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2007年10月24日 (水)

日本人の自殺者について

今日の名言

なんのはや、世の中というものは、そんなに人の思うほど善くもなし悪くもなしですわい。

モーパッサン『女の一生』

271

日本人の自殺者は、昨年は3万人を越えているそうだ、これは9年連続である。先進国(G-7)では1位である。

その大きな理由として、昨年は消費者金融や連帯保証の問題が大きいと思う。

その原因となっているのが、リストラや非正規雇用の人の収入の低さや、一旦事業に失敗するとなかなか再出発が難しい日本の現状である。

日本はバブル崩壊以降、そして小泉・安倍政権になってから特に、日本の独自のスタンダードのようなものが崩壊していきた。

この方向性すべてを否定するものではないが、たとえば、グローバルな競争力に勝てない業種があったとして、ここに税金が投入されていて、ここに大きな無駄や、良からぬ権益も発生していたとして、この部分を改革するのには大賛成である。

しかし、この改革で一時的には必ず他の業種への転換に乗り遅れる会社や人が出てくる。ところが現在の日本では、この人たちを救済することで、税金の無駄遣いというような風潮があって、弱者救済的なことを言うと、すぐにばら撒き政治の復活とか、大きな政府にするのかとか、こんな頓珍漢な議論が出てくる。

経団連だって今の会長は、国際競争力の強化一辺倒。それも付加価値で勝負すると言うのではなく、コストで勝負するのかと言う、キャノンの会長とも思えない。

また別の見方をするとwebで(ちょっと一息ためになる話)で、書かれていたものだが・・・

人間は長足の進歩を遂げたが、先進国を中心に自殺は急増している。日本はその最たる例だ。人はなぜ、死を選ぶのか。芥川龍之介は、遺書で、次のように書いている。  

「誰もまだ自殺者自身の心理をありのままに書いたものはない……僕は君に送る最後の手紙の中に、はっきりこの心理を伝えたいと思っている。(中略)君は新聞の三面記事などに生活難とか、病苦とか、或は又精神的苦痛とか、いろいろの自殺の動機を発見するであろう。しかし僕の経験によれば、それは動機の全部ではない。のみならず大抵は動機に至る道程を示しているだけである。
(中略)少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である」(或旧友へ送る手記)

 自殺の心理に、ひいては現代が直面する問題に、芥川は解明の糸口を与えていないだろうか。

 芥川龍之介は明治25年、新原敏三の長男として、東京に生まれた。
 生後八ヵ月の時、母・フクが突然、精神に異常をきたす。龍之介はフクの兄・芥川道章に預けられる。同家には独身を通した、フクの姉・フキがおり、我が子のように龍之介の面倒を見た。

 愛情に包まれ、芥川夫妻を両親と信じて育った龍之介だったが、子供らしくわがままを言える、自由な時代は続かなかった。十三歳で正式に子入りする前から、自分が"もらわれっ子"だと感づいていたのである。

 実母は、龍之介が11歳の時に世を去った。たまに訪れると、煙管で頭を殴られる始末で、龍之介は後年、「僕は一度も僕の母に母らしい親しみを感じたことはない」と述懐している。

自殺者の多い世の中はなくならない、しかしその原因を、政治家や、宗教家などはもっとこの問題を、真剣に考える必要があると思う。

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