2017年8月23日 (水)

マイペースで老いていこう

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Photo_2

とうとう私は、満八十歳に・・・

さすがに、近頃は立ち居振る舞いも、若い頃と違って“よろつく”ようになって、嫌でも老年を意識せざるを得なくなった。

昔は人生一毛作で、結婚して働いて子供を一人前にしてほっと一息付いた頃が六十歳、やがてお迎えが来てこの世をおさらばした。

ところが人生八十年時代…いや九〇年?の現在は二毛作で、還暦で一丁上がりには成らなくなった。それから、何時とも分らない、「お迎え」まで、生き続けなければならず、嫌でも自分の老年と向き合い、如何に生きるかを、考えなければならい。

つまり老いを迎え撃ち、老いることの中に隠されている意味を探る必要が出てきたのです。老いて行くのは、ほかならぬ自分自身であり、何もせず漫然と佇んでいるだけでは済まされない。

まだまだ、先のことと思っていたことの、遺言書・遺産相続・を考えないといけない・・・その前に、今の暮らし方も、変わざるを得ない。病気や介護など、子どもたちに迷惑掛からぬようにするには。。。難しい、厄介な仕事があるわい、呆けぬうち何とかしないと・・・

まあーそれはそれとして

季節は先へ先へと変わって行き、新しいものへと姿を変えている。季節に老いはない。季節と共に生きていれば自分も前向きになってくる…体が老いれば心も屈して万事に消極的になり勝ちですが、季節に引っ張られていれば、過去に沈没せず生きられる。

これは四季の変化に恵まれた、日本でなければ生まれ難い、日本人らしい老いの接し方である。趣味などで、人との接点を多くするよう心がけ、マイペースで老いて生きたいものだ。

2017年8月22日 (火)

争いはエゴのぶつかり合い

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

386351

今、イスラム過激派のテロ行為が、連日報道されています。そして、北朝鮮とアメリカの、言動から、世界の人々は「戦争」という最悪のイメージを描いてしまうほどです。核戦争・・・世界は破滅します。

文明の発達した地球上で・・・人殺し、テロから戦争まで、この地球上では争いは絶えません。争いは何故起こるのか・・・山極京都大学総長は、戦争の原因として「所有」、「言葉」、「アイデンティティ」、「過剰な愛」の4つを挙げています。

憎い相手を殺しても、自分も何時か殺されるのです。私は人間の「エゴ」ぶつかり合いから起こるものと考えます。そして単純に・・・我慢したり、遠慮したり、相手も思いやる心があれば、争いは起こらないと思います。

「エゴ」とは、自分勝手で周りのことを考えていない、自己中心的な人間を指します。

『喧嘩しないで暮そうじやないか…末はたがいにこの姿・・・』

この言葉は単純に、「喧嘩をしていてもしょうがないじゃない。仲良くしなさい」と言っているのでありません。考えてみれば、喧嘩はお互いのエゴのぶつかり合いでしかありません。その喧嘩がいかに愚かなことかを一休さんは言っているのです。

喧嘩しても、喧嘩するほど憎い人でも、死んでしまえば、みんな同じの骸骨になる身体だもの・・・しかも、一休さんは二つの骸骨を描いています。

その意味するものは、一つは喧嘩をしている私たちであり、もう一つはけんかをして、憎らしい相手ということですが、それが骸骨になっているところです。

私たちは自分が正しくて、相手が悪いと思いがちです。そこには、自分が欲望やエゴを持っていないかのような錯覚があります。 

死んで骸骨になった時点から眺めれば、自分のエゴにも気づくはずです。そして憎らしいと思う人と同じように、エゴがあると思えるでしょう。だから、できるだけ、できるだけ、お互い仲良くやっていきましょうよというわけです。

2017年8月21日 (月)

普通の人生とは・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

P10201291

普通の人で一生終えたい。

五体満足で生まれて、悪い事が分り、

良いことを適当に楽しんで・・・?

20代から30代にかけて、住む家を作り、

結婚相手を見つけ結婚・・・

数年後には子供が生まれ、

その子もやがて結婚し孫が出来た・・・

その孫も選挙権を得る年なった。

お陰様でみんな元気・・・

人生を振り返りながら死ぬ・・・

普通の人生って大体こんなとことかなぁー

平凡な生き方・・・・・・

でも私は非凡だと思う。

2017年8月20日 (日)

80歳…身体と相談しながら…

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
00a233ff1

「80歳かぁーいやー随分と遠くへ来たもんだー」という感覚です。そして無理のきかない歳と悟る…?

同級生が、亡くなったと聞くたびに、心に冷たいが風通り抜ける想いがします。そして体調を崩している人もいると聞く・・・ここまでくれば誰でも一つや二つ抱えている身体の具合が悪いところがある…病気持ちは当たり前?どうしようもない現実なんだ。

掛かりつけの医院

掛かりつけの医院があった方がいい」そして「一病息災」・・・病気もなく健康な人よりも、一つぐらい持病があるほうが健康に気を配り、かえって長生きするということです。

歳をとれば自然の法則で、人間の機能が落ちていくのは仕方がないことです。何かあった時に、「掛かりつけの医院」の相談できます。

個人差はありますが、人間の体は加齢とともに骨や血管がもろくなり、肺活量が減り、筋力も落ちるなどすべての臓器が弱って身体機能が低下します。また耳が聞こえにくい、目が見えにくい、関節が痛い、転びやすいといった高齢者特有の不自由な症状も、身体機能の低下が主な原因です。

また身体面だけでなく、精神面の健康も無視できません。とくに深刻なのは、老いによる心理的ストレスです。白髪や薄毛、しわ、曲がった腰といった外見の衰えに加え、今までできていたことができなくなり、悲しみや先々の不安が生じます。

騙し騙し?身体と相談しながら・・・

老いは治るものだという希望を持ち続け、不具合を元に戻そうと躍起になると、普段の生活において失望することのほうが多くなってしまいます。

たとえば、もの忘れは自分だけと悩んでいる人が多いそうですが、周囲の同世代に聞いてみれば多かれ少なかれ経験しているはずです。

医師や気心の知れた人に話すだけでふっと気持ちが軽くなることもありますし、心地よく暮らすヒントを得られるかもしれません。

すべての人に訪れる老いのプロセスを受け入れ、不具合や病気が生じたときは完全に元に戻すことを目指すのではなく、上手にコントロールしながらつきあっていけばいい。気楽に楽しく生きることが、健康寿命の延長につながっていくのではないでしょうか。

2017年8月19日 (土)

人は前向きにしか生きられない

165815310_6241

「生きるためには前を向くしかない」

デンマークの哲学者 セーレン・キェルケゴール(1813年~1855年)の言葉に・・・

『人生は後ろ向きにしか理解できないが、前向きにしか生きられない』

があります・・・

人生振り返ることはできても、やり直すことはできない。

過去を教訓に前へ前へ進むのみだ。

人は行動してきた結果でしか理解できない。

自分以外の人からみれば、結果しか重視されないのだ。

過去に生きることはできないのだ。

生きるためには前に進むしかないのだ。

その一歩が、理解されるための行動した印となるのだ。

 

ふるさとは人間形成の場

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Dsc0712011

ふるさとは・・・単に生まれ育った山・川・空気など自然環境だけではなく親・兄弟・親戚・近隣・同級生・恩師など人的関係性も含み、また、過去の時間的流れの一切を網羅した総合的なものと理解しています。

ふるさとは人間形成の大事なフィールド(行動できる領域)です。植物で例えたら、土地(土壌)で、良好(肥沃)悪質な土地で生まれ育った結果は、一目瞭然です。だから、人を大事にし、環境や伝統文化を大切にし後世に引継ぎ、何時までも残そうとする考えが大事と思うのです。

時代と共に価値観も違ってきます。生まれ育ったところには、格別の想いがあります。確かに、故郷を快く思う者ばかりとは限りません。嫌な想い出、思い出したくないことが多いという人も、たくさんいます。それでも…

故郷を大切にする心が大事

ふるさとは、「心安らぐ場所」「回帰する場所」…懐かしい場所です。だから必ずしも生まれ育った場所を指しているとは、かぎりません。ただ、自分にとって原点となる場所です。「自己を形成」した場所であるのです。だから、故郷を大切にする心が大事なのです。

単に生まれ育った山・川・空気など自然環境だけではなく親・兄弟・親戚・近隣・同級生・恩師など人的関係性も含みます。加えて、過去の時間的流れの一切を網羅した総合的なものと理解しています。

2017年8月18日 (金)

子どもの道徳教育・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

Katakura_16kita21

私はよく、町内のゴミ拾いをします。

昨日は、大きな袋二つになりました。タバコの吸い殻・空き缶・空きビンなどす。最後に公園を見渡し、何も落ちていないと・・・思ったら、よく見たら、犬のフンがありました。

飼い主の犬の糞の不始末では、八王子市の公園課と相談して、大きな注意看板を設置してもらったのですが、まだまだ心ない人がいるのです。日ごろ子どもたちが、遊んでいるのです。

子どもの道徳教育…

教育は、家庭では、もちろん、学校・地域で、行うことが私の持論です。子供が遊んでいて、そのまま立ち去ろうしたときは、「ゴミは持ち帰りですよ!」と言います。そして、子供会の会長にも、親御さんにも、実情を話し、“躾け”をお願いしています。

心ない一部の大人に、まったくと言っていいほど、“まちの美化”に無関心?の人がいます。子どもたちの道徳教育にも良くないことです。絶対に改めて頂きたいことです。

京セラの稲盛和夫氏も言っています。

「小学校の道徳のようなことをいう」と笑う人がいるかもしれません。しかし、その小学生のときに教わったようなことを、私たち大人が守れなかったからこそ、いまこれほどまでに社会の価値観が揺らぎ、人の心が荒廃しているのではないでしょうか。

いま、子どもに向かって堂々とモラルを説ける大人がどれほどいるか。これはしてはいけないことだ、あれはこうすべきだと、明確に規範を示し、倫理を説ける。そういう識見と精神、重厚な人格を有した人物がどれだけ出てきたか。

それを思うと、私なども忸怩(じくじ)たる思いにとらわれないわけにはいきません。

正しい生き方とは、けっしてむずかしいことではないはずです。子どものときに親から教わった、ごく当たり前の道徳心 ― 嘘をつくな、正直であれ、人をだましてはいけない、欲張るな ― そういうシンプルな規範の意味をあらためて考え直し、それをきちんと遵守することがいまこそ必要なのです。

2017年8月17日 (木)

生きる使命とは・・・

にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ

0041

「私はこれのために生きている」

はっきりと断言できる人は、今のこのご時世、こうやって言い切れる人が、本当に少なくなった気がします。

「自分は“何に”心を動かされ、“何の”ために生きるのか?」

普通の生活、当たり前の生活を送っている中で、一番見失いがちで、一番忘れがちです。一番大事なものとは、一体それはなんなのだろう?

自分軸(自分の生きる基軸・キャラクター)づくり

自分がたくさんの判断を求められたり、誘惑を受けたりする中で、「常に自分を貫く確固たる価値観によって行動」していれば、自分らしく生きることができるはずです。

自分には、人に何が出来るのか…自分にしか出来ないものは何か…そういう生きる基軸、つまりは価値観を是非、見つけることです。

自分がこの世に生きて、その使命は・・・

「使命」の本質は、「当たり前の日常の一日一日、この日々の一瞬、一瞬に対し、意識的にしあわせに気づくこと」です。幸せを感じ、幸せを創り続けていくこと・・・すなわち、「私たちの使命は、日々、幸せになることそのものである」と言えそうです。

もちろん、周りの人が苦しんでいては、幸せ感は味合えません。周りの人を幸せにしてこそ本当の幸せ…私の使命と考えています。

「自分にしか出来ないことをして、人から感謝されること」「それが、自分がお金や物で満たされない、最高の幸せと思います。そう考えることで、生きることもそうですが、人と接することも楽になります。

2017年8月16日 (水)

信頼は行動で得るもの

A5b522871

人からの信頼を得るには行動で示すことです。

言葉というのは意志を伝えるのに便利で、

話すことで信頼を得ることができると思うかもしれません。

しかし、言葉はその場では信じてもらえたとしても、

行動が伴わないとその信頼はすぐに失われます。

逆に言葉では信じてもらえなかったとしても、

行動で示すことで信頼を得ることができるのです。

「言行一致」

このことは相手が信頼に足る人物かを見極めるときにもいえることです。

口先だけなのか、やるべきことをちゃんと実行する人物なのかを・・・

行動を見るだけですぐにわかります。

信頼を築くことができるのは行動です。

一度や二度では信頼されないかもしれませんが、

継続して行動をしつづけることが信頼へとつながります。

信頼を得たければ行動あるのみです。

愚直に、一つ一つの行動で示すからこそ、

信頼は積み上がっていくのです。

 

人生善いこと善くないこと半々

0806battal1

善いことと、善くないことが、半々であればいいじゃないですか。。。

それが人生」・・・認識しています。

理路整然とした論文のような人生などあり得ません。仮にあったとしても、そんな計算ずくの人生は心の葛藤も人間味はありません。完璧な人生なんて・・・遣り残しがあっていい。やり残したことがいっぱいあるのが人生です。

もがきながら、「人生の酢も甘いも知り尽くした人」は味があり、奥が深く、魅力的だと思っています。フットワークを考えて身軽さを心がけ、欲張らないこと…すなわち、多くを求めすぎないことです。

私は、Blogとか、Twitterとか、faccebookとか、Socialメディア系で、言いっぱなし、書きっぱなしといったように、一方的な情報発信が、今は市民権を得ていると思っています。

これは、最近の情報処理のトレンドかと思いますが、情報量がある程度以上になると、このスタイルしか情報交換ができないため、おのずとこの形に近づく・・・これでストレス発散できればそれが良いのです。

キーワードで検索する場合でも、じっくりと少ない回数で目的をさがすよりも、さらっとですが回数をなめることで目的に近付く、このスタイルが大容量情報をさばくために必要な発想方法が良いです。

従って、この「だいたい」をキャッチするアンテナを立てて、幅広く探す…この発想があれば、時間の無駄が省けることになると思う。

より以前の記事一覧