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2007年1月19日 (金)

一休さんの言葉

一休さんの遺した言葉について調べた。

一休=(1394~1481)幼名は菊丸、後は宗純

『有ろじろ 無ろじろへ帰る 一休 雨ふらば降れ 風ふかば吹け』から一休と呼ばれた。(華叟宗雲という人の弟子になり、呼ばれた)

「有ろじ(有漏そう路)」とは、迷い(煩悩)の世界、「無ろじ(無漏路)」とは、悟り()の世界を指す。

一休宗純が遺した言葉

○門松は、冥土の旅の一里塚、目出度くもあり、目出度くもなし。

○釈迦という、いたずら者が世に出でて、多くの人を、迷わすかな。

○仏法は、鍋のさかやき、石の髭絵に書く、竹の共ずれの声。

○問えば言う、問わねば言わぬ、達磨どの、心の内に何かあるべき。

○持戒は、驢(ろ=ろば)となり、破戒は人となる。

○秋風一夜百千年(秋風の中に貴方と共にいる。それは百年にも、年月に値するものだ。)

○花は桜木、人は武士、柱は絵、魚は鯛、小袖はもみじ、花はみよし野。

○何れの時が夢のうちにあらざる、何れの人か骸骨にあらざるべし。

○死にて後、如何なるものと成りならん、めし酒、団子茶とぞなりぬる。

○女をば、法の御蔵と云うぞ、実に釈迦も達磨も、ひよいひょい生む。

室町時代の高僧、一休宗純和尚は、元旦生まれとされている。既成権力を決定的に忍避して仏教の権威や形骸化などに対する批判し自由人として、奔放な生き様が、世間の圧倒的な支持を得た。一禅問答に熟達した彼には、簡単な事だった。

しかし、天皇のご落胤であった足利軍家体制維持よりも、弱体化した朝廷擁護という点では、生涯変わることは無かった様です。(落胤=高い身分の人が、正妻以外の女に子供を生ませる)

塵拾いをしてから、歩いて狭間の、イトウヨーカドーに行き、妻と待ち合わせて、津久井の城山湖に行って昼食を取る。帰りは、千木良より20号に出て、大垂水峠を越えて、またイトウヨーカドーにより、買い足りなかった買い物をして、帰宅2時50分だった。良く晴れたが、寒中らしい寒さと、風の冷たさがあった。

   キラキラと   冬日を浴びて    鳥遊ぶ

   山頂に     寒風晒す      電波塔

   冬枯れや   湖面に写し     水静か

   貯水湖の   青き水面に     鴨が浮く 

   城山湖     何事も無く     冬景色    

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