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2007年1月 6日 (土)

教育基本法についての雑感

『心』と『態度』昨年教育基本法が改正された。広辞苑によよれば、「心」「態度」について「心」とは、人間の精神作用のもとになるもの、またその作用」「知識、感情意思の総体」。「態度」とは,「身振り、ようす、なりふり等に応ずるからだの備え、からだかまえ構え、身構え」ある事物に対する、感情的傾向」とある。

産経新聞1/1号に出てくる「心」という言葉は教育における「心」の問題はいかに大切か良くわかる。経済新聞の「主張」では、かっての日本は、「子供の楽園」と表現されていた。最初にそう表現したのは、江戸末期に来日した英国の外交官オル・コックだった。訪日欧米人たちはこの表現を愛用してきた「逝きし世の面影」(渡辺京二氏著)が紹介している。その中で・・・・しかし、この子たちが心から可愛がりこの子達をこのように育てた親たちは何処に消えたのか」・・・・と。この国の家庭も話が何処に消えたか問うている。

152年前の安政2年(1855年)元旦吉田松陰が2歳下の妹千代に当てた賀状に、次のように書かれている。「・・・・この陽気というものは物を育てる気のことで、人の仁愛や慈悲の心と同じ天地のとっても人間にとっても好ましい気なのじゃ・・・・投げやりの気持ちも汚れた心もみな洗い流され、本来持っている仁愛や、慈悲が生まれて来る。・・・・」

教育基本法で、国を愛する「心」が「態度」になってしまった、公明党と妥協した。

○○道(茶道、華道、剣道、柔道)は、「形から入っていくことが多いが、結局は「心」を涵養することを目的としている。祖国を愛する心、郷土を愛する心、家族を愛する心、他人を思いやる心、博愛心、公共心、安心がこの「心」を「態度」に変えてみるとどうなるのか。態度とは、「身振り、ようす、なりふり」だから外見だけを気にしている事だ。犯罪者が判決を受けても改心の態度すなわち「ようす」をすれば刑が軽くなる。

心からの改心はなくても刑は軽くなる。教育基本法は「よい心」を育てることである。(以上放言より)

昌子たちが、雨の中2時にやって来た。そして亜美、真宏とカルタをやって遊ぶ風呂には真宏と入って何時もの正月を楽しんだ。

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