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2006年10月12日 (木)

身体と心

昨日ほど「身体と心」と、いう事を意識した事はなかった。理由は左わき腹の筋肉痛からと、同級生の香子ちゃんの緊急入院であった。人間は何時どんな時でも緊急事態が起こることを覚悟しておかなければならない。6年前に乳がんが発症し放射線治療で手術はしなかったのである。しかし、ここに来て骨に転移している事が分かり、その治療に専念しているが、普通の精神の持ち主ではない気丈な所を見せていた。

しかし、人間は肉体的には他の動物と比べ弱いどう動物だ。精神的に強い人間にいられることは宗教がある。その場、その場を冷静に対処することが出来る強い心の持ち主は、輝いて見える。

生きるには、身体の機能の維持は動物的に絶対条件だが精神的な面がそなわらないと社会生活は出来ない。それが強いか、弱いかの差が出るのかと思う。

だから、健康とは「肉体的と精神的に健全である」事だ。精神の鍛錬は教養の積み重ねと信じる事の出来る柔軟さの心の修養で、そこに介在するのが宗教である。

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