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2007年12月23日 (日)

やばいぞ日本

Misakubo51

今日の名言

経る時の中に機会は含まれている、しかし機会は長い時を含んではいない。治療は時の経過による、しかし機会によることもある。

ヒポクラテス『ヒポクラテス 古い医術について 他八篇』

今朝は、屋根を叩く雨音で目が覚めた。雪でなくてよかった位昨夜は寒かった。風もあったせいかなあ・・・

昨日は、町会の会館周辺と、川に落したごみ拾いをした。家庭ごみで袋の中を広げてみると、可燃物・不燃物・危険物などが一嘱託になって捨ててあり、区分けにして、袋に分ける作業は大変だった。

空き缶・ペットボトルは、溶けてなくらない、このままどんどん捨てて行ったら、川も道路もみんなゴミ捨て場となってしまう。フッと考えた、捨てても良いが「もっと拾う人が増えれば良いのだがなあ・・・」そうすれば拾う大変さ分るので捨てる人は少なくなる。と

今朝は、そんなことを考え、産経新聞の、特集で「やばいぞ日本」座談会」の欄をみた。『なるほど』とうなずけた。

(宗教学者の山折哲雄、JR東海会長の葛西敬之、元外務省中東アフリカ局参事官の宮家邦彦、一橋大学客員教授の中満泉の4氏)

以下救国シナリオに集約された。

(1)日本は危機的な状況を迎えているのに、日本人は深刻さに気付いていない。

(2)競争力を強めるため、退路を断って思い切った改革を断行する。

(3)そのためには「覚悟の戦略」をもったリーダーが必要だ。

(4)年長者が次世代をきちんと教えて人間関係を安定させる。

このままだと、日本社会の劣化が行くところまで行き、この先は沈没しかないのか、と感じた。

冒頭に山折氏の言葉である。 

戦後60年、われわれの社会は家庭でも学校でも職場でも「人間関係が大事だ」と言い続け、その結果、人間関係そのものが非常に不安定になった。

 何が欠如していたのかというと、親子や師弟の関係でも、技術や知識を年長の者が次の世代にきちんと教えていくという教育の垂直軸というものを問題にしなかった。これがかえって人間関係そのものの基礎を崩した。

 それから水平軸が横並びの平等主義となり、互いの足を引っ張る構造を作り上げた。垂直軸がしっかりしていれば、嫉妬(しっと)や怨念(おんねん)はかなりコントロールされる。それが正当な人間関係の中に吸収されず、ライバルや憎しみの相手に向けられ、社会の中に蓄積している。子殺し、親殺しなどの残虐な事件が多発しているが、蓄積した嫉妬や怨念が外に向かうと殺意になり、内に向かうと自殺を引き起こす。外にも内にも向けることができない人間は行き場を失って鬱(うつ)になっている。

 教育を中心にあらゆる社会組織の中に垂直軸と水平軸という立体的な体系を築き上げなかったことが問題だ。

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