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2006年9月16日 (土)

今日の一言(無相庵より)

[奈かなかの(長々の)月日をかけて御仏(みほとけ)は、そのみ心(みこころ)をとどけたまえり]

私の心の中に真実によるものは無い。しかし、こんな私に願いをかけ、見守ってくださる仏様のお陰です。

名古屋の曹洞宗の高徳な、お坊さんとして有名な西川玄苔老師が、詠われたものだが、私達は、仏教の話を真面目に聞くときもあるかと思えば、とんと忘れてしまって、仏様を、拝む事も無い欲望生活に身を置いてしまう事がある。そして、その繰り返しの人生だが、仏様の方はずーと待っていてくれて。決して見捨てる事はありません。

と言う悟りの境地の詩だ。私達も確かに折りに触れて、折りに触れ連れ戻さされているかのように感じる事もあるが、この詩を自分のものとして実感できる瞬間が来るだろうか?

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