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2006年8月27日 (日)

本日の言葉(無相庵より)

『投げられたところで起きる小法師かな』起き上がり小法師は、達磨さんのことダルマさんは何処に放りだされても、文句なしにそこでコロリと起き上がる。ちょうどそのように私達の人生の処し方も、何時いかなる状態に投げ出されても、そこを正念場とし、逃げず、追わず、ぐずらず、腰を据えて行きたいものだ。調子の良い時はにこにこと頑張れるが一旦不遇な環境に身を置くことになった時、自分の不運を歎きその環境から、逃れる事ばかり考えてしまう。いわいる逃避する事ばかり神経を使ってしまい、難しいポジションを与えられた時何とか自分で打開しようと悪戦苦闘試みるが、袋小路に入り込み、ノイローゼとなり、最終的には逃避する事しか考えられない状態になってしまう。よく冷静に考えてみると「何事も自分一人解決出来るものではないのだ」と言う真理(事実)が分かっていない事が徒労であると思い知ることだ。投げられたところ起きるとは自分の力だけを信じて起き上がるのではなく、周りの人々協力無くして事は成せない。と言う真理(事実)に目覚めなければ本当に起き上がることにはならない。この与えられた境遇は自分を高める『運命の冷蔵庫』であると言う積極的な考え方で、逃げることなく、真理を受け入れて、周りの人々の力を借りて力の限り、知恵の限り尽くし解決すれば、必ず道は開けるのかな・・・。

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