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2007年1月22日 (月)

宮崎県知事選挙に思う

宮崎県の知事選では、そのまんま東氏・266、807票川村氏195,124票自民党・公明党が押す持永氏120,825票だった。従って、タレントのそのまんま氏が圧勝した結果となった。

自分も、塚本秀雄八王子市議の後援会役員となって昨夜も会合に出席したが、色々考えさせれる。今回の統一地方選挙でも、初めての応援であるが感じるには、浮動票による票の読み込みで、大きく変わってしまう恐ろしさが問題となってくるのだろう思う。

具体的に思うことは、現在各地を引き回しを実施しているが、戸建だけを狙っているが、もっとマンション、アパートを、どう取り付き攻め込んでいくかがキーポイントと思えた。

何と言っても、身近な問題を、解決いてくれ、相談に乗ってくれ、そして実行し、信頼感がある事が、最も有権者が求めるものだ。これが基本だ。

宮崎県の知事選では、無党派層の支持を集めた、そのまんま東氏が当選、自民党は大きな衝撃を受けている。民主党も、3知事選に独自候補擁立できず、地方組織の脆弱性を露呈した。

4月の地方選、夏の参院選へ向け「東ショック」の波紋は、大きくなりそうだ。

知事選に徒手空拳(資金や、地位等の頼るものが無く自分の身一つであること)臨み当初は泡沫候補扱いされた元タレントが勝利したのは何故か、官製談合事件で、安藤前知事が逮捕された直後から、保守が2派に分裂したことから、などと一応の理はつけられる。

自民党の中川幹事長も21日夜「敗因は、保守分裂にある保守が大同団結出来ない時に何が起こるか教訓として心に刻みたい」との談話を発表した。

だが、「保守分裂」だけでは、かっての師匠のビートたけし氏とも、写真週刊誌の編集部に殴り込んで警察の厄介になり、女性問題でも世間を騒がせた元タレントの方が、霞ヶ関のエリート役人よりも知事にふさわしいと、県民は判断した理由は説明できない。

高い投票率と投票行動がから、読み取れるのは「政治や行政のおプロ」は信用できず「政官業癒着の既得権益まみれの古い政治をぶ壊してくれ」という「破戒願望」の強さだ。そうした県民の怒りを既成政党は受け止められなかった。

特に衆参両院で5議席のうち、自民党が4議席を占める宮崎県で、与党の推薦候補があっけなく敗れた意味は小さくない。

一昨年秋「郵政解散」でピークを迎えた「小泉人気」は、過去のものとなり、旧来の建設業界を始とする支持団体を基礎とした、利益誘導型の選挙が通用しなくなった。安倍晋三首相が胸を張るように「自民党は変わった」と有権者は実感していない。(以上産経新聞よりの記事)

朝、ゴミ拾いを済ませてどうも落ち着かない。車の疵で、人生が変わってしまうほどの思いで落ち込みそうになって、いても立ってもどうしょうも無く、とうとう修理を、東和整備(株)に見積もり以来をして貰った。結果バンバーを取り替えて38,000円と予想していた額より高く、妻は、止めてと強く引きとめた。そこで、議論となって、自分が引き下がった。そして疵をタッチペイントでの補修を考えて、山田のオートファクスに行き、探したが無く、多摩境の「オート上イブ」(大きな店)に行き来きタッチペイントを買い、家で補修ペイントをする。あまり満足できないが、しぶしぶ妥協する事した。本当に気をつけないといけないと思った。大いに反省させられた

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