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2021年4月

2021年4月30日 (金)

感謝の心を持つこと

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感謝の心は人生を豊かにします。
今どんな状況にあっても「生きている」人は自分一人では生きていけません。自分を取り巻くあらゆるものに支えられて生きているのです。

不幸続きであったり、不健康であったりする場合は「感謝をしなさい」と言われても、無理かもしれませんが、それでも、生きていることに対して感謝することが大切です。
 
感謝の心が生まれてくれば、自然と幸せが感じられるようになってくるでしょう。「生かされている」ことに感謝し、幸せを感じる心によって、人生を豊かで潤いのあるものに変えていくことができるのです。
 
感謝の心は人生の基礎
感謝する心は和やかな人生の基礎となり、感謝の気持ちは和を作ってくれます。感謝とは、人生を楽しむためには感謝の心が大切なのです。
 
感謝とは・・・辞書では
〇 有難いと感じて礼をのべること
〇 有難いと感じる気持ち
〇 有難いと思うこと
〇 有難さを感じて謝意を表すること
〇 有難うと言うこと
ということです。

「ありがたい(有り難い)」は形容詞で「感謝したい気持ち」または「とても尊い」を意味する言葉です。

2021年4月29日 (木)

高齢者が安心して暮らせる環境

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すでに高齢者の方もまだ現役世代の方も、老後には何らかの不安を感じている人がいると思います。

高齢者にとっての「安心」という言葉には「心が安らかに落ち着いていること、不安や心配がないこと」という意味があります。では、高齢者が安心して暮らしていくためには、どのような不安や問題を無くしていけばよいのでしょうか。

安心して暮らせる環境とはどのような環境なのでしょうか。厚生労働白書によると、「年を取って生活したいと思う場所」に対しては、どの年齢層でも「自宅(これまで住み続けた自宅、子供の家への転居を含む)」がもっとも多く全体では72.2%です。

高齢者が安心して暮らせる環境とは、これまで住み続けた自宅を主とし、自宅の近隣に医療機関や買物をする店が身近にあること、生活様式によらず病気やケガをしたときに支えてくれるような地域とのつながりがあることが、安心して暮らせる環境といえそうです。

「お互いに支え合える 地域づくり」という視点から、地域の様々な主体と連携・協働しながら取組を進めてい くことが重要な課題だと思います。

高齢者の幸せとは

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「幸せとは・・・」
誰でも、80歳を過ぎ老年期に入ると、やがてくる人生の終わりについて「幸せとは・・・」考えるようになると思います。

きっかけは周囲の親しい人が亡くなったり、持病の悪化や病気の後遺症など、体の不調が多くなることもあります。人生を振り返り、締めくくる時期に入りますが、この段階ならではの幸せもあります。

〇 関係の深い人とのあたたかな関わり
家族や親しい友人など、今までの人生で深めてきた人間関係は、高齢者にとって大切な宝物です。そんな人たちの笑顔を見れば何よりうれしく、幸せを感じられるもの・・・自分の人生は良いものだったと、かみしめることができる瞬間です。

〇「ありがとう」と言われること
「自分の得意なことを活動」をして、「すごいですね」「ありがとう、勉強になりました」などと周囲から認められ、喜んでもらったり、感謝される機会が多くなることでしょう。

〇 自分らしく生きること
「自分らしく」だれかに押しつけられたり、強制されるものではないことです。

2021年4月28日 (水)

ゴミのポイ捨てが減らない

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不法投棄は、空き缶などを道端に捨てることやタバコを1本捨てることも、法律の解釈からいえば不法投棄です。社会には、その一員として、最低限守らなければならないルールやマナーがあります。

社会のルールやマナーを守って行動することができなければ、安心して暮らせることは出来ません。不法投棄は犯罪だと分かっていながら、「これくらいは良いだろう」と考えてしまうことも?考え方やモラルについて、教育や意識啓発を今一度見直してみてほしいです。

ごみがごみを呼ぶ
ひとたびごみを捨てれば、そのごみがまた新たなごみを呼び、その場所が不法投棄の名所になってしまいます。一度不法投棄の名所になってしまうと、たとえごみを撤去してもまたすぐに不法投棄され、環境の悪化につながります。
 
そもそも喫煙者はタバコのポイ捨てをする人が多く、社会モラルの欠如、マナーの欠如が甚だしく、結局は「自分たちさえ良ければいい・・・」の利己主義の人ではないでしょうか。最終的には町が汚れ、環境悪化になるのです。“誰かがやるだろう“ではなく、町を、共有スペースを”自分たちで綺麗にする“・・・をもう一度考えてほしいものです。

2021年4月27日 (火)

底知れぬ“欲の心”

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「貪欲」(とんよく)と言うと何となくマイナスな意味合い、あまり良くない印象を受けますが、実は「貪欲」は悪い意味だけでなく良い意味でも使うことができます。


落ちて行く
   奈落の底を
      のぞき見ん
   いかほど深き
       欲の穴ぞと

貪欲・・・底の知れない欲の心に振り回されて苦しんでいる・・・
底の知れない欲の心を仏教で貪欲といいます。金が欲しい、物が欲しい、褒められたい、認められたいという私たちの欲の心には、際限がありません。

 
自分の欲を満たすために他人をだましたり、傷つけたり、遺産相続をめぐって親戚同士が争ったりすることは、決して珍しいことではありません。世界中の戦争、紛争などを見ても、この欲の心が動機になっていることが、多いのではないでしょうか。

貪欲を青鬼で表されるのは、欲が底知れぬ海のように深いから
なぜ、その貪欲を青鬼に例えられるのかというと、欲には底が知れないからです。海は、深くなればなるほど、その青さを増して行くように欲望も、満たせば満たすほど、深くなっていきます。「もっと欲しい、もっと」という欲の心は果てがありません。

2021年4月26日 (月)

地域資産の風景を守る

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子どもの頃から遊び場だった場所、毎日歩く気持ちのよい散歩道?など、いつまでも変わらずにあってほしいと願う場所が八王子市片倉町にありませんか?

八王子市片倉町の景色はどんどん変わります。山は開発され、川は整備され、マンションが建設されるなど、片倉町民がお気に入りの場所を、大切に思い、風景を守り育てて、次世代に引き継ぐ責任があると思いませんか・・・

町の居心地のよさは、風景から生まれるものです。

ここでいう風景づくりとは、八王子市片倉町の魅力的な風景を住民の皆さんで守り育て、つくることです。ですから、対象となる風景資産があるだけではなく、「風景資産を守る」活動を実際に行う、町の方々が存在することが前提です。

風景を大切に思う町の人が、その価値を皆で考え、風景を守ることにつなげることが目的のものです。町の環境を良くしていくきっかけになればと・・・活動する人の輪が広がり、片倉町の全体の風景を守っていくことを目指すことです。

遠くの親戚より近くの他人

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むかし、姉さん被りの奥さんが、家の前の通りや、横町の路地などを、掃除をする光景をよく見ました。そして、童謡に・・・「たき火」などがありました。
 
掃除をしながら近所のコミニケーションが図られたり、思いやり、譲り合い、助け合い、人間が生きていくための術を学べることが出来たのです。
 
家の周りを掃除するという習慣は、いつの間にか薄れてしまい、自分の庭のみだけしか掃除しない、お宅が増えたように思えます。
 
外のことまで、手が回らないというのか?
現代人は忙しいのは分かりますが、よその所まで掃除をする余裕がないということが本音でしょうか、それともアパート・マンションで、関係ない?ということでしょうか?

「奉仕」
報酬を求めず、また他の見返りを要求するでもなく、無私の労働を行うことをいう。それぞれ、一般的な「勤め、業務」の他に、隣人や困窮者への援助などをする行為です。
 
社会の変遷で人間本来の価値観が違てきて、昔気質の人が少なくなって、寂しい思いをしている人は私だけではないでしょう。人は一人では生きていけません。助け合い励まし合って生きられるのです。
 
地震などの災害はいつ起こるか分りません。隣近所の方のお付き合いが大事です。
「遠い親戚より近くの他人」…血の繋がっている親類であっても、遠く離れて暮らしていれば行き来も少なくなり、情も通わなくなるものです。
 
万が一急を要する出来事があった場合に助けられることは出来ません。赤の他人であっても、自分の近くにいる人のほうが、かえって力になってくれのです。

2021年4月25日 (日)

しっかり生きること

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「しっかり生きる」
「私たち人間の社会」を生きるというのは、世の中でキチッと仕事がやれる・・・あるいはキチッと世の中で生きていけるということです。

具体的にいうと、家族のなかで役割を果たし、組織のなかで仕事をし、そして社会のなかで一人の人間として生きていく・・・そのための力を成人なるまでに、つけていかなければなりません。その根幹の部分は学校で身につけていくことだと思います。

しかし人間は、親になるとか、社会でリーダーになるといったことは、みんな一つのエピソードです。結局、人は一人で生まれて一人で死んでいく・・・昔は「人生50年」と言われ、今は80年、90年にも延びましたが、それでも、アッという間の人生です。

大事なことのは、自分が存在しているという意識があるかどうかです。自分はこういうことにワクワクするとか、こういうことは悲しいとか、自分自身のあり方がわかり、死ぬ間際まで「生まれてきて良かった、生きていくのが楽しい」と思って生きていく・・・それは自分に与えられた命を大切に、大事に、生きていくことになるのです。

誰かや、社会の基準の損得勘定で自分の人生の選択をするのではなく、自分が生きててよかったと思えるような、生き方をしたいものです。

2021年4月24日 (土)

誰だって歳を取るのは初めて

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80代だろうと90代だろうと100歳を越えていうと幾つになっても、その人にとってはその年齢になるのは初めてで、一生を通じて未知の世界に足を踏み入れているのです。
 
我が身を振り返っても、40代、50代で体力の衰えは確実に来ました、年数分駆使してきた身体はあちこちガタが来ています。

「あれ?前はこんなじゃなかったのに」
という場面は日常茶飯事。一方で、この歳まで来たからこその精神的な余裕、ちょっとは出てきます。

年を取るにつれて性格が丸くなる一方で、社交性が低下し、新しい経験に消極的になることはよく知られています。こうした性格の変化は主観年齢(自分のことを客観的に見たときに思う自分の年齢)が若い人ほど小さく、主観年齢が高い人ほど顕著に表れるという。

「まだ若い」と感じる気持ちが、前向きな行動につながり、心身の健康維持に好影響を及ぼしているのではないかと考えられています。
 
一方で、主観年齢の低い人も通常の加齢に伴う前向きな変化を見せる。若いころより良心的になり、神経質でなくなる。つまり、主観年齢が低くても人生経験による賢さは、体得できるようです。

しかも、だからといって若々しいエネルギーや情熱は失われていません。つまり、主観年齢が低いからといって、永久に未成熟な状態にあるわけではないのです

2021年4月23日 (金)

老老介護・認認介護の問題

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普通に暮らしている夫婦もやがては老夫婦から老々介護・・・と。
高齢者介護をしている世帯の半数以上が老老介護・・・「老老介護」とは高齢者が高齢者を介護することを言います。

高齢化や核家族化が進み高齢者のみの世帯が多くなっているなか、老老介護の世帯も増えてきています。さらに状況が進み、認知症高齢者が認知症高齢者を介護するというケースも出てきています。これを「認認介護」と呼びます。

老老介護は、介護をする側も高齢者であるがために多くの問題点を抱えています。介護殺人や介護心中という悲惨な事件は老々介護であったために起こったものが多く、その問題点を浮き彫りにしています。
 
認認介護においては、さらに問題が深刻化していきます。殺人を犯しても、認知症による物忘れのためそのこと自体を覚えてないというケースも出てきています。

高齢者の介護をしている世帯の半数以上が老老介護という現実。認知症人口・MCI(軽度認知障害)人口も増えており、認認介護も身近な問題となってきました。
 
これらを解決していくには、国の施策もそうであるように、地域で高齢者を見守るという意識を住民全員が持つことではないでしょうか。

早めの状況把握が大切。ご近所との関係構築も
遠く離れて暮らす両親と同居できず面倒をみることができなくても、近所のお年寄りのご様子を見守ることはできるかもしれません。そんな意識を多くの人が持つだけで、かなりのリスクを事前にキャッチし問題解決を図れるのではないかと考えます。
 
また、困ったときにはSOSをきちんと出すことも重要です。「向こう三軒両隣」という精神で、つながる地域コミュニティーを作っていきたいものです。

2021年4月22日 (木)

今さえ良ければの考えは悲しい

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「今さえ、良ければ」と思うのは、みな‶埃の心〟です。
ほこりは吹けば飛ぶような些細ささいなものですが、油断をしているといつの間にか積もり重なり、ついには、ちょっとやそっとではきれいにならないものです。
 
「今さえ良ければいい」
「自分だけ良ければいい」
「自分だけ、今、幸せであればいい」
「自分だけ結構であればいい」
「自分だけ出世すればいい」
 
自分だけ!自分だけ!と、思う心は‶埃〟です。
三十年後、百年後、日本が、世界が、どうなろうと関係ない・・・。今、自分が生きているこの時代だけ良ければ、それで良いと言う心は、みな‶埃〟です。
 
ご先祖は、どう考えたでしょうか?木を切ったら、必ず、その横に木の苗を植えたものです。だから繋がっていったのです。

2021年4月21日 (水)

地球温暖化と私たちの暮らし

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菅義偉内閣総理大臣は「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言しました。

永遠のテーマ「環境問題」
全世界、全ての環境を保護することは大変なことです。しかし、一人一人、一日一善、小さなところからこつこつと着実に行動することができれば、私たちは最終的に地球環境に大きな影響を与えることができると信じております。

まず、自分が住む町の美化活動は、やがては、「地球上の環境・地球温暖化」につながる。すべての人々が美しい地球を、素晴らしい未来を創造できるよう、私は、私に出来る活動を続けていきたいと思っています。


現在、私たちの暮らしは便利で豊かになりました。しかし、その代 わりに地球温暖化をはじめとするさまざまな「環境問題」があります。

「環境問題」は、私たちの活動によって、私たちをとりまく自然 (空気、水、土など)や人間以外の生物、そして私たちのくらしに悪い 影響を与えることです。 私たちのふだんの生活を見直して、環境へ影響が少ない社会をつくら なければ「環境問題」は解決しません。

そのためには一人ひとりが環境を守るためにはどうしたらよいかを考え、 行動することが大切です。 自分の身の回りのくらしを守ることが、自然に恵まれた八王子市の環境を守 り、そして未来の地球を守ることにつながっていくのです。

2021年4月20日 (火)

他人を大切にすることで幸せに・・・

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今の世の中は自分中心主義の世界です。
そのような考えで生きている人間は、困難や苦労が絶えない人生を歩むことになるのです。もし、今の人生における人間関係が困難なものであり、スムーズに行かないのならば、自分の思考と行動を見つめ直すことです。
 
人間関係というものは、自分が相手に対して行ったこと(原因)が、後になって自分に返ってくる(結果)ものです。ですから、もし自分の人間関係がうまく行かず、トラブルが多いというのなら、まずは自分の思考と行動を改めることが必要なのです。

自分の思考・行動をチエック
普段の自分がどのような思考をして、どのような行動をしているのかを知ることが大事であり、自分の事を優先した思考をしていないかチェックすることです。
 
もし、自分を優先した思考をしていたのなら、考え方を180度変えて、まずは相手のことを優先して考えることです。「相手はどうして欲しいのか?」「相手はどうしたら喜んでくれるのか?」を考え、実際の行動に移すことです。
 
そのことが相手に対する思いやりの心であり、そのような相手に対する思いやりの心は必ず相手の心に届きます。その思いやりの心を持って、実践を続けていれば、必ず人間関係は好転して行き、幸せ感が味わせるのです。

2021年4月19日 (月)

社会のルールで生きる


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社会で生きるということは、その環境に順応しなければならないということです。つまり「社会のルールで生きる」ということです。

現代社会を見ると、利己主義的に生き、自分さえ良ければいいという風潮が蔓延しています。人が集団の中で生きていくとき、他者との係わりの中で、集団の秩序を守っていくためには、きまりは重要なものとなってきっます。

また、より良い人間関係を築いていくためには、その「きまり」を守るということだけではなく、その意味を理解し、生活・行動する必要です。本来、人々が道徳心に溢れ、自らの行動を律して、行動を起こすことができれば、きまりは、「いらない」と言うこともできます。

私は、日本人の公衆道徳の意識が、問題と思う一人です。道徳は家庭・学校・地域社会などの教育にあると思います。

モラル・マナーは守り、地球環境に配慮し、人に迷惑をかけないといという意識することにより、人に優しい平和な国になると思うのです。一人ひとりが環境・人にに思いやり、行動に責任を持って生活すべきと思います。

2021年4月18日 (日)

信頼されることは人生の財産

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信頼とは人との関わりの中でしか生まれない・・・。
そう考えると、信頼されるということは人生の財産になる・・・。

信頼される人
〇 誠実。
〇 自分が言ったことを守る。
○ 言い訳をしない。
〇 誰に対しても態度が変わらない。
〇 謙虚。
〇 専門分野の知識が豊富。
〇 実績がある。
〇 行動が早く、チャンスを生かせる。
〇 ウソをつかない。
〇 裏表がない。
〇 記憶力がある。
〇 困った時に具体的に助けてくれる。
〇 安請け合いをしない。

2021年4月17日 (土)

地球の温暖化は深刻です

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今世界は様々な場所・土地で環境の変化が起こっています。気温や海水温の上昇、生態系の変化、海面の上昇、雨の酸性化など悪い方向に向かって進んでいます。

これは私たち人間の生産活動が生み出した結果であり、環境や動植物がその影響を受けているのです。このままいけば、いずれは私たちも住めないような環境になる可能性も否定できません。

私たちが出来る環境保全
私たちの周りには環境保全を行う活動がいくつもあります。また私たち自身も日頃の生活の中で環境保全につながる行動もあります。それらに取り組むためには環境保全活動についての理解を深めることが大切です。

私たちの住む地域の環境保全は、私たち一人ひとりが守ることです。
・子供たちへの教育。
・自分のゴミは自分で持ち帰る。
・清掃活動を行う。
・有志者の積極的な活動。
・転入者へのコミュニティ参加への勧誘。
・将来の文化財の形を共通意識として持つ。

この地域に住んで良かったと思える地域(町に)しましょう。

2021年4月16日 (金)

歳を取るということ

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最近、私も歳をとったもんだ・・・歳をとるとは、こういうことか・・・と実感しています。

歳を取ってきますと、鈍感になります。
頑張りは利くが後がひどい、疲れても、その時はわからず後で来る、高い音は聞こえない、素早い動きは出来ないなんて事になります。

若い時には想像も出来ないこと
思い出せない、すぐに忘れるなんて、記憶力の減退は明瞭に認識できます。これが、老化、ボケと言う事でしょう。これに対処しようと努力をしても、どうしようもない、人間の本性の限界ですから、逆らってもろくな事はありません。

早い状況変化には、対応出来ないので、戦術的実務からは引退すべきです。でなければ、世に老害を与えることになります。歳を取るに従い、肝に銘じておくべき事だと、自戒します。

一方、努力を続けると、ゆっくりしたものは良くわかることもあります。
即ち、歳を取っても、低周波に対する感度は落ちないようですし、経験の集積から、状況の中に於ける現在位置は良くわかる様になっている面もあります。恐らく、良い歳の取り方とは、我を張らないで、意見をぶつぶつとつぶやくことかなと思っています。

しかし、ボケた人は、言っていることが正しいか否かも分からないので、老人の話を聞いたとき、現役には、自分の頭で判断できる聡明さが必要です。役に立つ事があればうまく取り込むのは直接利害に関わる若い世代の人で、年寄りは関係なく消えて行くのが摂理です・・・。

2021年4月15日 (木)

人生の目的

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「人生の目的」は幸せなることです。
それは、自分がどう生きたいか・・・そして、どう生きたいかと自分に問いかけるとき、どこに向かうかという着地点をハッキリさせておくことは大切です。
 
旅と同じで、目的が定まっていないと迷走しがちなうえ、着いたと思ったらぜんぜん行きたかった場所だなんて目も当てられません?
 
幸せになることが人生の目的
そこであらためて人生の目的について考えてみる・・・人生の目的とは、何のために生きているか、ということですが、多くの人は、人は幸せになるために生きると言います。
 
何を幸せと感じるかは人それぞれで、十人十色です。けれど、どんな人も幸せになりたいという点では一致しているということです。

誰しもが、今この瞬間も、幸せになりたいと思っていることでしょう。そう思っている、思っている自分、自意識とか、マインドとか呼ばれる存在です。自意識にとっては幸せになりたい、不幸になりたくないは切実な欲求です。たしかに一番に来る目的かもしれません。

2021年4月14日 (水)

素直な心

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素直な心とは、自分自身のいたらなさを認め、そこから努力するという謙虚な姿勢のことです。

「とらわれない・こだわらない」心を持っこと・・・松下幸之助の言葉
「人間というものは、ともすれば何かにとらわれて、迷ったり、人間関係をこじらせたりしがちなものです。ぼくの今日までを顧みても、毎日、憤慨したり、他人のことをうらやんだり……。

だんだん少なくなりつつあるとはいえ、これまではずいぶんそうした経験がありますな。でも、そうした心を持っていない人はおそらくこの世に一人もいないのではないかと思うのですよ。
 
もちろん、そのあらわれる度合いや程度は、人によっていろいろだと思いますが、しかし〝おれはいまだかつてそんなとらわれた心を持ったことがない〟というような人がいたら、ウソだと思いますな。
 
それは、欲望や感情を持っている人間なら当然のことで、そうした心の動きがあればこそ、また人生における満足や幸せも生まれるのですね。
 
だから、大切なのは、欲望や感情をなくそうとするのではなく、それにとらわれず善導することです。折々に反省し、とらわれを極力排していかなければならないということでしょう」

2021年4月13日 (火)

躾の大切さを考える


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「公衆道徳」が守られていない光景が見られる現代社会・・・躾の大切さを考えさせられます。
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「しつけの大切さ」
しつけは、基本的に親がこどもの逸脱行動を制御して、社会のルールに沿った行動ができるようにすることを意味します。しつけは社会化の一形態でもあり、子どもが将来大人になって、社会適応していくためのとても重要で大切な家族の機能のひとつと言えます。
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また、教育の最終目的は社会化とされ、家庭での社会化の成功は家庭教育の成功でもあり、その後の学歴形成や社会参加といった子どものライフコースに大きなプラスの影響を与えます。
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最近は、このような「社会化の一つの形態であるしつけ」を軽視するご家庭も多く見られるようになってきたように思えます。暴力的な方法で間違ったしつけをするのはいけません、また、基本的生活習慣から社会規範や文化までを学習して社会化させるしつけの働きを軽く扱うわけにはいきません。
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成長に伴って、社会になじめなかったり、はじき出されるなどの社会適応上の問題が派生する可能性が高まるからです。しつけそのものを単純な視座から否定するのではなく、少し掘り下げて深い視点からしつけの意義や在り方・方法を考えていくことが大切だと言えます。

2021年4月12日 (月)

地域との係り合い持つこと

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今住んでいる町も地震や、犯罪などはいつ起こるか分かりません。今住んでいる町でも、安心して住み続けられるまちづくりには、多くの人たちの助け合いが必要 となります。

安心・安全な町にすることは、その町に住んでいる人の、一人ひとりが、みんなで協力し合うことが必要です。

ことわざに「遠い親戚より近くの他人」
血のつながった遠い親戚より、「いざという時に頼りになるのは近くの他人」という意味です、そのためには、日頃の近所づきあいが大切ということです。今住んでいる町でも、安心して住み続けられるまちづくりには、多くの人達の助け合いが必要 となります。

近年は、核家族化や高齢化等により、地域を支えていく力が低下し てきているなか、日頃の付き合いや地区行事に積極的に参加する等、地域になじんでい くことで、自分や近くの人を互いに知ることが必要です。

また、地域で助け合っていくためには、町民一人ひとりが助け合いの気持ちを持つこ とが大切です。社会福祉や地域に関心と理解を深め、地域福祉活動への参加や協力への 意識を高揚することが必要です。

また、一人ひとりが「地域内の自然環境を大事にする」認識を深めることで、毎日が気持ちよく過ごせるのです。日ごろの行動が大切になってきます。住み続け良かったと思える町にしましょう。

2021年4月11日 (日)

自分らしく生きる

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自分のことを知る
自分のことはすでによく知っている、という人もいるかもしれませんが、実際には自分の一部を知って、すべて理解している気になっているだけ・・・と言えるかもしれません。
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自分を知るためには、自分の奥底にある本心と向き合わなければなりません。自分の本当の気持ちを知ると、長所だけでなく短所も見ることになります。なぜなら短所も含めて自分だからです。しかし、短所と向き合いたいと考える人は少ないでしょう。
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短所と聞くととてもネガティブなイメージがありますが、「そのような自分もいる」というくらいの軽い気持ちで考えてみましょう。また、以前、自分と向き合ったことがある、という人もいるかもしれません。
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その時の自分についてはよく理解していたとしても、年齢や環境、付き合う人、仕事により自分自身は変化していくものです。その時その時で、考えることや感じることも変わります。そのようなことから、自分を知るためには、一度だけでなく、何度も自分と向き合うことが大切です。
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自分らしく生きるということは、すなわち自分のやりたいことをし、自分に正直に生きるということです。自分の好きな仕事をする、自分の好きな趣味に打ち込むなど、自分の好きなことの示す範囲は広く、人によって異なるでしょう。
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何をするにしろ、それが自分の好きなことで、毎日それを行いながら日々を過ごしているなら、自分らしい生き方をしていると言えます。

2021年4月10日 (土)

上手に歳をとるには

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若々しい心を維持するためのカギ
重要な戦略の一つが、年齢にかかわらず情熱を持ち続けることだと思います。モチベーションを上げてくれるような、自分をワクワクさせてくれるように、積極的に活動すること・・・計画を立て、日々のスケジュールを守ることです。
 
周囲の人々と健全な人間関係を構築し、維持していく・・・もちろん家族は大切ですが、長期的な友人関係は将来の感情面の幸福を保証してくれるはずです。

利他主義的な生き方は、幸せな歳の取り方
他人を助けることで、生きている意味のようなものを感じられます。誰かの役に立つことで、自分の命には価値がある、と感じることができるのです。また、他者に手を差し伸べることで自尊心にもポジティブな影響があると思います。
 
若々しい心の持ち主は、楽しむことが大好きで、ユーモアのセンスに溢れています。笑うことは活力の源ですし、楽しむには歳を取りすぎている、という事態など存在しないのです。また、ユーモアのセンスを鍛えることは、脳にとってとても良いエクササイズとなると思います。
 
さらに、信条や個人的な価値観、そして前向な活動することです。これらは、多くの人にとって生活や活力の無尽蔵の源となっているようです。

2021年4月 9日 (金)

他人の痛みが分かる人

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「他人の痛みが分かる人」
他人の痛みが分かる人は、たいてい、自分自身がその痛みを経験しています。自分自身が実際に経験したことのないことには、実感が湧かないものです。ですから、多くの痛みを乗り越え、苦労してきた人は、他者を思いやる心を持ちやすいです。
 
もちろん、痛みや苦労に負けて、ひねくれてしまって、逆に他人を思いやれなくなった人も、世の中にはいます。しかし、自分自身がその痛みを知っているから、他人の苦しさがどれくらいのものなのか、自分自身の感覚のように分かるのです。
 
できれば、痛みや苦労は少ないほうがいいのかも知れません。でも、痛みや苦労を多く経験している人の方が、より深く、他人の痛みを知ることができることも事実です。
 
痛みや苦労を経験したときは、さまざまな工夫と努力で乗り越え、周りに同じ痛みを持つ人がいたならば、できる限りのエネルギーを持って、サポートしてあげることです。その苦しみが手にとるように分かるので、より効果的に助けることができると思います。

2021年4月 8日 (木)

輝いて生きる

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「過去を悔やまず、未来を憂えず、今を輝いて生きろ」・・・むかし、若いころに、生き方に悩んでいた時、父親からと言われた言葉が記憶にあります。
 
戻らない過去を想い悔やんだり、未来をあれこれと考えて、心配してはいけない・・・「今を一所懸命生きる」ことだと・・・自分がいまやるべきことをよく見極め、信念をもって、今日やるべきことに最善を尽くすということです。
 
私たちが心の中で苦しみや不安を抱くときの主な原因は、自分の過去や未来について考え過ぎてしまうことです。ただ過去や未来を思うだけでは、わたしたちの苦しみや不安は心の中で無限にふくらみ、それが自分を縛りつけて自身を動けなくしてしまうだけです。
 
…自分はいま何をすべきか…
一瞬一瞬を常に考え、考えがまとまったらすぐ実践することで輝いて生きて生きられるのです。そしてすべきことに集中すればするほど、最善を尽くせば尽くすほど、心の中の苦しみや不安はいつの間にか消えていくのです。
 
苦しみや不安は、他の何かに救ってもらいたいと思いがちになります。他に伝えて、解ってもらいたい、共感してほしいと思ってしまいます。しかし、解決にはなっていません。それは「無心」になっていないのです。(無心とは…仏教の術語としては、妄念を離れた「心そのもの」を意味します)
 
限られた人生で悔いなく生きるには、一瞬一瞬「自分がいまやるべきこと」を考え、それに集中することだと思います。

2021年4月 7日 (水)

花を見て感動する心

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コンクリートの割れ目に咲いた一株のタンポポや建物のわずかな隙間に群れて咲く小さな野のスミレはけなげに美しいものです。

「明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」・・・親鸞聖人

人の命は花の如くであり、その儚さを讃えた歌です。桜は絢爛として咲きほこるが、ほんの数日で散ってしまいます。寒の戻り、花冷えの日が続くと、時に長く咲いていることもありますが、暖風に枝を払われ、はらはらと散ってしまい、葉桜に変わります。
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ふくらむ蕾に春の到来を喜び、爛漫に咲きほこる姿に心はずませ、散りゆく姿に哀愁の心をいだく、日本人は桜に我が人生の一コマを重ね見るから特別な思いを桜によせます。
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花を見て人は美しいと心に感じるけれども、自分勝手な思いで見ていないだろうか、花は子孫を残すために花咲き虫を招く、人に見つめられたくて咲いているわけではない、花は人間に何の期待もしていない、ただ咲く姿を無心と人は見ているだけでしょう。
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生きるとは「生まれる」ことでもなく、「人生」でもない、今、現に生きている、この事実です。桜は今を咲いているから美しい、だがその美しさをしらずに散ってしまう。全ての、こだわりをはなれてこそ、桜の本当の美しさが見えてくる。

2021年4月 6日 (火)

木の芽どき

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むかし、親父から、「木の芽どき」は、体調を崩す人が多くなり、特に精神疾患者が多くなると言っていた事を思い出しました。
 
ちょうど今が「木の芽どき」野山の草や樹木が一斉に新芽が出る早春の時季・・・お花見など、自然とのふれあいが楽しいのですが、心や身体の不調を感じやすい頃でもあります。「手足が冷える」「肩がこる」「体がだるい」「頭が痛い」「何もする気がしない」など、体調不良を訴える人が多くなると言いわれます。

「不定愁訴」と診断される症状です。不定愁訴の原因にはさまざまなものが考えられていますが、主に、ホルモンバランスと深い関わりのある自律神経が乱れるためと言われています。

今の時期、気温が安定せず、初夏を思わせるような暖かい日があったかと思うと、翌日は花冷えで気温がぐっと下がったりと、気温差が激しくなり、このような気温差は身体にとってのストレスになります。

また、就職、転勤、引越し、など、仕事や人間関係の変化が精神的なストレスとなることもあります。身体的ストレスに日常生活で感じる精神的ストレスが加わることで、体の司令塔の役割を果たしている自律神経の乱れを引き起こします。

そして、何と言っても、新型・コロナ・ウイルスで私たちの行動にも、制限されてしまっていることで、ストレスが積み重なるばかりの、毎日が続いているのでストレスが高まると思います。
 
「木の芽どき」には、精神疾患の患者のみならず、健常と思っている人でも、突然何らかの原因で、思いがけない言動を引き起こすことがあります。ストレスをためない、休養をとるように心がけることが大切です。

2021年4月 5日 (月)

目配り・気配り・心配り

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現代社会はデジタル社会そのものです。

私たちの日常はデジタルに取り囲まれ、とても豊かな生活へと導かれているようですが、その一方で、デジタル特性に支えられコミュニケーションの個別化は、従来以上に家族や人間関係の希薄化が囁かれています。

人間社会とのつながりや環境の質といった生活の満足度など、デジタル化によって、生まれた隙間を余暇や趣味などの豊かな生活に使うのではなく、常にスマートフォンを携帯し、休日関係なくメールの確認をするなど仕事に追われ、ストレスを助長してしまっている現状があります。

 よりよく生きていくためには・・・より良い人間関係を作るにはやっぱりアナログが基本です。ふれあい人々が幸せに過ごし、住 みよい社会にしていくため には、3つの「配り」が大切だと思います。

 〇 一つ「目配り」です。
例えば、「知っている人に気づいて挨拶する。床 に落ちているゴミを拾って捨てる。」など、周囲を意識することです。

 〇 二つ「気配り」です。
「人とすれ違うときに、ちょっとよける。困っ ている人がいたら声をかけてあげる。」など、相手を気遣うことです。

 〇 三つ「心配り」です。
これは、「顔で笑って心は泣く」みたいなこと もあるので、相手の心としっかり向き合うことが大事になります。

2021年4月 4日 (日)

感謝の心を忘れずに

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「ありがとう」
人生は感謝と共に歩むことが大切です。いかなる境遇においても、
感謝こそ、心に平穏を与える最高の感情であり、人生にプラスの要素のみもたらします。

人生は選択の連続ですが、心も選択の連続です。
たとえば過去の理不尽な出来事や恵まれない境遇を「今」思い出し、自分を不幸な人間で幸せには値しないと思うのか・・・それでも今日まで生きる健康を手にし、いろんな人の支えもあり、今までこうして生きてこられたことに「感謝」するのか・・・。
 
どちらを選択して生きるのか、私達は自分で決めることができます。
ただひたすらに「感謝」しましょう。感謝に生きて後悔することはありません。感謝して生きている人の心には、誰も入り込めず、心の中にある豊かさや平穏を奪われることはありません。

2021年4月 3日 (土)

世のため人のため

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「世のため人のため・・・」
今、新型コロナウイルスの脅威から、なかなか抜け切れない日々が続いています。こんな世の中で私たちが、日常の生活の中で腹の立つこと、嫉妬することなどいろいろ起こります。「こんな状況でも自分がするべきことはなにか」この困難な状況でも何か切り開くための道はある・・・

「大きなことはできないけれども、少しは誰かのために役に立つことをしたい」そう考えたことはありませんか?

ボランティアだの、社会貢献だのといわれるとどうしても特別なことに思えてしまいます。「世のため、人のため」なんて言われると、「そ、そんな大それたことを」と戸惑う人も少なくないかもしれません。

ボランティアにはまってみる
誰かのためにしていたはずが、自分が得ることがとても多いことに気づきました。今まで自分の気づかなかったことに気づいたり、知らなかった知識を得たり、得るものは本当に多いものです。
 
「ほうら、自己満足じゃないか!」とツッコミが入りそうですが、何をするにも「自己満足」という気持ちをまったく持つな!というのも「それは無茶というものでは?」と思います。
 
もちろん、「良いことをしている自分」に酔って、ボランティアの困ったちゃんになってしまってはいけません。自分のしていることは偽善じゃないだろうか・・・自己満足に過ぎないんじゃないだろうか・・・という問いかけは、常に心の隅で繰り返してほしいとは思います。

偽善だ、自己満足だってことにとらわれないで、まずは何かしてみる・・・そのことへの問いかけはそれからでも遅くないのです。

反省の心を持つ

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自分の日々を反省すること
忙しい毎日を送っている私たちは、つい自分を見失いがちです。時には、意識して反省をする習慣をつけことが大切と思います。反省ある人生を送ることにより、自分の欠点を直すことができ、希望と期待の人生が送れるのではないでしょうか。
 
世の中が豊かになるにつれて、自己中心的な価値観を持ち、自己主張の強い人が増えてきたと言われます。素直な心で謙虚な姿勢を持ち続けることが大切です。「ありがたい」と想う素直な心です。
 
反省のある毎日を送る 稲盛和夫氏の言葉より
反省のある毎日を送ることは、人格を向上させ、人間性を高めていくことにつながります。日々の反省が、自分の悪い心を抑え、よい心を伸ばしてくれるからです。常に進歩向上できる人は、「反省のある毎日」を送っている人なのです。

2021年4月 2日 (金)

ゴミのポイ捨てのこと

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ゴミ拾いをしながら考えます。

不法投棄と言うと、家電や家具などの大型ゴミを山の中に捨てるようなイメージを持っている人もいるでしょう。しかし、空き缶やたばこの吸い殻を道にポイ捨てする行為も、れっきとした不法投棄になります。

「ポイ捨て」とは、社会に生きる人間全員が使用する公共の場所、あるいは自分が所有権を持たない場所に、不適切な形で吸殻を投棄する行為を指すため、ポイ捨てをする時点で、「地球の温暖化の認識」「他者への配慮」「環境美化」などが、欠けけていることは明確です。

中には路上喫煙禁止区域とわざわざ立て看板を、設置してある路上や地域、あるいは喫煙を禁止している事業者のところですら喫煙を行い、あろうことかポイ捨てまでする、輩までいるくらいですから、彼らのポイ捨てに対する並々ならぬ、想いが伝わってきます。

〇自分とは関係ない場所だから・・・。
〇誰かが掃除してくれるから・・・。
〇人が見ていない・他の人もやっているから・・・。

彼らが考えていることは大体こんな感じですが、ふざけたご都合主義です。心に余裕がなく自分以外のことを考えられないからこそ、ポイ捨てという行為を平気で行えるのでしょう。

吸殻だけでなく、パッケージ(容器)なども投棄されている場面をよく見かけるので、本当にやめてほしいです。タバコを全面禁止にしろとまでは言いたくはないが、喫煙者の肩身を狭くしているのは、なによりマナーの悪い喫煙者だということを強く自覚してもらいたいものです。

2021年4月 1日 (木)

満開の桜と世の無常

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鴨長明の『方丈記』の有名な冒頭の一節です。
原文・・・「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」
 
訳・・・「流れは絶えることがなく、しかも、一度流れた河の水というのは、決して元と同じ水ではない。流れていない河の淀みに浮かんでいる水の泡(うたかた)も、瞬間で泡が消えたり、瞬間に泡が出来たりするが、長く同じ場所に泡が留まっている例などはない。世の中にある人間と住まいというものも、河の流れや泡の動きとまた同じようなもの(=絶えず移り変わっていく無常)である。」
 
普段は、存在を気にしなかったが、桜の木の存在の大きさに驚いてしまった。湯殿川の河川管理通路・片倉城跡公園は、私たちに先輩たちが植えた、桜の苗木が、見事に咲き誇っています。やがて、花は散って新芽の時期になになります。

「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず。」という詩があります。

「常住不変のものは何もない。」目の前に咲いているこの花を愉しんだであろう人はすでに亡く・・・今…風に吹かれて揺れる花々を目の前に見ている自分がいる…。

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