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2007年12月14日 (金)

薬害肝炎訴訟に思う

今日の名言

歴史家は、その主要着眼点を第一に、かれこれの時代において人間が如何(いか)に考え如何に生活したかという、ところに置かなければならない。

ランケ『ランケ 世界史概観』

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「命の重さに差別されるのか」

被害者を救済する政治決断を先延ばしにしたうえ、薬害を招いた責任をはっきり認めようとしない。裁判所が和解を勧告しているのに福田康夫首相は何をぐずぐずしているのだろう。

型肝炎の患者らが全国各地で訴えている「薬害肝炎訴訟」で、大阪高等裁判所は、新たに裁判を起こす被害者について、血液製剤の投与の時期などで救済範囲を限定するとした和解の具体案を示した。
被害者の全員一律の救済を求めてきた原告側は、受け入れを拒否した。

和解案は、政府の後押しをしているようで,弱い原告側から離れたような見方をしているようでならない。

舛添要一厚生労働相は今月4日、初めて原告団に謝罪の言葉を述べたが、厚労省は依然として責任を認めていない。それどころか、418人の肝炎患者リストを放置した問題では、うち56人が命を落としているのに、厚労省の調査チームは告知を怠った職員の責任を否定する報告書をまとめた。過ちを認めず、被害を直視しない厚労省の体質と姿勢が、薬害を繰り返す原因と思わざるを得ない。

ただ、今回の骨子案に福田首相は「感染者、患者の方々の立場に配慮して、真摯(しんし)に検討していきたい」と述べている。被害者の早期救済を実現する首相の政治決断が必要なときがきている。 何と言っても時間がない、早急な対応が望まれるところだ。

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