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2006年8月26日 (土)

今日の一言(無相庵より)

《災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候、死ぬる時節には、死にがよく候、是はこれ災難をのがるる妙案にて候》仏様の(安らぎ)の世界をわが住むところとしている人は、苦も楽も死も悲しみ、喜びも、順縁も逆縁どちらとも、合掌礼拝で受け取る人なのです。 これは有名な良寛和尚のお言葉ですが、私達一般人から言えば災難に遇いたくないから苦労しているんだと、言いたいところです。また、死ぬのが嫌だから、怖いからどうしようかと苦にしているのに、と言う想いですが、仏教の悟りと言った世界ではこう言うのを苦労な事、あれを楽しい事と区別し、生と死を区別し悲しい出来事これは喜ばしい事と区別・差別しているのは、人間の自我から決め付けた偏見で、この世の中の起こる全ての事は、本来色の無い無色透明であって、善でも無く、悪でも無いと言う訳です。良寛さんは、そう言う境地で、定住のお寺も、持たず野に庵に住んで近所の子供達と日が暮れるまで遊んだと言う事です。私達には、なかなか到達出来ない境地です。『災い転じて、福と為す』とも言いますように自分に発生した事をそのまま受け容れて避けよう、逃げようとせず対処すればよいのかも知れません。『病気になる事は仕方が無いとしても、病気に悩む事は止めましょう。』と言う事を聞いた事があります。また、病気は天からのお手紙と思って有り難く受け取ってしまえば、病気と仲良く出来て却って治りも早いかも知れません。

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