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2007年12月21日 (金)

野菜の買出し

今日の名言

人は決して倖(しあわ)せを避けて通る者ではない、花を見ないで道を通ることはできない。

室生犀星『犀星王朝小品集』

Kazekusa11 時々、散歩を兼ねて、農家の家に野菜を買いに行くのである。自分も農家の生まれ、山羊や牛の乳を飲んだり、鶏と一緒に庭で遊んで育った。

そんな、農家は歩いて30分、山(おか)を超えて行くことにしている。有機質の肥料作りに、家畜を飼っている、牛が6頭いて、牛乳を搾っている。その農家の施主は、私と中学の同級生である。

周囲は住宅が押し寄せて来てはいるが、まだ、野菜畑が家の周りに一町歩位に広がって、ほうれん草・小松菜・大根・人参・ブロコリーなどが今は採れる。

しかし、後継者がいなく、今の彼の代で農業は終わりであると力なく話す、(従事者は彼と奥さんとお婆さんの三人)大変な仕事である。

「生き物がいると休みがとれないからなあ・・・」つぶやく

時代で仕方がないが、タイムスリップした、農家の雰囲気はなんとも気分が癒されるようでいごこちが良い、庭先には柚子の実や、金柑の実が黄色く、昼間のクリスマスツリーである。

90歳になろうかと思える越の曲がったお婆さんは元気に、愛想よく、

「この人参は取れたて新鮮で無農薬、おいしいよ!」

「少し、もって行くか!」

と言って話す。そんな同級生の農家に行き、新鮮な野菜を少しだけ買ってくる。

少し買いすぎて、山を持って上って帰らねばならないのが大変である。汗ビッショリになることもあり、「良い運動になった」と妻に話す。快い疲れは気分が良い。

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