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2006年8月15日 (火)

終戦の日の思い出

昭和二十年(1945年)8歳の終戦の日思い出を記してみたい。その頃は空襲警報のサイレンが鳴っていた、(毎日のように近くで爆弾投下で火事があた様だ)、朝から暑く、よく晴れていた。この分だと川で泳げるかなあ?と思っていた。父と母は真っ黒い顔で《オラ家では父(トチャン)母(カアチャン)と呼んでいた》今日の12時に大事なラジオ放送があると云っていた。そして、どうしてか落ち着きの無い両親の態度は、子供心に解った。近所の大人の人が集まって来て、ラジオの前に7、8人整列した、これは見たことの無い光景だった。そしてラジオの声は、雑音の酷い、音で、聞えてきたがみんな真剣に頭をたれて、聞き入っていた。放送は、5分ぐらいで終った。みんな肩の力が無くがっかりした様子だっだ。後で解ったのだが、清ちゃんは、防空壕を掘っている最中だったからなお更だ。力が抜けて、暫らくすわりこんだままだった。大人の人は、これからにどうなるんだろう、と云って心配顔で話し合っていた。家族構成は、両親と茂、猛、正夫、光夫、百合子の7人だった。(辰次は兵隊、秀雄は航空省に勤め秩父にいた。)今日61回の終戦記念日の日に記してみた。

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