« 鴨の親子を見て | トップページ | 学校と躾け »

2006年6月 8日 (木)

当たり前のことが出来る幸せ

毎日毎日何もなく、平凡な生活を送れることは、有り難い事と思わなければいけない。平凡は非凡なんだ。みんな苦の娑婆を生きているのだから自分だけ良ければ、いいと言うわけに行かない。弱いものを助け、困った人に声をかけ、悪い人に立ち向かう、勇気が必要である。最近特に社会情勢がおかしくなってきたように見受けられる。秋田の小学校1年生の殺人事件、東京港区のエレベーター事故、村上ファンドのインサイダー取引、社会保険庁の年金免除の取扱の問題、等全くマスコミの記事に事欠かさない事が、多すぎる。本当に一生懸命生正直に且つ、誠実に生きて平凡な生活を送っている人には、嘆かわしい事だ。もう一人一人が襟を正して真面目に生活をして行ってもらいたいと湯殿川の河川敷のごみを拾っていて考えてみた。そして平凡で当たり前のことが出来きている幸せを感じて欲しい。

« 鴨の親子を見て | トップページ | 学校と躾け »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 当たり前のことが出来る幸せ:

« 鴨の親子を見て | トップページ | 学校と躾け »