ」と表のガラス戸を叩いて、女房を呼んだ。ジャージにいっぱいに付いた草の実を、取ってもらうためだ。前の湯殿川の柵の向こう側に落ちている塵を拾って付いたコスモスの実。

「どうしたの?背中の方まで付けちゃって」、「塵が落ちていたんで拾ったんだ」。コスモスの実のしたたかな繁殖のメカニズムである。そうやって誰かに実を運んでもらい生命を広げて行こうとする。

植物には、色々な繁殖のメカニズムはあるが、この種の類は、単純であるが、鳥に食べてもらって繁殖させる植物もある。手入れの不十分な我が家の庭に柘植の木・山椒・千両・やぶこうじ・が植えたのではなく生えている。夫々の子孫を残そうと神は教えたのだろう。

正月に活ける「花の心」にも通ずる「守・破・離」と言う基本があるそうだ。(主にスポーツなどの教えに使っている)

日本人はルール好きなのだろうか、それとも独創性に乏しいのだろうか、とにかく「基本」
を忠実に守る、教える。守ることが好きなのだ。

ハウツー本でも「これで分かる○○の基本」なんてタイトル見かけることが多い。
そしてみんなまじめに従う。基本ができなければ、すべて失敗してしまうと信じているかのようだ。

「守」とは日本人好みの「守る」行為である。最初は基礎どおりのスタイルを身につけていた、と予想できる。

次にどうしても上達の「壁」につきあたる。そこでいままで一生懸命まもってきた基礎をあえて破ってみる。自分の体にあった本当のスタイルはどういうものだろうと考える。

そのレベルになったら色々なスタイルを自分で研究していくしかない。何を柱にして何を譲るのかを動きながら探る。考えてばかりいないでやり続けること。これが「破」である。

そして「離」。ここで、先祖のDNAを引き継ぎ、時代環境に適応した生き方をする。

美味しいフランス料理、斬新なファッション、快適な住まい、時代をリードしていく企業・・・このようなものにも守破離がある。

活け花も例外ではない。守破離の芸事でる。時代とともに変わる柔軟性がなくなったら時代とともに歩いてゆけなくなる。だから色々なものに興味を示し、たえず発想のヒントを求めていくアンテナを張りめぐらせることだ。子孫繁栄となる。

野生の草花にも、したたかな生き方する。習うことが多い。

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