2019年8月24日 (土)

吹く風も秋めいて・・・

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今年は8月8日が立秋でした。台風10号が日本海に抜けて暑さも収まる?
昨日は、朝から雨が降ったり止んだりの一日でした。そして、なんとなく風が冷たく、感じるようになりました。
「秋風に アイスの旗も 疲れ気味」  
「草むらで 夏を惜しむか キリギリス」
「暑かった わが町にも 秋の風」
「年寄りの 命を縮めて  夏は往く」
「黒い肌 頑張り証拠に 夏過ぎる」
「散歩みち 湯殿川も 秋めいて」

“むかしのこと、”夏を過ぎて一段落”・・・と年寄りから聞いてました。畑に・・・秋の野菜づくりを始めるということ?

2019年8月23日 (金)

地域の高齢者の安心確保

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最近、私の住む地域では、高齢化が進み、一人暮らしの高齢者が増えています。

以前は、地域における近所付き合いなども活発に行われていましたが、最近ではこうしたつながりや、家族関係ですら希薄になってきています。

地域の暮らしに不安

核家族化で老夫婦生活・・・50歳代の未婚者(子)との家族(日中は高齢の親一人)・・・

☆  ごく卑近の例(4日前のこと)地域の高齢者の安心確保を思い知らされました。

一人暮らしのお婆さんが、買い物帰りに道で倒れ、頭を打って血を流していた。。。近所の方が救急車を呼んで、病院へ搬送したのですが、家は何処?名前と住所をやっと聞き出し、近所の方に聞いても、連絡先(子供・親戚・知り合い)が分からない・・・

緊急事態時の対応

◎独り暮らしの人(老夫婦を含め)緊急事態が起きた場合の対応・・・「連絡先を近所の方に知らせておく」こと。

◎普段からの、近所とのコミュニケーションをとること。

その場(事故)に遭って思いました。

※入院はせず、娘さんと連絡が取れ、一緒に帰宅出来たとのこと・・・連絡がありホッとしました。






2019年8月22日 (木)

ゴミ拾いをして思う

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「ゴミのポイ捨ては一向に減りません。」

ゴミ拾いをして気づくのですが、今の暑い時期で、ペットボトル・空き缶が、多くなっています。水分補給?で冷たいものが欲しくなる・・・ということでしょうか・・・ゴミのポイ捨ては一向に減りません。

原因は家庭教育の崩壊?

家庭教育とは、子どもへの愛情を基盤に、親及び親に準ずる者が子どもに対して主体的に行う教育であり、『すべての教育の出発点』です。

現代は、核家族化が進み、家庭での教育が失われてしまいました。躾、礼儀、善いことと悪いことの判断、道徳、人との関わり合いなど、本来は日常生活の中で親から子へ受け継がれていくべきその機会が、家庭教育の崩壊とともに、なくなってしまった。

家庭教育の重要性

家庭で行なわれていた教育の崩壊で、子どもたちは成長に合わせ、変化が表れはじめます。人に迷惑をかけなければ何をしてもいい・・・自分だけよければいい・・・好きなことはするが嫌いなことはしない・・・面倒なことはしない・・・など、自由放任教育のもとで、自らを律することができない子どもが増えています。

この家庭教育によって、子どもに「基本的な生活習慣や生活能力」・「豊かな情操」・「人に対する思いやり」・「善悪の判断」・「社会の一員としての倫理観や規範意識」・「自立心や自制心」・「他者とのコミュニケーション能力」などの「生きる力」の基礎的な資質や能力をはぐくむことが、今最も求められていると思います。

子どもの「生きる力」の基礎的な資質や能力を育成するためには、あたたかい家庭や家族とのふれあいを大切にしながら、多様な遊びや自然体験・社会体験の機会をつくるなど、家庭教育の充実を図ることが必要と思います。

2019年8月21日 (水)

これからの社会を考える

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今、社会や政治・経済・自然環境そして人との間に、様々な問題が起こっています。それらの問題は日々深刻になっていると、私は思えるのです。

過疎化や都市化が進行し、地域社会の連帯感は次第に希薄となってきました。核家族化が進み、家族の有り様も大きく変化しています。

豊かさを実現したといっても、物質的な豊かさが中心で、あふれるモノに取り囲まれながら、何かしら満たされぬ思いが募る毎日を送っています。

◎ 隣の家に住んでいる人・・・関係ないから関わらなくていい・・・でも、本当に自分と関係ないっていえるでしょうか?

◎ 子どもは好きなこと、得意なことを伸ばしたらいい・・・でも、教育って本当にそれだけでいいんでしょうか?

◎ 市民としての自覚が大切・・・でも、政治や社会への参加や関心って強制されなければいけないのでしょうか?

こうした問題は、私たちの日常に大きく・深く関わっています。

政治や社会の本来の意味に立ち返り、「他者と共に生きている」「自分とは違う人がいる」「人と人とが関わりあう」ということを、積極的な考えていかなければ、未来は見えてこないと思うのです。

自分たちで考えて、変えていく・・・

問題はもっともっと深いところに、あると思いますが、まず現状を認識し、一人ひとりが未来を想定し、多くの人とあ話し合い、考えることが大切と思います。

人は人と関わり社会の中でしか生きられないのから・・・「社会」って?「政治」って?そんなに難しく捉えなくても、まず、他者とうまく付き合っていくには、どうしたらいいのか、考えることです。


2019年8月20日 (火)

親身になる

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人間は、多くの人に助けられ支えられて生きてきたはずです。そして、色んな誰かを助けたり支えたりして生きてきたはずです。互助の精神があって生きてこられたのです。

誰しも、これまで生きてきこられたことは、親や兄弟・従兄弟・向う三軒両どなり・・・そして学校の先生・職場の先輩など、色んな人が、関わりあって生きています。みんな誰かと一緒に生きてきたのです。それらの人々はかけがえのない存在であったはずです。

「親身になる」

親身になるとは・・・「肉親であるかのように、細やかな心遣いをする」ことです。それには、我慢をしたり・・・犠牲になったり・・・自分の我を張らないで、思いやりの心と行動することです。

ただ単に誰かと一緒にいるだけでは、かけがえのない存在とはならないと思うのです。長い時間を共に過ごしたとしても時間だけでは助けられたり助けたりの関係を築けはしないのです。

当たり障りのない会話をし、楽しくみんなで群れているだけであったとしたなら関係は深まらないのだろうと思います。必要があれば言うべきことをはっきり言ったり、駄目なことを駄目だと、叱ってくれるようなことがなければならないのだろうと思うのです。

「お互いがお互いに対して真剣に向き合ってこそできてくる信頼関係」

親身なって考えてくれる人・・・助けられるとか支えられるとかいうのは、そういうことを指すのだろうと思います。共に生きるということはそのようなことなのだろうと思います。

2019年8月19日 (月)

自分軸を持つこと

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自分軸を持つ」ことについて、改めて考えたいと思います。

最近自己中心な人が増えたと思います。

信念を持っている人とは「自分軸を持っている人」です。信念は正しいと思っている自分の考え方ですが、これは行き過ぎると、我が強いとか言われてしまうかもしれません。

「自分軸」と「自己中心」の違い

自己中心は相手がいてこそ成立するものであるのに対し、自分軸はあくまで「自分がどうしたいか」が中心なので、相手がいる必要がありません。ただし、そこには「自分への誠実さ」と「責任」が必要になる…と私は考えてます。

自分軸で生きている人は、他人をコントロールしようとしない。

自己中な人は、物事の全ては自分自身が中心という考え方で、周りの迷惑を考えずに行動する様子のことを表す言葉です。 自分が正しい・自分が一番という考えが根本にあるため他人の意見に耳を貸さずに、全てが自分中心で周囲への配慮は一切ありません。

「自分の考え=他人の考え」と他人と自分が混同してしまっている状態です。同じ考えなんだから、自分の言う通りにみんな動いてくれると思い込んでいます。

どのような世界を自分が創りだしたいのかを知り、自分はその為に何をしていきたいのかがわかる時、それ自体が自分軸になります。



2019年8月18日 (日)

もっとゆっくり生きよう

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私は人生82歳を過ぎて、「もっとゆっくり生きよう」と考えています。

世の中「ゆっくり生きる」ということが苦手な人が多いように感じます。なんでも簡単に手に入る時代になりました。どこにいても答えが分かる世の中です。私たちはすぐに、結果を求められることが増えてきました。

だからでしょうか、いつも何かに追われるように感じてしまう・・・大丈夫、慌てなくていい。。。急いで生きたりしなくていい。。。ゆっくり生きる方が、人生をよりよく味わうことができますから。。。

「急がない方いい」

確かに歳をとり、心身の衰えは実感しています。私は、自動車の免許は返納し、行動範囲は確かに狭まって、楽しみは減りました。今の生活を楽しめない、幸せを感じられないということは、自分自身の心の持ち方で、幸せ感はもっともっと、身近にある・・・見えないだけかもしれません。

「マイペースを生きる」

幸せに生きるためには、急がずに、そして焦らず、自分に合ったペースが大事。。。ソフトランディングと想定し、心をちょっとスローダウンする。マイペースで生きられるように、心がけることが大事と思います。時には、道草や寄り道を楽しむ、心の余裕がある・・・ゆっくり生きる方が、人生をよりよく味わうことが出来る。。。

いくら「ふり」をして華やかに見せても、余計に虚しい思いをするだけ・・・小さくても、少しずつでも進んでいく・・・ゆっくりでも自分のペースで歩いていく・・・自ら踏み出した一歩だからこそ、自分自身を肯定できます。

2019年8月17日 (土)

生きる姿勢

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仏教の教えに「慈悲喜捨」があります。

◎ 他人を慈しみ、楽を与えるこころ(慈)。
◎ 他人の苦を救済するこころ(悲)。
◎ 他人に楽があるのを妬まず共に喜ぶこころ(喜)。
◎ ひいきしたり恨んだりする心を捨て、平等に利益するこころ(捨)。

「自分が幸せになりたかったら、自分以外の人々を幸せにしなさい。そうすればその人たちと共にいるあなたも幸せになれますよ」と、仰っているのです。

そして、「あなたたちはこうした人間に変われますよ」と、教えてくれているのです。これは家庭にも職場にも当てはまります。他人を幸せにすることは自分の幸せを放棄することではありません。他人を幸せにすることこそが、自分の幸せへの近道なのです。

生きる姿勢の基本

人としての生きる姿、いつの世も変わらないものです。それは親子や夫婦の情であったり、兄弟や友達の絆であったり、あるいは他人を思いやる優しさであったりというものです。

生きる姿勢の基本をを見失わない限り、どんな時代であっても人は強くなれます。また、それを見失っては人は生きてはいけないのです。

2019年8月16日 (金)

当たり前のことに感謝

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私たちは、人からとても親切にされたときや物などをいただいたとき、とてもうれしく思い感謝します。日常生活の中で特別に何かをされたり、もらったりしなくても感謝することはたくさんあります。

たとえば、自分の身体が自由に動く・・・五感の自由が利・・・今日も生きている・・・など普段何気なく生活している中にたくさんの感謝すべきことです。

私たちはあることが当たり前になり、それが自分自身の基準(尺度)となっているのです。その当たり前のことを一番感謝すべき、「ありがたいことだと気付く」ことが大切なのです。誰かのお世話にならずして、この世で生きていくことはできません。自分の一日を振り返ってみても、「ありがとう」と言える場面があります。

それは誰もが思っている以上に、たくさん存在しています。私たちはただ、感謝するべきポイントに気づいていないだけです。本当はいつでも「ありがとう」と言えるはずなのですが、お世話になることが当たり前になりすぎて感謝にすら気づけないのです。

自分が今、生きているということ自体・・・当たり前すぎて「ありがとう」に気づけない場合が多いのです。私たちは、知らず知らずのうちに自分はたくさんの人に支えられていると・・・いうことに気づかないといけません。

気づいて、一言でも多く「ありがとう」と言えるようになることが、心をきれいにするポイントです。「ありがとう」という感謝の心を持つことで、自分自身の心をきれいにし、周りにいる人たちの心も一緒にきれいにします。 そして生きていることに、幸せ感じることが出来るのです。

2019年8月15日 (木)

使命感を持って生きる

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使命感を持って生きる

使命感とは、自分の人生の目的を持ち、なぜこれをするのかのその意味を知り、その上で自分は何を成し遂げるのかをはっきりと明確に持っていることを言います。つまり、自分が今此処にいる意味や、役割、存在価値や存在意義を自覚しています。

こういう人たちは責任の範囲を限定していません。指示命令があったとしても、自分の範囲を限定せずに自分からその範囲を超えて、役割や責任を自らが拡げ使命を果たそうとします。

この目的を達成する意義や意味、この理想を実現することの必要性、なぜこれを自分がやるのかということが、自分自身の人生とつながっていることに自明するのです。

そういう人は、やるなといってもやりますし、休めといっても動きます。つまり自分から使命に燃えて使命を果たそうと、自ら行動し続けることが生きがいになるからです。

使命感を意識して行動していると、大事な場面で踏ん張れます。自分が今、なぜそうしているかという理由がはっきり分かっている人には、底力が湧いて出てきます。

生きている意味や、自分がここにいる「存在意義」というものをしっかりわかっていると、今やらなければいけないことを一生懸命行なう・・・自然と毎日の目標を持って行動することができ、充実感が湧いてきます。

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