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2007年10月10日 (水)

粛々と生きる

 今日の名言 

わたしは良心を持っていない。わたしの持っているのは神経ばかりである。
芥川竜之介『侏儒の言葉 文芸的な,余りに文芸的な』

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『粛々』という言葉がある。 有名な漢詩に『鞭声「粛々」夜河を過(わた)る』があるが、今政治家が使っている意味がちょっと違うと思う。政治用語での「批判には耳を貸さずに」と言う意味で使っているようだ。一般的には、 おごそかのさま。厳粛なさま。と辞書にある。

いずれにしても、今日は人生には色々な問題があるが、大きな波を迎えるような心境である。誰れでも、通る道ではあると思うのだが、・・・そこで多くの問題を『粛々』と進めていこうと思う、何も大上段に構えなくてもいいかな・・・。

神応寺住職の講話より

真実の姿を見る  

自分のわがまま勝手な色メガネを捨てなければ、真実の姿はなかなか見えて きません。

 
 人、舟にのりてゆくに 目をめぐらして岸を見れば 岸の移るとあやまる   道元禅師

これは、道元禅師が、あなたは舟に乗って、岸を見ていると岸が移るかのように、又景色が走っているかのように見えたりしたことがありませんかと、言われたのです。
 また、こんな話もあります、ある時一人の僧に「あれは旗がなびいているのか、それとも風がなびいているのか」と尋ねた、僧は答えて曰く、「旗にあらず、風にあらず、汝の心が揺れ動いているのだ」と、 このようなことはだれにでも経験があることです。

 私達自身の心が揺れ動いているから、そのも のをしっかりと見定めようとしないで、自分勝手な見方やとらえ方をしていることが多いのです。正しくものを見ることができないで、 我が儘勝手の色メガネでもってものを見てしまいます。
 道元禅師は自己のこだわりを捨てないかぎり、全てが自分中心に回転していると思いこんでしまうものだと、 説き示されています。

   石垣の 直下にたむろす 野菊かな 

 昨日散歩して見つけた、白い野菊は石垣の直ぐ下に可憐な花を見せて、存在を価値を示しているようであって、清清しい心にさせてくれた。

 

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