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2006年10月10日 (火)

腰の痛さに悩まされる

昨日は、朝かあら夜寝るまで大変だった。起きたら「”いやー腰が痛くて、歩くのに大変である”」腰なんか痛くなったことなど経験がないので自分でも驚いてしまった。腰は、人間にとって中心的場所であり最も重要な所だと思う。.始めての経験である「ああーまいたなー」

所詮人間のどの部分でも、必要なところであり不必要な所はない。またそれが何処が悪くても辛いもので普段は当たり前に何にも考えず生活をしているが、突然調子が悪くなると、親に頂戴した身体の有り難さを実感するのである。  ちょっと違うかな、次のようなことを思い出す。

「身体髪膚これを父母より受ける。あえて毀損せざるは孝の始まりなり。身を立て道を行ひ名を後世に揚げ以って父母顕(あらわす)はすは、孝のおわりなり。それ孝は新に事(つか)ふるに始まり事(つか)ふるに中し身を立つるに終る。」

約すと、 わが身体は両手、両足から毛髪・皮膚の末々にいたるまで、すべて父母から頂戴したものである。それを大切に守って、云われなくても痛み傷けないようにする。それが孝行のはじまりなりなのだ。立派な人物になり、正しい道を実践し、名を後の世までも高く揚げて、それで「あれは誰の子と」父母の名を世に広く輝かせる。それが孝行のおわりなのだ。いったい孝行と言うのは、家にいて親に事(つか)えることが始まりで、家を出て、君に事(つか)えるのがその中間「孝と忠とを全とうして」立派な人間になるのが終わりなのだ。

それでも難しい、良く解らない?論語は。でも今朝は良くなった(痛くない)有り難い。

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