« noblesse oblige(ノーブレス・オブリージュ) | トップページ | 低金利に思う »

2007年2月12日 (月)

作家藤沢周平のこと

読売新聞の2/11の朝刊コラム編集手帳に、作家藤沢周平の事が書かれていた。作家藤沢周平さんが亡くなって10年になる。評価は高まるばかりだ。藤沢さんの業界紙時代の仲間にも作家を目指していた人がいた。埼玉県所沢市の竹田亮一郎さん(73)もその一人である。

藤沢さんに2年遅れて同じ業界紙に入り、別の業界紙に移ってからも交流が続いた。30代40代は日曜も正月も家にこもり、文学雑誌の新人賞に応募する作品を書き続けた。子供を連れて行楽地に行く事もほとんど無かった。

何作かは、2次予選を通った作品もある。しかし、最終候補までは届かなかった。すでに有名になった藤沢さんも、「最終候補との差は、ほとんどないですから、もう一ふんばりしてください」などとはがきで激励した。50歳で最後の挑戦をする。

勤めも辞めて、一作を書き上げたが、これも2次予選の通過までだった。家族のことも考え、小説も諦めた。酒が少々過ぎた事と、藤沢さんのような粘りが不足していた事が反省点だと振り返る。

その後は、60代前半までは、雑誌の編集長として働いた。7年前には、所沢市制50周年記念として、地元の童謡の会が、市民から募集した童謡の歌詞の応募し最優秀作に選ばれた。曲がつけられ歌い継がれている。

今は、病気リハビリ中だが、竹田さんの半生も、藤沢さんと変わらない一途な歩みである。(以上読売編集手帳から)

ここらで、藤沢周平の作品で『風の果て』の本を買って読んでみるか・・・「たそがれ清兵衛」は映画になって人気があった所だ。

この所雨が降らない、前の道路がほこりでたまらない。少し降って欲しいものだ。雨は雪に変わるかもしれないが、降れば陽気は一気に春本番に駆け上るのだが。

今朝は、寒のもどり?で、ちょっと冷え込んで4.5度(部屋の中)だった。

東芝の工具課の小塚さんから電話があった。福田さんの奥さんが亡くなったとの、訃報の連絡だった。答えは、失礼しますとの返事をした。(旧姓畑中さんだが、奥さんとは余り面識が無かった)

雑感6カ国協議のことで、北朝鮮は、核開発を中止する代わりに、エネルギーを供給しろと言ってきた。その規模は、到底5カ国の納得するものではないと言う訳で、大変難しい共同声明となり、議長国中国の苦慮が解かる。

しかし、一体北朝鮮という国はどういう国だかわからない、麻生外務大臣でさえ解からないと言っていたから・・・な。だから、金正日は、駆け引きだけに気を使い、一般国民を考えない、酷い政治をしている。これでは、国の体をなしていない。見せ掛けの軍事だけでは、第2次大戦の日本のようなものだ。早く国際的に認められる国になって北東アジアの平和にしてもらいたい。

テレビでのドキメン報道などの映像では、半世紀前(終戦直後)の日本のような光景が映し出されている。本当に酷い状態で、拉致された人たちはどうしているのか心配するばかりだ。

午後より、散歩を兼ねて例のところに芹摘みに行く、レジ袋半分を取ってくる。

       西日射す  谷戸田の奥に   春菜摘む

       小さくも   春の匂いの     芹を摘む

       枯れ野原  春を探しに     一人来る

« noblesse oblige(ノーブレス・オブリージュ) | トップページ | 低金利に思う »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 作家藤沢周平のこと:

« noblesse oblige(ノーブレス・オブリージュ) | トップページ | 低金利に思う »