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2021年3月

2021年3月31日 (水)

人生に勝った・負けたはない

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「人間は負けたら終わりなのではない。やめたら終わりなのだ。」元・アメリカ大統領、リチャード・ニクソンの言葉です。
 
私はとりわけ、「やめたら終わり」という部分に深く共感します。若いとき、同じ気持ちで仕事をしていたことがあるからです。
 
今まで、やってきたことの実績が、自分では良かったのか、悪かったのかわからないし、むしろ実績が出ないことに、「今までやってきた、毎日の生き方でいいのか」を加齢とともに不安を感じるようになってきます。
 
自分が「心地よい」と感じることをやってみる
人が何を思うかとか・・・人にどんな風に思われるかとか・・・そんなことは気にしないで、自分が「幸せ」と感じることであれば、それを実行することでいいんです。
 
人生の主役は自分なのだから、自分が「気持ちよく、たのしく幸せを感じたら、加齢によって、かたちや結果は、変わっていても、続けることに意義があるのです。そして自分が「楽しい」と感じる時間を多く生きることです。
 
人が負ける時というのは、自分に挫けるからです。自分は絶対負けないと思っている人間は負けたことにはなりません。挫けることのない人間に負けはありません。たとえ勝負で負けたとしてもその負けをバネに這い上がろうとする力が生まれます。
 
人間が負けるのは、自分はダメだ・・・かなわない・・・と自分に挫けた瞬間です。
自分が負けを認めた瞬間、人間は完膚なきまでに敗れてしまう、と思います。勝つことも数字の上だけで勝ったと思っている者は、本当の勝利を得ているとは言い難いです。

勝っても謙虚に次に向けて努力している時にこそ、本当の勝利者と言えると思います。だから、勝ち負けということにこだわっているうちはまだまだ真の結果を得たとは言えないと思います。

2021年3月30日 (火)

本当の優しさ

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複雑多岐の世の中、自己中心的な考えが多くなってきたように思えます。今大事なことは、さくばくとした世の中を、潤いを感じる世の中にしたいものです。
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本当の優しさとは・・・
深く、落ち込んでしまったときは、すべてがなくなってしまう・・・そんなときに、傍にいてくれて「大丈夫」と言ってくれる人がいたらいい・・・優しい灯りのような心で肯定してくれる人がいたらいい・・・「その人の言葉でまた歩けそう・・・」
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優しさの定義は、人によって違う。
自分が優しいと感じることでも、他の人はそうでもなかったりします。自分が優しさだと思って(勘違いして)おこなった行為も、相手が望んでいなければ、それは「親切の押し売り」でしかありません。
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優しさとは、その時々に相手が望んでいることをしてあげることです。ただ、表面だけの優しさは、優しいフリをしているだけにすぎません。いわば、偽善です。人間関係のほとんどが、この優しいフリをしたコミュニケーションの上に成り立っています。
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これはこれで、社会性を重んじる人間にとって、大切な知恵でもあるので必要なことです。ただ、あなたにとって大切な人には、うわべだけではない、本当の優しさで接するべきです。心の繋がりを深くしてくれるからです。

2021年3月29日 (月)

信頼は誠実さから



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誠実さとは
「真面目・真心がある」という意味があります。親切でやさしい・責任感がある・私利私欲を混じえず誰とでも平等に接する・人の話をよく聞く・相手の目を見て話す・嘘をつかない・礼儀が正しく、規則を守るなど、多くの特徴があげられます。

誠実さが信頼を得る
信頼されるためには、誠実さが大切です。日頃から誠実さのある行動を心がけていれば、自然と周りからの信頼は付いてくるでしょう。信頼とは一朝一夕で生まれるものではありませんし、日頃からの積み重ねが必要となってきます。

私利私欲で物事を考えない
「相手のため」と口では言いながら、自分の利益のために行動してしまう人もまた、誠実な人とは言えません。誠実な人は、自分目線からの思いやりや気遣いではなく、相手目線に立って、相手の気持ちを考えて行動出来る想像力の豊かな人でもあります。親切心の押し売りや、良い人に見られようという偽善的な行為も一切しません。

ルールやマナーは守る
誠実な人は自分勝手に行動し相手を困らせたり、仲間に迷惑をかけたりしません。ルールやマナーの範囲内で物事を考え、より円滑に仕事を進められるように配慮したり、相手に不快な思いをさせずに、みんなを楽しませることが出来る人です。

2021年3月28日 (日)

老いるということ

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「年齢を重ね、体が不自由になることは生物の自然の法則です。それを嫌がったり、つらいと思ってはいけません。あるがままを受け入れ、今できることを考えましょう。」瀬戸内寂聴
 
年を取ると、体とともに心も老けていきます。初めは固有名詞を思い出せないくらいでも、やがて人の話を遮って自分の話をしたがる、過去の記憶を“ねつ造”する、記憶が脱落する・・・と進み、しまいには忘れたことすら忘れるように。。。
 
老いるという当たり前の現実を受け入れること
年を重ねると嫉妬心を抱いたり、意味のないことで迷ったりしなくなると思っていました。しかし全然そうはならないのです。一方で「年相応に」愚かしいことを控えるなど用心深くなり、用心などしていないかのようなフリをするのは上手になったりします。老いの局面は実に複雑です。
 
ネガティブな要素はいくつもある
これが自分かと思うほど容貌が衰えます。新しい言葉が分からない。周囲に老人扱いされる。ものの見方が古いから意見が通らない。しかしそれらは当たり前のことです。不機嫌に閉じこもるのではなく、老いの現実を受け入れることです。「老い」とは結局、体感してみないと分からないものだ、と改めて思います。

2021年3月27日 (土)

地域の美化活動について


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地域の美化活動していて・・・昨日、地域の美化活動(ボランティア)して思う。

それは、スーパーの駐車場から、投げ捨てられた大量のゴミを片付けて、スーパーの人に処理をお願したのですが、迷惑そうにして・・・「そんなゴミ持ってきても困る?」とでも・・・ちょっと「凹みました」

ボランティア精神とは・・・
「ボランティアとは、慈愛の心で奉仕をおこなう活動であって、決して結果や報酬を求めてはいけない。また、活動そのものを他言せず、ある意味、自己満足で行うもの。」

・・・まさに今こそ慈愛の心で奉仕しなければいけないと思います。私の住む町は好きだから、これからも、町の清掃活動は続けていきたいと思います。

2021年3月26日 (金)

タバコの吸殻はポイ捨てしないで!

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町の道路・公園など、タバコの吸殻を「ポイ捨て」する行為は当たり前と思っている人がいます。地域の美観が損なわれます。

八王子市には、「八王子市路上喫煙の防止に関する条例」があります。
「歩きタバコ」で不快な思いをされた方は多いかと思います。たかが「タバコの吸殻一本ぐらい」と思われる方もあるかもしれませんが、快適な町の環境を脅かしかねない重大な「環境エゴ」です。
 
子供たちは、大人の行為を見て育ちます。
タバコ吸殻を捨てる人は、社会的地位のある立派な大人です。子供たちは、空き缶・ペットボトル・空きビンなど捨てても、「大人が、タバコの吸殻を捨てているのでいいだろう」と解釈してしまいかねます。
 
私は、町の美化活動をしていて、タバコの吸殻が道路・公園に多いので、片付けに閉口しています。車からポイ捨ては、もちろんですが、歩きタバコのポイ捨ては絶対に止めて欲しいです。

町の美化は、一人ひとりの心がけです。「私たちが住む町は、私たちで守る」「安心・安全」な町にしましょう。

2021年3月25日 (木)

人の命と桜の花は・・・

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「人の命と桜の花は、儚い春の夢の如し」

天候は、無情で、昨夜の雨と風で散らしてしまうと、一年の間花の咲くことに命を賭けて備えたものだが何と儚いことだろうか・・・人の命と同じだ。

最近、生きていることが、幸せと思うようになった。どんなに苦しくとも、生かされている命の尊さを実感できることは、これ以上のものはない。桜の木の下を通りながら、いつ咲くかと空に向けた枝先を眺めていたら、やがてつぼみが膨らみ、あっという間に満開となった。
 
「春さらば かざしせむと 我が思いし 桜の花は 散りにけるかも」 よみびとしらず
(春になったら「かざし」にしようと思っていた桜の花は散ってしまった)
 
 あおによし 奈良の都に 咲く花の 匂うが如く 今盛りなり  小野老朝臣(おののおゆのあそん)
(みやこに青い土があった 奈良の都はいま桜の花盛りではないだろうか)

2021年3月24日 (水)

心の居場所

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新型コロナウイルスは、まだ収まりません、現在を無理やりポジティブにとらえるとすれば、心の居場所を探す時間が増えた、ということになるでしょうか・・・コロナ後の世界、自分で自分を労れる心の居場所が増えていれば、この苦しい期間は意味があったと言えるかもしれません。
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今年も桜の花が咲いた
桜の花・・・その美しさは、冬の間厳しい風雪に耐えながら咲く時期を信じて、力を育んできた結果です。それが出来たのは、大地にしっかりと根をはり、その幹に安心して身をゆだね、努力を重ねながら、それぞれの季節の美しさを醸しだすことができるのではないでしょうか。
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人もまた同じ
大地にしっかり根を張った幹となる心の居場所が大切です。生きていくことはたやすいことではありません。あらゆる試練が待っています。辛いことも悲しいこともたくさんあります。
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どうもがいても駄目な時
優しく声をかけてくれる人・・・だまって温かく見守りながら寄り添ってくれる人・・・本気で叱ってくれる人が傍にいたら、どんなに救われるしれません。
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大人も子どもも心の拠りどころとするものは、どんな時でも自分をしっかり受け止めてくれる人がいる場所ではいでしょうか。愛と温もりに満ちた場所には、力強い花が咲きます。
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幸せの基準は、人それぞれぞれですが、それぞれ自分自身が、心地よいと思える居場所を見つけた時、社会は、もっと優しく穏やかになるような気がします。

2021年3月23日 (火)

人生の悩みごと

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人はそれぞれなんらかの悩み苦しみごとを、一つや二つは持っています。老後のこと、健康のこと、経済的なこと、人間関係や、家族のことなどです。心配ごと悩み苦しみごとがあるのは、今、生きているからです。心配ごとや、悩み苦しみごとの中に、喜びや楽しみ、また生きる希望の種が、芽が、あるのです。
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夏目漱石の「草枕」の冒頭に・・・
「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて画出来る。人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらりらただの ひとである。」・・・あります。
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そう思えばこの世は楽しくもあり、希望に満ちあふれています。この種をうまく育てて、花を咲かせることが、悩み苦しみから逃れる方法かも知れません。
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人間関係でも、あの人は嫌な人と思えば、何事もうまくいきません、けれども自分を含めて人は皆、長所と欠点があります。その人の欠点ばかりを拾い出すのでなく、長所を見いだすようにすれば、その人と関係改善が図れることがあります。

これは自分に合わないとか、嫌な仕事だとか思っていたけれども、世の中には役に立たぬものなどありません。工夫・改善によって、気づかなかった面白さや楽しさを発見することがあります。相対として捉えずに、目線を同じくしたり、 自分のこととして捉えて、 世の中のお役に立ちたいという気持を強く持つこと、すなはちすべて発想の転換をしてみることです。

老いを嘆くより人生経験豊かなことに誇りと自信をもって自己を生かすべきです。病に負けることなく、生かされている命を どんなかたちででも輝かせることです。

2021年3月22日 (月)

子ども叱るな・・・年寄リ笑うな・・・


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「子供叱るな来た道だもの、年寄り笑うな行く道だもの」

これまでの人生と、これからの人生を深く考えさせられてしまいます。

誰もが必ず経験する未知の世界・・・「老い」でもほとんどの人が備えをもたない「老い」備えないのはまだまだ不要と思っているからでしょうか・・・しかたがないとあきらめているからでしょうか。

老いと共に少なからずついてくる「呆け」さらに多くの人に迷惑をかける可能性のある認知症。2025年には700万人の認知症患者がいるだろうと言われます。(そのときの高齢者人口は3500万人と推計されています)

誰もが恐怖心を持ちながら何をやったらよいのかわからないのが現実です。しかし認知症の1/3は予防可能といううれしい説があります。

認知症はまず以下の生活習慣(病)を少しでも改善することをしつつ、高血圧 ・肥満 ・2型糖尿病 ・喫煙 ・鬱・ 運動不足・ 社会的孤立・中年期の聴力低下 ・中等教育の未修了者以下の7つの習慣が予防に効果的といわれています。

①適切な有酸素運動・筋トレ ②料理 ③歯磨き(歯を大切にする)④音楽 ⑤絵を描く ⑥脳トレ ⑦よい睡眠・筋肉と脳は常に連絡を取り合っているため筋トレは脳の情報伝達能力を向上するようです。そして有酸素運動は血流を促進させます。

音楽、料理、脳トレは楽しみながら常に新しい情報に触れるためとても効果的です。咀嚼運動は脳によい刺激を与えます。適切な入れ歯を作った結果認知症が改善された実例はたくさんあります。

脳には不純物が溜まりやすくこれを除去するのがよい睡眠です。血流促進は健康の基本ですが認知症にも効果的です。

2021年3月21日 (日)

人間関係が希薄な時代を考える

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「人間関係が希薄化の現代社会」
「隣の人と会話したことがない」昔に比べて現代社会は引っ越しても、隣の人に挨拶することもなく、親世代との同居もしない核家族が中心になってしまっています。そして、深く人とつきあったり、助けあい自体を負担に感じる人も増えているようです。

今の日本は人間関係が希薄でも生き残れる時代
わずか数十年前は、家族で住むのが当たり前だったのに、現代は、人間関係のわずらわしさのないドライな社会保障制度へ移行しています。

年金制度が充実した結果、核家族になっても生きていけるようになり、子供の面倒は保育園や学校に預けることで、家族の中で成立していた社会保障を政府に頼ることが可能になったのです。

社会保障制度が手厚くなればなるほど、地域間の相互扶助で支えあっていた文化は不要になります。こうして、つながりが希薄な社会に変化しているのです。

人間関係が希薄な時代に必要なのは、周りの人を大切にすることです。大切にしたい人だけを大切にすれば、人間関係を構築することも可能でしょう。しかし誰でも大切にすれば良いのかというと、そうでもありません。

世の中には搾取する人が存在します。搾取する人は、あなたが大切にしたことについて感謝の気持ちもなく、常に自分が利益をもらうことだけを考えて生きていくでしょう。相手が大切にしてくれないなら、大切にする必要はありません。

周りの人を大切にしようと、心を尽くしても、なかに自分が、大切にしようとする気持ちを、踏みにじる人もいます。そういう人から、身を守る方法を身につけておくことも必要です。

2021年3月20日 (土)

美しいふるさとを後世に

ディスク容量が不足しています
自然を大切に残そう
生まれた環境を、覚えて育っていく、町が美しく、平和で、他人に優しい人間に育っていき、次の世代に引きついていく、これが有史以来続いている地球の歴史であり、現代の私たちが享受しているのです。過去の人たちに感謝すると共に、後世に引き継ぐ責務があると思います。
 
現代は豊かな暮らしを追求するあまり、自然環境と人間精神とのバランス感覚が崩れてきたように思われます。自然のすべての事実は、ある意味は精神的な事実の象徴です。自然のあらゆる外貌は、精神のある状態に対応しています。
 
恐ろしく不安なのは、生まれ育った50年前の故郷の風景と、現在の風景が大きく変容してしまっていることです。昔棲んでいた小鳥や野に咲く花も、すっかり様変わりしてきて、昔棲んでいた昆虫・魚・鳥など姿をみることが出来なってしまいます。
 
放射能汚染も、さることながら、温室効果ガスはじめ、人間の環境意識の違いで、野・山・川・海などにいる生き物が種を消滅し、数を減らしています。人間は環境のバランスが崩れると精神衛生に重大な危険にさらされると言われています。
 
美しい環境には優しい心と平和を愛する精神が育ちます。
環境改善は一人ひとりの心がけで達成できるものです。今から、そのことに気付き、生まれ育った「ふるさと」を取りもどそうではありませんか・・・貴方の理解とご協力をお願いします。
 
自然を愛し、自然に学びつつも、その自然を認識し、愛してゆく主体は人間精神であるとするバランス感覚こそ、環境問題を反省した私たちの健全な視点ではないかと思います。

2021年3月19日 (金)

町会はどうあるべきか

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町会の果たす役割-目的
町会には、一定の区域を単位として、その地域に住む住民同士が助け合い協力しあって、住みよい地域社会を創っていくという目的があります。

その目的を果たすために、区域内での生活上の諸問題や防犯灯などの身近な環境の整備・管理、あるいは、公園や区域内の清掃・美化、防災・防犯活動、さらには、夏まつりなど、地域の人々との交流、相互扶助、親睦行事などの活動を行っています。

人と人のふれあいや地域の連帯感高揚は、行政が主体となって築かれるものではなく、こうした生活環境の整備活動や諸行事によって築かれるものであり。真に住みよいまちづくりを築くために、町会の果たす役割は大きいといえるのです。

時代は平成、令和と変わり、集合住宅に住む人の数が多くなり、人々の価値観やライフスタイルは多様化しているのに、町会は昭和のままのやり方を変えず、様々な課題に直面しています。

町会が直面する課題
加入率の低下 集合住宅や若者、外国人などの未加入者、高齢者の退会など、担い手不足、役員の高齢化やなり手不足、活動に出てくる人の固定化や高齢化、魅力不足、活動のマンネリ化で参加者が減少、若者や単身世帯に魅力的な活動がない。

負担の増加 役員や班長などの負担増、それが退会や未加入の理由にもなっている。一方、社会からは近年、こんな不満や不信の声があると思われます。

町会への不満や不信
何をしているか不明…魅力がない、メリットが分からない…一部の人でやっているイメージがある…役を押し付けられる…などです。

今後、町会はどうあるべきか。
今、この時期にすべきことは何か・・・コロナに大規模災害、共助の必要性を多くの住民が感じ、求めている今こそ、町会の役割、運営や活動のあり方を見つめ直す時であると思います。

町会のあり方が問われる時代・・・ 運営方法の見直しが必要
町会への加入を当たり前のことと考える人がいる一方で、加入することに消極的な人もいます。会費の支払いや役員・当番の活動などを考えると、確かに負担になるかもしれません。ただし、加入して活動に参加することで得られるメリットがあることも事実です。

2021年3月18日 (木)

住んで良かった町に

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私は、私たちの住む町のゴミ拾いをしています。
ゴミ拾いをすることは、なんとなく気恥ずかしいものです。ましてや、バス停などは、その人たちの足元に落ちている吸い殻を拾うのには、相当の抵抗があります。

しかし、人間というものは、そうした抵抗を超えていくことで心が鍛えられ、より成長できるものだと思います。ですから、吸殻を一日に少しずつでも拾って歩けば、そのたびに大きな勇気が得られることになります。

私は、散歩するとときは、いつもポケットに、軍手とゴミ袋が入れて、ゴミが落ちていれば、拾っています。むかし娘に、「お父さん止めて!」と言われたことがありましたが・・・今では自信をもって拾っています。

単に拾っているということではなく、自分に挑戦、自分への変革への強い思いと、昔の人のように「人情・思いやり・助け合い」の町にするには、きれいな町にするのが基本と思うからです。私のゴミを拾う姿を見て、一人でも分かってもらいたいと思いす。

私は、私たちが住む町は、安心・安全で人々が思いやりがある「住んでよかった町」みんなが実感できる町に強く思います。

2021年3月17日 (水)

信念を貫く

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「信念」とは、正しいと信じ、堅固に守る自分の考えです。
自分の軸がしっかりしているからこそ、ぶれない人生が歩めます。特に夢を叶えるときには「信念が大切」と言われています。

信念は、持つものではなく貫くもの
人生の道のりの過程には、さまざまな障害がありますが、これをどう乗り越えていくかによって、結果は大きく違ってきます。何か新しいことをしようとすると、反対意見やいろいろな障害が出てくるものです。

そのようなことがあると、すぐに諦めてしまう人がいますが、すばらしい活き方をした人は、すべてこれらの壁を、高い理想に裏打ちされた信念でもって、つき崩していった人たちです。

そうした人たちは、これらの障害を試練として真正面から受け止め、自らの信念を高く掲げて進んでいったのです。信念を貫くには、たいへんな勇気が必要ですが、これがなければ革新的で創造的な仕事は出来ないと思います。

2021年3月16日 (火)

今日をしっかり生きる

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自分自身に言い聞かせたい『今日という一日を大切に生きる』を。。。
やがて来る人生最後の時をどう迎えるか、誰もが気がかりな問題です。誰だって死ぬ日まで元気でいて、ころりと死にたいと思いますが、そうは問屋が卸さないのが人生です。

今日を大切に生きていくことです。
「明日死んでもいいためには、今日しっかり生きておかなければならない。やらないで後悔して死ぬより「やって道半ばで後悔して死ぬ」のを選ぶべきだと思います。

過ぎ去った時間は取り戻せないけど、前にある時間は、手に入れられる。後半生が残り少ないと思うなら、前を見つめて生きる!ことです。

「あぁ、あの時注意していれば…あぁしておけばよかった」と、過去を後悔しないためにも・・・きっと、今日をしっかり生きていれば「明日の夢につながる」だろう。

2021年3月15日 (月)

東京で桜の開花宣言

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「それぞれの 思いをこめて さくら咲く」
14日の東京都心は朝からよく晴れて20度近くまで気温が上がりました。
この暖かさで東京の靖国神社にあるソメイヨシノの標本木が数輪咲いているのが確認され、気象庁は東京の桜が開花したと発表しました。

平年より10日以上早い開花で、去年に続いて過去最も早い開花となります。
1週間から10日で満開となる見込みです。日本人は、むかしから桜の開花に関心が強いようです。現代の日本人も、桜の花に心を動かされますが、古代の人びとも桜の花に強く心を揺れ動かされていたようです。人々の想いは、歌に読まれています。

「世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」在原業平
「世の中にまったく桜というものがなかったなら、春を平和な気持ちで過ごせるだろうに」という歌を詠みました。先人達も桜の開花に心躍らせたり、散りゆく花びらを惜しんだりしていたことがわかります。
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絵師も同じような気持ちを覚えたのか、変わりゆく季節を象徴する桜の日本画を数多く生み出しました。わずか十日ほどの花の命でありながら、今日に至るまでたくさん描かれてきたのはまさに愛されている証拠です。
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「散る桜 残る桜も 散る桜」 (良寛の辞世の句と言われています。)別離・愛惜・詠嘆・回帰・再生・循環・無限……なるほど…ね。

2021年3月14日 (日)

春の雨

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「荒涼の 木の芽にそっと 春の雨」   
「長い冬に耐えてきた、野山の木々に、そっと手を触れるように、春の雨が優しく触るように降る」というように、優しさをイメージします。

春の雨
前線には温暖前線と寒冷前線があります。冷たい空気の上を暖かい空気がゆるゆると昇っていくのが温暖前線で、温かい空気の下に冷たい空気が潜り込むのが寒冷前線です。

寒冷前線付近では、冷たい空気に潜り込まれた暖かい空気が急に上昇するので、やはり積乱雲が発生します。そして、その積乱雲から春雷が発生するということです。

昨日の雨は、午後より「雷雨」となり、地面を叩きつけるような大粒な雨になり「春雷」とも言えるのでしょうか・・・。

自然の営みは、時には厳しいこともあります。自然の中でしか生きられない人間です。自然は時には平準でないことも起こります。厳しく、試練を与えているようの思えます。

生きることは 自分の花を咲かせること
風雪に耐え、寒暑に耐え、誰のものでもない、自分の花を咲かせることです。人生で壁にぶち当たっても、目をそらさず精一杯やっていくと、得るものが必ずあります。そのすべてが私たちの肥やしとなり、いつか花を咲かせる時がくるでしょう。私たち自身も美しい花を咲かせたいものです。

2021年3月13日 (土)

「人間万事塞翁が馬」に習う

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『 人間万事塞翁が馬』は、二千年以上も前に書かれた中国の故事成(ことわざ)です。昔、中国北方の塞(とりで)近くに住む老人(塞翁)の馬が逃げ、人々が気の毒がると、老人は『そのうちに福が来る』と言いました。

やがて、その馬は駿馬を連れて帰ってきました。人々が祝うと、今度は『これは不幸の元になるだろう』と言いました。するとこの馬に乗った老人の息子は、落馬して足の骨を折ってしまいました。人々がそれを見舞うと、老人は『これが幸福の基になるだろう』と言いました。

一年後、胡軍が攻め込んできて戦争となり、若者たちのほとんどが戦死しました。しかし足を折った老人の息子は、兵役を免れたため、戦死しなくて済んだ、という故事に基づきます。

良いことも悪いことも出会うのが私たちの人生です。いろいろな出来事に一喜一憂するのは当然ですが、しすぎて生きていく道を見失っては、人生に何の価値も見いだせずに 終わってしまいます。

「人間万事塞翁が馬」が教えてくれるように、思い通りにならないのが人の世であることを悟り、福に恵まれているときは 有頂天にならず謙虚な心を大切にし、 禍に見舞われたときは落ち込まず、投げやりにならず希望をもって上向きの心を大切にすることを心掛けたいものです。

コロナ禍の中で求められる心は、とにかく忍耐です。日本の古い言葉に「降りやまない雨はない」という言葉があります。遅かれ早かれ新型コロナウイルスも必ず消滅する日がくることでしょう。今は三密を意識して私たちができることを実践することが、感染拡大を防ぐことを担うのです。

2021年3月12日 (金)

私たちの町の自然を守ろう

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毎日、湯殿川の河川敷歩いていて、川の汚れ(ゴミの落ちている)で、心を痛めています。私は、私たちの町内の、河川管理通路のゴミは、片付けています。

しかし、川のよどむ芦の枯れ葉に溜まっているペットボトル・空き缶・パンなどの空き袋などは、拾いたいが、1メートル位深いところで普通に長靴では入れません。

こんなに汚してしまっていいものか、川には鯉や小さな小魚がいます。カワセミやカモもいます。この光景は昔は見られなかったが、これも、便利さだけを追求してきた、人間の驕りのように思えます。

国土交通省の係りの人に、注意表示板の取り付けて頂きました。そして、川の中のゴミの処置をお願いしました。
 
現在の私たちの生活は、何でもお金があれば手に入る時代、コンビニ・スーパー・自販機で買い、食べながら歩き、その包装はプラスチックです。空き缶・ペットボトルと同じで自然界にない、人間が勝手に作ったものです。そしてタバコの吸殻・・・八王子市は歩行禁煙ですが・・・やたらと多いです。
 
自然のままの川に、投げ捨てられたそれらのゴミは、なんとしても止めてもらいたいものです。湯殿川のゴミの事はどう思っているのでしょうか?
 
解決は、一人ひとりの環境に対する意識と、自然と他人に優しい心と思いやりです。「自然をみんなで守ろう」。

2021年3月11日 (木)

何が人の心を豊かにするのか


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何が、人の心を豊かにするのかを考えると、それは案外身近の、自分の心の中にあるものなのです。中国の老子の教えに、「足るを知る者は富む=満足することを知っている者が本当に豊かな人間」・・・がありす。
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出産、進学、結婚のような家族のおめでたや、出世し金持になる、マイホームが手に入るなどは、それぞれ慶事です。そしてこれらのことが順調に訪れて来ることが、すなわち人生を豊かにする基本です。
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本来の職業や家庭生活以外の趣味の世界を豊かにする
現実的には、職業の上で成功し、家庭が幸福であるということが、人生を豊かにする基本です。もちろんこの他に幅広い趣味の世界に生きていくことが出来れば、それに越したことはないですが、前提条件がしっかりしていないと、余裕をもって幅広い活動はできません。
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生活している現実の世界で善行を行う
1)災難を蒙った人びとを助ける。2)貧困の人に財政の援助をする。3)老人に優しい言葉をかけたり、弱者に良いアドバイスをする。4)仕事の上で人知れず隠された形で支援する。などがあります。
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「陰徳あれば陽報あり」という諺がありますが、隠れて善行を重ねていれば、よい報いがあるということです。そして心の豊かな人間と結びつくのです。

2021年3月10日 (水)

桜の花で思う

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今年も、もうすぐ桜の花が咲く時期になり、思いだします。
「年々歳々花相似たり 歳々年々人同じからず」劉希夷(りゅうきい)
小学校の入学式の時に見た桜・・・大人になって節目の時に見た桜・・・高齢者となって見る桜・・・。どれも「桜の花」ということには間違いはありませんが、決して同じものではありません。だからこそ「花相似たり」と「似ている」としているのではないでしょうか。

誰しも感じることだとお思いますが、一年、二年ではさほど変化は目立たないが 十年もすると変わり、三十年もすると、 すっかり変わったことに気づき、その時に、老いを感じるものです。

桜の木も日々歳を重ねています。毎年その桜を見ている自分自身も間違いなく変わっているのです。「今この時」というのは、本当にかけがえのないものだなと胸を打たれます。

「少年」から「壮年」、そして「壮年」から「老年」 へと足早に過ぎていく。
ただ、生きて、気づいた時に 残りわずかな 四季を感じます。「どう生きるか、残りの人生を・・・」

2021年3月 9日 (火)

人生に迷うこと

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人生指標の選択肢
人生にはたくさんの選択肢があり、どの道を選ぶのか、私たちは常に選択を迫られます。日々の生活の中で、どちらの道を選べばよいのか?人生の選択に迷うことは、たくさんあります。

人生に迷ったとき、自分の本当にやりたいことや、信念を、自分で分かっていることが大切です。もちろん、この世の中には様々な価値観や文化が溢れていて、その中で生きなくてはなりません。日常生活の中のちょっとした事柄でも、人の目や世間体が気になってしまい、思うように動けない事がたくさんあります。

しかし、心に何か自分の芯の部分を、持っていることができれば、自然と実現へ近づくのです。人生の岐路に立ち、勇気が伴ったときに、自分の後悔しない人生の選択をするために、人生に迷ったときは自分の気持ちに、素直に向き合うということを覚えておくことです。

人間にとって「孤独」は一番怖いものです。
どんなに独りでいることが好きな人でも、集団が苦手な人でも、本当に独りになってしまったら生きていけません。自然と何かのために、誰かのために、人は生きているのです。


人は、誰かのために生きること、何かのためにいきることで、最大の力が発揮できるのではないでしょうか。もちろん、家族や恋人、友達以外にも、動物であったり、世界平和であったり、その「何か」はさまざまあります。

最終的に決断するのは自分ひとりなのです。
自分で自分の人生の進む道を決断することは、自信につながります。それが「人生の決断」を後悔しない」ための唯一の方法です。

2021年3月 8日 (月)

人生で何が大事なのか

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人生で何が大事なのか? 高齢になった・・・今・・・考える。
朝起きて、しなければならない事をして、夜になって寝る・・・そんな毎日を暮らしていると、それがまるで永遠に続いていくような、錯覚に陥ってしまいます。
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実は私たちは皆日一日と確実に一歩、一歩、私たちの最後の日に向かっていっているのです。それをどれだけの人が意識しているでしょうか。
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自分らしく生きる
自分らしく生きるとは、「自分の気持ちに誠実に生きていく」ことです。「人生で最も大切なことは、自分の心に正直に生きているか」です。自分らしく生きていくことで、人生の本当の楽しさを見出すことができます。
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しかし、できていない場合が多いのではないでしょうか。他人に流されたり、見かけに振り回されたりしていることが多いものです。
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見栄や世間体を気にして、諦めることもあります。どんなにお金や地位や名誉があっても、自分らしく生きていないのでは、意味がありません。自分の生活を振り返り、どのくらい自分らしく生きているか、確かめてみることです。
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それでも、自分らしさの意味を日々考え続けることで、一歩ずつ自分らしい人生に、近づいていくことができると思います。

2021年3月 7日 (日)

安心・安全な町づくりを!

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私は今住んでいる「まち」に愛着があります。後世に大事に引き継ぐことを、使命と思っています。「きれいな町に住み続けたい・・・それには私の出来ることは・・・

町の安心・安全の基本は、町の美化です。
私たちは、人と人とがつながり合い、こどもから高齢者まで世代間の絆を深め、犯罪が起こりにくい美しいまちをめざして、朝から晩まで見晴らしのよい安心・安全な私たち町、片倉のまちづくり活動に、取り組むことが、重要と考えています。

人と人とのつながりが薄れつつある現在も、片倉町には多くの人と人のつながりが残っています。しかし、片倉町の環境も変化していくことが懸念されています。

ゴミのポイ捨て、空き巣など犯罪を助長する場所、災害時の一人暮らし高齢者や、高齢者世帯の救出などさまざまな問題や課題があります。

こうした状況に対応するためにも、「自分たちのまちは自分たちで守る」という意識のもと、日頃からの人と人の関係づくり、安全で美しい環境づくり、緊急時に備えたしくみづくりに取り組むことが大切と考えます。

2021年3月 6日 (土)

会うは別れの始まり

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「会うは別れの始まり」
私は、その言葉を「一期一会」という言葉と対にして考えます。出会いは、必ず、いつか訪れる別れを前提として存在するのです。だからこそ、いつ別れがきても悔いが残らないように、出会った人全てを大切にして生きたいと思います。
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一度だけの人生で出会った人々、今、周りにいてくれる人々・・・その人たちに、常に誠意と感謝の心を持って接していれば、いつか別れがきた時、悲しみや寂しさは感じても、後悔はないでしょう。
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そして、その悲しみや寂しさを心の糧にして、新たな世界へ飛び出し、心豊かな人生を送れると思います。寂しさや悲しみを身をもって知っている人は、他人の心の痛みを理解できます。何事も、いつか来る終わりがあるからこそ、輝く今と、意味があるのだと思います。
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悲しみを乗り越えていく第一歩は、辛く悲しいけれど、その別れの現実を受け入れなければなりません。この地球に生きていこうとするならば、天変地異のおこることを宿命として享受しなければ生きていけません。東日本大震災のような大自然の気まぐれによる悲しい別れを受け入れざるをえません。
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されど天変地異もさること、病魔が突然襲ってくること、事故や事件に遭遇することなど人災によるもの、耐え難い悩み苦しみから逃れようとして自死してしまうなど、その死が不条理なものであればあるほど、その死の現実は認めがたく、容易にその死を受けいれられないものです。そして親が子を亡くすほど深く悲しいものはないでしょう。

2021年3月 5日 (金)

辛さ苦しさは成長の糧

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人生は、思い通りにはいかないものです。
日々の生活をしていると、良いこともあれば、辛いこともあります。もちろん辛いことがあれば、へこむし…誰かに相談して、受け入れてもらって、守ってもらいたい時だってあります。

それを乗り越えたり、過ぎ去ってしまえば大したことも多いです。後から思い返してみると、実はそれは良い経験だったり、良い出会いだったりするものです。

その時点だけを見ると、とても辛い出来ごとなんだけど、実はそれによって成長できることが多いのです。それをどうやって乗り越えるか、どのように受け取るかによって、成長の度合いが変わってくると思います。

ですから、「前向きな心には、なに一つの無駄はない」・・・苦しみも、悲しみも成長の糧になるとると言うことです。そして「しあわせはいつも自分の心がきめる」(相田 みつを/詩人)です。

地域の暮らしの安心・安全について

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「地域社会における近隣関係の変化」
「共助精神や連帯感の希薄化」
これらは、主に核家族化や少子高齢化の進展と戦後の個人主義・自由主義の恩恵の浸透により、町内住民間のコミュニケーションや、良い意味での「おせっかい」が極端に減少していったためです。

例えば、町内における不審者のチェック、空き家対策、さらには子供たちに対する非行防止、高齢者や目上の人たちに対する礼儀あるいは、躾といった従来地域のコミュニティが、担っていた重要な役割が、果たされなくなったことが、大きな要因です。

はじめから、核家族化や少子高齢化そして価値観の多様化は、元には戻せない現実であることから、昔の隣組のようなコミュニティに戻すことは無理です。

しかし、少なくともお互いに助け合い支えあうことによって、安心で安全な地域社会に再生していくためには、住民相互のコミュニケーション、良い意味での現代において必要と思われる、住民同士の関わり方など新たなコミュニティ文化の再構築が必要と考えられます。

2021年3月 4日 (木)

「慣れ」の怖さ

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「慣れ」というのは、ごく自然に当たり前のようになることです。
私たちはどうしても一人だと「まあいいか」「どうせ誰も見ていないし」と手を抜いてしまいたくなってしまいます。確かに誰も気づかないかもしれません。しかし、そのひとつひとつの考え、行動の積み重ねでしか見えない景色になる思います。
 
私は、本当にゴミが町の公園・生活道路などに落ちていても、これが当たり前?気にならなくなる「怖さ」を感じてしまいます。
 
特にスーパー、日帰り温泉に通ずる、市道では・・・
ゴミは拾っても拾っても、また別の日には別のゴミが捨てられる状態で、キリ?がありません。一週間放置して(ゴミを片付けない)置くと、片付けが大変になりす。
 
日帰り温泉で飲んで・・・食べて・・・道路の植え込みに、ポイ捨てする?のは「当たり前」・・・それもれ残飯や敗れた包装の袋を、レジ袋ごとすてられ、それを目当てに「カラス」散らかしてしまう。。。よくある光景です。

私は、この町に生まれ、育ち、この町の自然の豊かさを知っています。
ゴミのポイ捨ては、他人ごとではありません。一人ひとりの、日常の行動の慣れを見直して、美しく自然豊かな、私たちの町を、維持していきたいものです。

2021年3月 3日 (水)

町の再生を!

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空き家問題
子供は独立し夫婦二人で、しばらく暮らしていたが、夫婦のどちらかが、病気になり、亡くなり、そして一人暮らしの方、やがては空き家となって
管理が不十分と思える家もあるようになってきて、社会問題となってきています。
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近所・町会など、コミニケーションが薄くなっています。
町会の地区委員も高齢化で、断るを得ない家庭の多くなって、健全な、町会維持も危うくなってきている状況で、不安は増すばかりで、人と人の絆がなくなり、孤立化が進んでいくことです。
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その一番の理由は、昔の二世帯・三世帯の生活から、核家族化が進んでしまって、結婚して親と住まないことにあるようです。したがって、子供のいない集落?で・・・やがては、人口減で、町の維持すらできない限界集落となっていくという、恐ろしいことになるのではと、頭をよぎるまでなってきました。
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「災害は忘れたころにやってくる」
人と人の絆がなくなり、孤立化が進んでいます。健康で明るい町の再生を考えることが大事ことで、日ごろから、地域の皆さんと、お互いに助け合う精神と、コミュ二ケーションを心がけること大事です。防災・防犯上の問題、町の組織維持・・・何といっても生きるための基本です。
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そういった意味から「町の再生を!」・・・健康で明るい町の再生を考えることが大事ことだと思います。

2021年3月 2日 (火)

試練は成長の糧

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私たちは、人生が何もかも順調にいくことを願っています。
苦しいこと、辛いことには遭いたくない。順風満帆に過ごしたい。毎日、平穏に暮らしたい。そんなふうに考えている人は少なくないと思います。
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厳しい経験こそが大切
京セラの創業者、稲盛和夫さんは、「苦労や試練に遭ったときには、むしろ幸運と思いなさい。自分が幸運だったのは、苦労をせざるを得ないような状況に追い込まれたことだった」といっています。
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人生は試練の連続
試練は大きな喜びに至る通過点です。これを通らなければ深い幸せは味わえないのです。「また辛いことが起きてしまった」と感じたときには、「また先にもっと大きな幸せがある」と思えばよいのです。
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もしも何もかも思い通りにいくとしたら、それこそ恐ろしい結果をもたらします。思いやりや、人の悲しみを理解できない者となってしまうのです。苦しみ・挫折に出会うときは、そこから逃げないで(スリ抜けないで)、直面していくことが大切です。
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そして、私たちは、そこを乗り越えたときに、同じ苦しみを通っている人を慰め、励ます者となれるのです。挫折は決してマイナスとはならず、むしろ人生の肥やしとなり、豊かな実りをもたらすものなのです。

2021年3月 1日 (月)

幸せを実感できない

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人間は満足していると知恵を出しません。昨日と同じことに満足していると考えることをしないのです。毎日の生活で、昨日と同じことをすれば、良いようなことが多いですが、それでは成長はしません。

自分にとって今何が不便で、前に進めないかと真剣に考えたとき、必ず打開策が見えてくるのです。それが、「知恵」です。それも土壇場までいくと知恵はいくらでも出てきます。普通の人でも、訓練をしていると、いくらでも「知恵」は出てくるようになってきます。

困ったこと、嫌なこと、自分の自由にならないこと、不便なこと、れが全て「改善のヒント」になります。いつでも、困ったときには困ったことにしておかないで、どうしたら解決できるだろうか?と、考える習慣を身につけることです。

「便利さを楽しさ」だと勘違いしてる人が多いけど、実は、「不便さこそが幸せにつながる」のです。
世の中がいろいろ見える・・・いろんな経験もできる・・・痛い目にも遭う・・・暑さや寒さや四季も感じる・・・。そういうものを、世の中の人は才能と呼ぶのです。

今の自分が幸せを実感できていない
不安なときでも笑いを忘れず、自分を見失わない・・・コロナ禍にあっても、これは大切なことです。いまは、目の前にあるちょっとした幸福感や生きている実感を、多くの人が忘れているのではないでしょうか。

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