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2006年5月25日 (木)

良い時を過ごさせて頂いた

昨年死んだ兄は、晩年車に乗って何処かへ行く、(いわゆるドライブ)が大好きだった。どこでもいいので、場所は選ばないで車に乗って走る事で今までの幻想を吹き飛ばし、忘れ去りたかったのか?何時だかその事で聞いた事がある。自分でも何故だか解らない、「どうしてなんだろうなあ」と言っていた。  多分車窓から見る移り変わる周りの景色が今まで生きてきた人生を振り返り思い出していたんだろう。自分の頭の中の厭な思いを取り除いてしまいたんだろう?いつでも、幾らでも、何時間でも、何処でもいいんだこれはもう中毒かなと思えるようだった。自然が大好き、山の映りゆく景観がとくにすきだった。そんなドライブが終ると、必ず「良い時を過ごさせて頂いた」と必ず口にしていた。だから、年寄りになると毎日がすることがなく、長い一日と、感じてしまうことがある。何か没頭する事がないと、残された大事な時間を退屈なになってしまうのだ。自分も考えようこれからは。

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