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2021年7月31日 (土)

いのちの平等性

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人間は他の動物に比べて大脳が発達していて、他の動物にはない特性を持っています。しかし、その人間的理性ははたして正しく確かなものなのでしょうか。

人間の理性こそが、自分たちの住みやすい世界にするために便利な道具を創り出し、そのためにかえって他の動物に迷惑を掛け、地球環境を破壊する行為を行ってきたとも言えるのではないでしょうか。

もちろん、私もその便利な道具の恩恵を享受しているので、他人事として言うわけではありません。私たち人間も、他の生き物もすべて無量無数の因縁によって、この世界にいのちを与えられたという生命観が含まれています。

いのちの平等性
あらゆるいのちは、つながりの中でしか生存できないような、いのちの仕組みになっているのです。そして、そうした地球規模で相互依存の関係の中に生きていながら、そのことに気づかないかのように、自分と他人を区別し、自分に関係があると思われることだけに囚われて生活しているのが現状です。
 
自己中心の善はかえって大切なものを見失わせる
親子や兄弟、友人同士のケンカ、国家間の争いが、互いに善と確信しながらなぜ衝突するのか?私たち人間は、いつも何が善で…何が悪か…の判断を持ちながら生きています。

そして「善」と思われるものを求め「悪」はなるべく避けようとします。ところが、このような生き方は時に他人との衝突を生んでしまいます。善悪について、あるいはどちらが正しくてどちらが間違っているのかということで、他と争ってしまうことは日常茶飯事です。

自分にとって善であっても、他にとってはそれが悪となることになることがあります。自分の善や正義を主張し続けることは、互いに敬い合いながら生きるという清浄なる道を破壊することにしかなりません。

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