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2007年10月25日 (木)

〝まさか〟

今日の名言

好人物は何よりも先に天上の神に似たものである。第一に歓喜を語るのに好い。第二に不平を訴えるのに好い。第三に――いてもいないでも好い。

芥川竜之介『侏儒の言葉 文芸的な,余りに文芸的な』

Misakubo51

70年生きてきて、振り返って見ると・・・「上り坂・下り坂・まさか」について。

、「人生には三つも坂は無い」と・・・。人生は、上り坂と思っていても、実は下り坂であったと言う事もあったと思う。、下り坂だと思っていても、それは想定もしない上り坂であったことも経験した。要するに、人間が想定したり、認識していることとは関係なく、〝まさか〟のことが起こり続けていると言う事ではないかと思う。

〝まさか〟と言えば、最近の事件・事故のニュースは、この〝まさか〟の連続である。

まさかの事が多過ぎると感じるのは自然の感情であるが、考えて見ると、〝まさか〟とは、当人にとっては起こる確率が極めて小さい、或いは絶対に起こらないと考えていた事が起こった時の感情表現であろうと思う。しかし、冷静に考えて見れば、多くの場合、起こっても別段不思議ではない事では、ありますまいか。

最愛の人の突然の死は間違いなく〝まさか〟である。神戸や、新潟に起こった大震災も〝まさか神戸・新潟に・・・〟である。激増すると言われている熟年離婚も、申し渡される亭主に取っては、思ってもみなかった〝まさか〟の通告となるだろう。しかし、これらは、起こらないと言う根拠は何も無い、否、むしろ起こって当然の経過・原因があると断定してもよいと思う。

よくよく考えれば、この大宇宙の中で選りによって、この地球に、しかもこの小さな島国日本に、人間として生まれる確率は限りなくゼロに近いと仏法では説いている。生まれて来た事自体が〝まさか〟だと言う事であろう。〝まさか〟で生まれた命である限り、〝まさか〟はまさかでは無く、必然であると考えるべきではないかと思う。

〝まさか〟と思う事に遭遇したら、しばらくは「まさか、まさか」と悲しめば良いけれども、いずれはそれを必然だと受け止めて、後ずさりしないことだと思う。そう言い聞かせながら、〝まさか〟に備えたいと思う。

人生の坂は、〝まさか〟の坂一つしか無いはずであるから、また、全ての事象は『因果応報』でもある。

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