2019年10月24日 (木)

マイナスをプラス思考に

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何度も足を運んで、ようやっと解決した。

ある金融機関での手続きのこと。

ある金融機関の、お客様サービス課の人が家に来て、「定期が満期に来ているので、手続きをしたほうが良い」と言われたが、ちょっと立て込んでいたので、「明日、直接お店に行き手続きします。」・・・と言って、その日は帰っていただきました。

翌日、支店に行き、窓口で処理ですが、一日はさんで二日で、なんと3回でやっと手続きが終わりました。

何で?なんで?・・・自分の未知なこともありますが、最初から「よく説明してくれよ!何回も足を足をはこばすなよ!」つごう3回は・・・「済みませんでした。」と窓口の女性に・・・支店長に文句をいいたいと・・・実際に思ったのですが・・・。

後で考えたら、毎日、健康のために歩いて、健康のためになった。何時もの散歩コースではなかったが、いいじゃないですか。。。歩けたんだから~~。そして、自分の認識不足・閉店間際(15時)ということもあり、自分にも非もあったのです。

私の信条は「ゆっくり行こう人生は・・・」です。

そして、ピロキの「明るく 陽気に 生きましょう」ウクレレ漫談家のお笑い芸人・・・を思い出しました。

2019年10月23日 (水)

自然災害で思う

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台風19号は、甚大な被害を持たらしました。

かつて誰も住んでいなかった場所では、台風や水害もただの自然現象に過ぎなかったのでしょうが、人が住むことで「災害」と認識されるようになったのです。

今、私たちは自然の摂理を理解して、その範囲で豊かでありながら、持続可能な生活が維持できるか、真剣に追求することが必要な時代なってきています。

自然の摂理とは、「自然が持っている逆らえない法則」・・・人間の力では変えることの出来ない、絶対的なシステムというべきものです。どんな出来事でも摂理の支配下に置かれており、摂理の影響下から逃れることはできません。

その摂理は物理的な出来事から、人間の思考や行動の範囲まで、あらゆる事象に対して影響を与えています。そして、摂理は法則のようなものなので、原因に対して自動的に結果というものが発生します。

すべての人間は摂理から逃れることはできません。だからといって摂理を必要以上に恐れる心配はなく、悪い行いをすれば悪い結果になり、良い行いをすれば良い結果になるので、すべてに対して公正なシステムといえます。

このように、この世の中には摂理という完璧なシステムが存在しているのですが、人間の目に見えないので、ほとんどの人がその存在に気づいていません。今、人間は、目に見えるものしか認めることができず、その存在を信じることができないのです。

私は、できるだけ早く摂理の存在を認識して、摂理に従った生き方をすることだと思います。

 

2019年10月22日 (火)

ゆっくり生きる

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最近「ゆっくり生きる」ということが苦手な人が多いように感じます。

行く道を急いでいる人には、道を譲ってあげる。。。「譲る」心の持った人は、豊かな気持で過ごすことのできる人といえます。

なんでも簡単に手に入る時代になりました。私たちもすぐに結果を求められることが増えてきました。だからでしょうか、いつも何かに追われるように感じてしまう。ゆっくり生きる方が、人生をよりよく味わうことができます。

急がなくていい・・・
即効性、すぐに、手軽に。そんな言葉が重宝がられる社会です。たしかに便利になりました。そして、簡単に手に入れたものは手放すのもまた簡単に手放します。

生き方や幸せまで同じように考えてしまって、ゆっくり生きることができないでいる・・・。ハリボテで取り繕って幸せなふりをしていても、決して幸せにはなれません。

いくら「ふり」をして華やかに見せても、余計に虚しい思いをするだけです。小さくても、少しずつでも進んでいく・・・ゆっくりでも自分のペースで歩いていく・・・その一歩の積み重ねが自信につながります。

自ら踏み出した一歩だからこそ、自分自身を肯定できるのです。幸せに見せる努力をやめれば幸せは見えてきます。自分を苦しめる余計なものは捨ててしまえばいいのです。急がず焦らず、丁寧で穏やかな暮らしでいいのです。

2019年10月21日 (月)

陰徳を積む

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陰徳とは、人に知られないようにひそかにする善行です。

人前でだけ良い恰好をする人は、誰でも見ていないところで頑張れる人には勝つことはありません。人知れず努力ができるということは、努力が身についている証拠です。

逆に人前でだけ努力する人は、「誰もいないからサボっていいや」と怠けるようになるのです。そのため、人知れず努力できる人が、人前だけで頑張る人に負けるはずがないのです。

誰も見ていないときこそ自分を変えることが出来るのです。努力に限らず、人の見ていないときにこそ人の本質はあらわれるものです。

「人に見られていないなら、悪事を働いてもいい」と考える人は、今まで悪人ではなくても、将来必ず悪に染まります。そのような人は、いずれ我慢がきかなくなり、人が見ていようと悪事を働くようになるでしょう。

私の大好きなふるさと

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  御殿峠より市内を望む

「あんたさぁーなぜふるさとが、そんなに好きなんだい?」

理由なんかないよ、好きだから好きなだけだよ。。。

目を閉じれば、浮かんでくる。。。

目を閉じれば、聞こえてくる。。。

母の胸に抱かれて眠る子供のように・・・優しく包み込んでくれるから?

私の大好きなふるさとよ。。。

心に見えてくる、あの風景は、いつまでも変わらない。

忘れそうな夢も、そこでは、また輝き続ける。。。

夕や明けに染まる橋の上、雨上がりの匂いとあの山、ふもとに架かる虹が大好きなんだ。

「だから、ふるさとを大事にしたいんだ」

生きていることに意味がある

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絹の道

お年寄りのつぶやきに「早くお迎えにこないかなぁー」があります。

そのとき・・・大事なのは、黙ってその場にいてあげること。これには勇気がいります。その場に居続け・・・可能なら、泣き黙ってしまったお年寄りの手をとり、肩を抱いてあげることです。

こんな言葉があります。『八十でお迎えが来たら、まだ早いと言いなさい。九十でお迎えが来たら、そう急がなくてもいいと言いなさい 』

「生きていることに意味がある」
「早くお迎えがこないかなぁー」の背景にあるものは、自分の存在が肯定できないことからくることでしょう。そして、家族、地域社会といった縁が機能不全になるにつれて、多かれ少なかれいると思います。

あなたには・・・「その時」に抱きとめてくれる人がいますか?「その時」に助けてくれる人がいますか?今の生き方が、「その時」に繋がるのです。

だから「今」が大事です。
その時をどう迎えたいのか?だって死は生の延長線上にあるし、人は生きてきたようにしか死ねないものです。

私自身がもう少し年を取って、もう少し経験を積み重ねますと、私自身の人生観が、少し変わるかもわかりませんが、現時点では、生かされていることに、ありがたく「感謝」することです。感謝は「幸せの心」繋がるのです。

周りの人たちに本当に感謝をして生きてきた人というのは、本当に良き死を死すということができる・・・そういう感謝に満ちた人生をずっと送りたい・・・「やはり感謝というのは大事」と思っています。

2019年10月20日 (日)

思いやり

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思いやりとは、相手の身になって考え、良かれと思い行動することです。

私は、自分の気持ちを知る以前に、自然に相手の気持ちを知ろうとします。ハッキリ言えば、相手の気持ちや立場を優先して、自分の気持ちや立場は二の次にしてます。

相手の性格・気持ちや立場を踏まえたうえで、自分がしてあげたい思いやりが、相手にとって必要か必要でないか、喜ぶか喜ばないか、少しだけ立ち止まって考えることも必要とも思います。

今まで「思いやり」「親切」を身近な人・知らない通りすがりの人に、して来ましたが、迷惑だとか言われたり不快に思われた経験がほとんどありません。

親切をして反応のない人もたまにいますが、みなさん「ありがとう」「助かった」と喜びます。

相手にとって今必要なことなのかを悟ることや、相手にとって必要以上な「思いやり」「親切」をしないように心がけてます。

今して欲しいこと・望んでいそうなことを相手の雰囲気を見ただけで、私は理解できるので、それ以上のことはしません。また、好意で思いやり・親切をしても「余計なお世話」と言う人は、自然とそういう事を言いそうな雰囲気が出てます。

相手の人が望んでいない思いやりや親切をしても、やはりそれは余計なお世話にもなりますし、相手の人に余計な気を使わせてしまいかねません。

思いやりって、相手を思いやるだけではなく、自分が行った親切心によって、相手に気を使わせないことも大事だと思います。



 

2019年10月19日 (土)

怒ったら負け

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修善寺の桂川ホテルから1

人間、怒っている時は正常な思考回路が作動せずして、間違った判断を下してしまいます。

今の世の中、腹の立つことは一つや二つではない。しかし、絶対に怒ってはいけない。人間、何事も先に怒ってしまう方が“負け”なのです。

「どんな状況であっても、怒ったら負け」

今、私たちの身の回りで「怒る人」がふえているように思います。しかも、その「怒る人」が若者よりも中高年者に多いようなのも気になります。

激しく変わって行く世間が気にくわない、自分が大切にされていないという思いが、ちょっとした機会に吹き出るのでしょうが、これも自分を守人ろうとする自我の意識の表れにすぎません。

しかし、いちど怒りを爆発させると、自分を抑えられなくなって、怒りはますます強くなり、心は怒りで一杯になって身も心も消耗させてしまいます。怒りは、まさに私たちにとって猛毒なのです。

この「毒」は怒りの対象となった人にも及んで、心をかき乱して深いダメージを与えます。怒ることのメリットは何もない。相手が怒っても、自分は怒らない。「怒ったら負けだ」という心構えを持っていくことです

2019年10月18日 (金)

自然の法則と人間

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今回の台風19号で「自然の脅威」を思い知らされた「自然の法則」

強風・大雨・で甚大な被害な被害を及ぼした台風15号・19号は・・・千葉県で、屋根瓦・電柱を吹き飛ばし、箱根に1000ミリを超える記録的な大雨を降らせたり、関東・東日本の河川を氾濫し多くの被害をもたらしました。

地球も宇宙の一つの星、宇宙にも変化

地球の誕生の46億年前、太陽系では、たくさんの微惑星が集まって、地球が成長を続けています。今までの長い期間に、星の衝突・爆発・氷河期・などを何度も繰り返しして、生物が誕生し、人間も進化を続けながら、今この地球上で生きているのです。

この先地球に待ち受けている変化は気候だけではありません。長い長い年月で見れば地形も変化します。ハワイが年間数センチくらい日本に近づいてきているという。

地球の陸地はプレートと呼ばれる岩盤みたいなのに乗っていて、それは地球の内部のマントルという部分がゆっくりと動くのに合わせて少しずつ移動しているのです。

自然の法則にしたがって生きている

水は高いところから低いところへ流れていく、自然の法則の代表的な事象です。さらに掘り下げ人間の生命の営みとの関連がキーになりそうです。

このことからも分かるように、自然界に起こることが人間の生き方にも大きな影響があります。人間も言うなれば自然界の一部にあたります。したがって、自然の法則が当てはまることは当然かも知れません。

「大自然の摂理にもとづいて生かされている人間がすべきこととは、人間は太陽と水、空気をはじめとする大自然の無償のめぐみをいただいて生きている。だから大自然の摂理(ルール)にもとづいた人間として望ましい生き方こそ大切である。」(梅原猛氏)

人間の欲望から、むかしの田んぼを埋め立て、山を削って道路を作ったり、家を建てています。これも大自然の摂理を考えない事象で、反省すべきことだと思います。

老いを知る

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歳を取ること・・・

私も・・・「歳をとったなぁー」つくづく思うことがあります。歩くスピードに自信があったのですが、若い人についていけなくなり、最近は奥さんにも抜かれてしまう始末です。一所懸命〝ついて”いこうとするのですが駄目です。

年を取るとともに、「よく知っている人なのに名前が出てこない」・「ついさっきまでやろうとしていたことを忘れてしまった」ということが増えるようになるという。(・・・私も実感しています。)

なりたくない認知症

認知症で最も多いアルツハイマー型認知症は、85歳で4人に1人(25%)と言われています。

生活環境や生活習慣と大きく関係していることが判明してきているそうです。規則正しい生活や、食生活、適度な運動に加え、脳に刺激を与えたり、活性化をうながす行動が効果的と言われています。

まぁー決定的な方法がないからこそ、日々の習慣を心がけることが大事になってくると思います。
よぼよぼになって・・・
「長命と 健康は別と 老いて知る」・・・最悪の寝たきり老人にはなりたくないものです。

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