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2021年7月30日 (金)

現代が直面する町会の問題

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「災害も高齢者介護も先のこと」と思いたい地域住民にとって、町会の存在は影が薄く、マイカーとコンビニとSNSがあれば、隣人との付き合いは不要と思われることも多いのが現実です。

その背景には、日々の仕事や生活に追われるなかで、いま地域がどうなっているかの情報もなく、直接関係のあること以外はなるべく関わりたくないし、関わる余裕もない、という住民生活の姿があります。

そしてそのために、こうした住民で組織される町会は、組織への加入率の低下や役員のなり手がないという、組織存続の条件を欠く事態に追い込まれようとしています。
 
人口減少に転じた社会の構造転換は、地域でもそれへの備えをゆるがせにできないものにしてきています。震災を契機に、一時期注目されていたNPOやボランティア団体も、その守備範囲が明らかになってくるなかで、町会などの地縁型組織の意味と役割とが、あらためて問われるようになっています。
 
世帯の縮小と地域課題の変化
情報化を基盤とする日常生活の利便性の向上は、地域生活面での共同の必要性を低下させ、それが生活単位の縮小、すなわち小規模世帯の急増をもたらしています。この過程は少子高齢化の進行と並行関係をもって進んできました。
 
町会は、住居=世帯を単位として組織されています。世帯内の問題は世帯内で処理し、地域組織は、地域環境の整備や交通安全・防犯の活動、そして住民総出の地区行事という、世帯を超えた領域での活動を行えばよい、という役割分担ができていました。

しかし、単位となる世帯の人数が減って家事や育児、介護の負担が重くのしかかるようになり、同時に非正規雇用の拡大と貧困層の膨張、それとあわせて進む公的福祉施策の後退で個人や世帯の負担が増え、地域の活動に参加することがむつかしい世帯が増えてきました。

こうした状況下では、町会が従来通りの組織運営や活動をしているだけでは、組織加入率や行事参加者が減少するのは当然のことでした。
 
世帯(家族)の縮小=個人化が進むなかで、町会には、多様な条件を抱える住民個人を対象とした活動を行うことが求められるようになってきました。

現代の町会が直面する問題は、町会について住民の理解や関心が薄いことだけでなく、世帯の構造変化から生じてくる問題が底流にあることを見落としてはなりません。

長い伝統をもって地域の自治を担ってきた町会は、今後いっそう進む少子高齢化の、多様で深刻な状況や課題に応じた、組織と活動の見直しを迫られてきていると思います。

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