2020年4月 2日 (木)

人生の目的・魂を磨く

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絹の道

「因果応報」
「善いのも悪いのも、自分が受ける結果のすべては、自分が作る」という「因果応報」と言う言葉です。
後で自分が困るようなことを自分自身でしてしまうことです。悪い種をまいたら自分で刈り取らなければならないように、世の中の仕組はなっていると思います。

しかし、中には自分は何も悪いことをしていないのに、どうしてこんなにつらいことが起きるのだろうか、と思う人もいるでしょう。そのつらいことが神様から与えられる試練、修行なのです。

自分に与えられた試練だから、自分が乗り切れない苦労はないのです。投げやりにならない限り、必ず乗り切ることができるのです。そして一つの苦難の山を乗り切ることができた時、自分の魂は一段階成長していくのです。

多くの苦難を乗り越えた人は、多少の苦労や問題事が起きても、動揺しません。黙々と乗り越えていきます。強い精神力がきたえられているので、つらいなーと思うことがあっても、それを一つ乗り越えてしまうと、同じようなつらいことが再び起った時、今度はさほどつらく感じなくなってくるのです。それが魂の成長です。

私たちは、そうしたことは頭の中で分かっています。しかし、現実に又新たな試練に出会うと、迷い、苦しんでしまいます。まだまだ魂の修行が足りないのです。

人生の目的・・・稲盛和夫氏
「人生において、自分自身の魂を磨き、美しい心、美しい魂を作り上げていくことが、人生の目的ではないかと思うのです。 心を磨くとは、魂を磨
ことです。 言葉を換えれば、人格を高めるということです。 人間性を豊かにし、美しい人間性をつくっていくということです。」

2020年4月 1日 (水)

春の雨

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今日は天気予報どおり、朝から小雨でした。
傘を広げなくても大丈夫?のような時間もあったりしましたが、でも、雨傘は、手離されない一日でした。散歩しながら、俳句をつくって見ました。

「春の雨  かすみの中に 高尾山」

「ひろげたり 傘をつぼめて 春の雨」

「見えぬ富士 御殿峠や  春の雨」

「春の雨  カタクリ橋や   君を待つ」

「柔らかく  山を包みて  春の雨」

桜の花を見て想う

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花は人に見せるために咲くのではない。
山河大地は全てありのまま、あるがままの姿を見せている、山川草木、ことごとくつつみかくさずその姿を露わにしている、桜の花は大地自然そのものです、大地自然が桜の花を咲かせている。また桜の花が大地自然を咲かせているともいえるでしょう。

人の命は桜の花の如く儚い、人は、この生の始まりも、終わりも、誰もそれを知る人はいない。生きるとは「生まれる」ことでもなく、「人生」でもない、今、現に生きている、この事実です。桜は今を咲いているから美しい、どの桜もこだわりなく咲く花は、大自然の恵みを得て咲いています。

人間も、大自然の恵み受け生かされている
太陽の恵みを受けた穀物を食べ、海で育まれた魚を食べる。昔に生きた生物の化石を石炭や石油エネルギーとして使う。人類は太陽と地球に育てられてきたのです。

そう思うと、太陽と地球に、そしてあらゆる生命に畏敬の念を覚えずにはいられません。と同時に、深く反省もするのです。私たちは、あたかも地球が人類だけのものであるかのように、高慢に考えてはいなかったか? 地球がずっと変わらずに人類を守ってくれるものだと、甘く考えていなかったか、と・・・。

2020年3月31日 (火)

生きた証を残す

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「生きた証を残す」
生きた証を残すというのは、名誉や財産を残すことではありません。社会に役立ち、人の生活を豊かにする、それが“生きた証を残す”ということなのです。

人間として生まれ、自分がこの世に生きた証を残していきたい・・・後世の人に何かを伝えていきたい・・・と願うのが、人間として自然な姿だと思います。

家庭を大切に守っていく、社会や国のために、あるいは、人類や世界のために貢献していく。。。自分のためにではなく、人のため、社会のために自分の力を尽くすことが、自分がこの世に生きた証を残すことになるのです。

人を喜ばすことによって、自分の存在が認識されるのです。生きた証を残すことができるのです。自分のためにだけすることは、人が喜ばないので、自分の存在が認識されず、自分が死んでしまえば何も残らないのです。

誰かを喜ばすために、私達は生きているのかもしれません。自分のためにだけではなく、人のために何か役立てたいと思ったならば、長い人生があるとは思わずに、いつ死んでもいいように、日々少しずつでも誰かを喜ばすために生きていくことです。そうした積み重ねが素晴らしい、人生となっていくものと私は思います。

2020年3月30日 (月)

高齢者の生きがい

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『生きがい』とは、人は誰でも、何らかの「生きがい」を持つことで、人生の価値や意味を見い出そうとします。広辞苑によれば、生きがいとは「生きるはりあい。生きていてよかったと思えるようなこと」と定義されています。つまり、人にとって「生きる価値や意味」を与えるものである、と捉えることができます。

高齢者の生きがい
何が生きがいであるのか、どのような時に生きがいを感じるのかは、人それぞれであるのかもしれません。しかしながら、健康状態や身近な人との関係が、高齢者の生きがいに深くかかわってきます。健康を維持し、親しい友人や仲間との良好な関係を築き、親密な交流をもつことが、高齢者の生きがいを高める、大きな要因となると思います。

信念をもち続けること
信念とは、自分の中にある強い想いのことを指します。
「絶対に○○をするんだ!」という強い想いを持つことで、目標を達成することができるというわけです。なぜなら、信念は行動力に直結しているので、自然と目標に向かって体が動くようになるからです。ですから、別のことに意識が向いたり、途中で諦めてしまったりすることがありません。

2020年3月29日 (日)

春の雪

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「思い出を 呼び戻す 春の雪」

(私の兄は、東京では桜が満開になった10日前、独り静に逝った。)

「音もなく 桜の花に 雪つもる」

今朝の八王子市は雪・・・盛大に咲き誇ったかと思えば、潔く散りゆく桜は、物事のはかなさの象徴です。
桜の夢は、冷たい雪にまみれ、何かが、これから終わりを、迎えようとしているようです。

感謝することの大切さ

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あくせくした忙しい日々、特に最近の社会情勢(新型コロナウイルス)の中で、ストレスを多く抱えがちな現代人は、”ありがとう”よりも“怒り”を感じたり、“不安”を感じたりすることのほうが多いのではないかと思います。

自分の幸せに気づくこと
感謝とは、幸せに気付かせてくれるものです。幸せだという気持ちから、感謝の言葉が出てくるのです。ちょっとした、ささやかなものでも感謝することは、その瞬間に感じた幸せをより大事に出来るものです。
“ありがとう”と言う言葉は、漢字にすると「有難う」となります。有り得ることが難しいと書くのです。有り得るということが、奇跡だということです。有難いと思うこと、そう感じる心が感謝を感じる心なのです。なので、感謝の気持ちは、自分に幸せを気付かせてくれるのです。

感謝する気持ちを持つこと
・・・いつもイライラしている・・・何をやってもうまく行かない・・・そんなときは、もしかしたら感謝の気持ちが欠けているのかもしれません。すべてを当たり前とは思わず、感謝の気持ちに切り替え、自分が生かされていることに、気づくことです。
そして今日があること、自分が生きていられことは、家族・地域の人たち・・・といった周囲の多くの人々の支援があるからこそです。決して自分だけで、ここまでこられたわけではありません。このことを忘れず、常に周囲への感謝の気持ちをもち、お互いに信じあえる仲間があって、生きていけるのです。

2020年3月28日 (土)

自然を守り共に生きる社会

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湯殿川と君橋付近

私が子供のころ、山や川に棲んでいた、動植物の種類が減少しています。
ウナギ・ドジョウ・フナ、そしてホタルやカエル・メダカなどが棲んでいました。普通に見ることができたのです。その当時は当たり前のものだと、あまり気にとめることも、なかったものです。

わずか半世紀で多くの動植物が見ることが出来なくなってしまったのです。かつては大自然に包まれて、生けとし生けるものたちと一緒に、天の恵みに感謝しながら生きてきました。しかし、人の飽くことのない欲望を生み出し、地球からは資源を収奪し、開発と称して、自然を破壊してきました。

今なお多数の種が絶滅の危機に瀕していると言われています。生物多様性が失われる主な原因は、人間の活動です。これらのことに対して私たち現代人は、後世の世代に対し、何らの罪悪感も感じないのでしょうか?

人の価値観も一定ではなく、無くなりかけるとその貴重性に気が付きますが、そのときにはすでに遅く、次の世代には残らなくなっているかもしれません。自然のもつ豊かさは私たちだけが享受するのではなく、次の世代に引き継いでいかなければなりません。

自然を守り、共に生きる社会
人間と地球に生きるすべての生物がともにくらすことができ、自然からの恵みを受けつづけることができる社会を自然共生社会といいます。
空気、大地、川、海、そしてそこに生きる動植物など、すべての自然環境は地球という星のなかでつながっていて、どこかの環境に問題が起これば、必ず他の環境に影響がおよびます。ですから自然共生社会は、地球にくらす一人一人が、身近な自然環境を大切にしないと実現できません。自然を大切にする。その約束を守ることができれば、地球は豊かな恵みをあたえつづけてくれるのです。

2020年3月27日 (金)

人事を尽くして天命を待つ

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寿命というものは、医者にも、本人にもタッチできないものではないでしょうか。一人ひとりの寿命は、運命的に決まっていて、病気に限らず、事故や災害での突然の死も、本人が生まれ持っているものです。

寿命は医療で延ばせるものではなく、『天命』だと思います。
天命とは、天から与えられた命令のことである。 天から人間に与えられた、一生をかけてやり遂げなければならない命令のこと。また、人がこの世に生を授けられる因となった、天からの命令のことである。(ウイキペディア)

「人事をを尽くして天命を待つ」
意味は、できる限りの努力をしたらば、あとは天の意思に任せよう、という心境を表す言葉です。つまり「人事を尽くして天命を待つ」は「全力を尽くした上で天任せ」ということになり、転じて「全力を尽くしたので天が下したとした結果はどうであれ、後悔はないだろう」という心境も表す言葉なのです。

「我が人生悔いなし」
単に他人から教えられた立派な言動をとっても、立派に見えるだけの人になってしまう、自分の体験から出発して、自分で考えた立派な言動をとるべきです。まさに自分で考え、悩み、そして自分自身で決断を下す。厳しい社会の現実に負けない力をつけることです。悔いの残らない充実した一生を終えたいものです。

高齢者のウオーキング

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高齢者におけるウォーキングの効果

生活習慣病の予防のためには、成人は中等度の強度の有酸素運動を少なくとも計30分、できれば毎日行うことが推奨されています。

高齢者に適した有酸素運動の一つとして、ウォーキングが挙げられます。ウォーキングは比較的簡易に安全に行え、用具も必要としないため、誰でも気軽に始めることができます。外出の良い効果・・・外出によって、身体的・心理的・社会的により良い効果をもたらします。

◎ 認知症やうつ病の予防
外出頻度の高さが認知症と深く関係があると言われています。 外に出ると四季の景色、風や香り、音や歩く感触など、五感すべてが刺激されます。 体を鍛えると強くなるのと同じように、脳もいろいろな刺激を受けることで活性化すると言われています。

◎ 孤独感の緩和
例えば散歩をすることだけでも、近所の方へ挨拶をして顔見知りになるなどコミュニケーションが増えます。 そして、体を動かすことで精神的にも元気になる効果があり、心身ともにいきいきと毎日を送れます。

◎ 体力の向上
外出に伴い、体を動かすことは運動不足の解消になり、寝たきりを予防します。 体の活動量が多い人は、心疾患や高血圧、糖尿病や骨粗しょう症など高齢者に多い病気が少なくなる傾向にあり、長寿にもつながると言われています。

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