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2006年5月15日 (月)

人間だって雑草のようなもの

今朝、眼が覚めたら「人間だって雑草のようなもの」だと考えて見た。何も知らずこの世に生まれ、死んで行く。雑草だって同じだ、春になり種は光と水と栄養分を与えると大きく成長し、花を咲かせ実をつけて子孫を残すため種を落とし枯れて死んで行く、秋に、それは生命の営みは皆んなそうなのだ。どんなに長生きしようとも生れた時にもう一生の期限は決まっている。一年草、多年草と、人間は100年と、また繁殖の方法も違って種、根株、挿し木、等色々有るが、人間だって現在のバイオ科学やクーロン技術で同じ人間を作ることが出来ると言う時代だ、草や木も自然では競争社会の人間以上だと思う。子孫を残すのにはどんな悪条件の隙間でも生えて行こうとするが、人間は知恵があり、統制を取りながら社会構造を形成して、人間社会を維持させて淘汰を防いでいるだけだ。

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