« 町の再生を! | トップページ | 地域の暮らしの安心・安全について »

2021年3月 4日 (木)

「慣れ」の怖さ

tdk060t[1]
「慣れ」というのは、ごく自然に当たり前のようになることです。
私たちはどうしても一人だと「まあいいか」「どうせ誰も見ていないし」と手を抜いてしまいたくなってしまいます。確かに誰も気づかないかもしれません。しかし、そのひとつひとつの考え、行動の積み重ねでしか見えない景色になる思います。
 
私は、本当にゴミが町の公園・生活道路などに落ちていても、これが当たり前?気にならなくなる「怖さ」を感じてしまいます。
 
特にスーパー、日帰り温泉に通ずる、市道では・・・
ゴミは拾っても拾っても、また別の日には別のゴミが捨てられる状態で、キリ?がありません。一週間放置して(ゴミを片付けない)置くと、片付けが大変になりす。
 
日帰り温泉で飲んで・・・食べて・・・道路の植え込みに、ポイ捨てする?のは「当たり前」・・・それもれ残飯や敗れた包装の袋を、レジ袋ごとすてられ、それを目当てに「カラス」散らかしてしまう。。。よくある光景です。

私は、この町に生まれ、育ち、この町の自然の豊かさを知っています。
ゴミのポイ捨ては、他人ごとではありません。一人ひとりの、日常の行動の慣れを見直して、美しく自然豊かな、私たちの町を、維持していきたいものです。

« 町の再生を! | トップページ | 地域の暮らしの安心・安全について »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 町の再生を! | トップページ | 地域の暮らしの安心・安全について »