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2020年11月

2020年11月30日 (月)

心の豊かさ

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心豊かに生きるコツは「今ある豊かさに目を向ける」ことです。

自分を生かしてくれているこの身体、空気(世界)、食べ物、家、服、関係する人々、これらのものすべてがあって、あらためて自分が生きていることができると認識すれば、現状を見る目が変わって行くのではないかと思います。

ここに目を向けれる人は、感謝したり、有り難さを感じることができるので、心の穏やかさや平穏、つまりは心の豊かさに・・・なると思います。

心の豊かさは整理整頓から
現状に目を向ける・・・今ある豊かさに目を向けるとですが、ここで注意したいのは「自分がしたくないことをしているなら、まずそれを整理整頓する」ということです。

どんなに現状の豊かさに目を向けても、自分が間違った環境、つまりしたくないことをしている状態や、したいことをしていない状態では、満たされることはありません。それは自分の心が違和感を感じているからです。

2020年11月29日 (日)

冬本番まじか

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「冬本番まじか」
昨日は、東京地方は、朝はちょっと寒かったが、昼ごろには、暖かでした。散歩しながら、駄句ですが、俳句を作ってみました。

「音もなく 日差しに揺れて 散る落ち葉」

「落ち葉踏む 枯れ枝ばかりの 桜樹に」


「川岸の 枯草しずか ゆどの川」

「小春日や 奥に白衣の 富士すがた」

2020年11月28日 (土)

現実を素直に認める

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「現実を素直に認める」
人が幸せになるために生きているとしたら、最終的に”自分のなりたい姿”になることが人生の目標なのかもしれません。本当の幸せは「自己実現」です。「自己実現」とは、目標達成や夢の実現、また理想を手に入れることです。

現代は複雑に絡み合ったネットワークが世界中の人をつなぎ、すべての人が生活のほぼすべてを他者に依存して生きる時代なのです。お金は人が作り出す様々な財やサービスがあって初めて役に立つものです。

すべての人が互いに支え、支えられ合って生きている「現実を素直に認める」必要があります。利己と利他は表面的に対立することがあっても、根底においてはしっかりと結びつき表裏一体の関係です。

だからこそ、私たちは人の役に立つと喜びを感じることがあるのではないでしょうか。すべての人の幸せを願うことはすべての人を好きになることではなく、幸せになるための権利を平等に認め合い、行使できるようにすることです。そのことが、自己実現に繋がることだと思います。

2020年11月27日 (金)

今を生きる


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「今を生きろ!」言葉は、今を生きるためには、過去の失敗に執着せずに、これから起こる未来を心配し過ぎずに「今」この瞬間を生きることです。
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いつも「今」を大切に生きる
心配ごとや不安なことがあるとつい、そのことばかりを考えてしまい今目の前にあることに集中できていないということも多いものです。
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自分の人生は一度きり
誰かが考えて決めた道の上を歩くのは楽かもしれません。しかし、それは自分の人生なのでしょうか。自分の「今」の人生を精一杯生きるためには、誰かが敷いてくれたレールの上ではなく、自分で決めた道を歩かなければ元も子もありません。
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周りの目を気にしない
周りの目を気にして、自分のやりたいことや自分が本来行うべきことを見過ごしてしまいます。他人が、どう思っているのかを気にすることは悪いことではないが、他人の考えに振り回されたり、周囲の目を気にし過ぎたり・・・それでは自分の「今」この瞬間を生きることは難しいです。

心配ごとや不安なことがあると、目の前にあることに集中できないことも多いと思います。そんな時は、本当にその心配ごとや不安な気持ちは「今」の自分にとって必要なのか?そんなときも、自分の「今」の本音で生きていることが大切です。

2020年11月26日 (木)

向上心を持つこと

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「向上心」とは、今の状態に満足せず、よりすぐれたもの・・・より高いものをめざして努力する心のことです。

なにか高い目標に向かって努力をしている人や、自分の能力、性質をを今よりもっと成長させたいと感じている人であれば、向上心が高い人だと言えるでしょう。

生き方が、前向きになり変化が生まれます。向上心があるかないかは、ものごとをそのまま維持することを選ぶのか、はたまた変化し続けることを選ぶのかの違いです。

世の中を向上心を持ってチャレンジ精神が大切
新しい問題にチャレンジしなければ、その時点で向上心が失われてしまって、成長が止まってしまいます。一定年齢以上になっても向上意識が高い人材は、能力向上の速度は異なるものの優秀な人材として、実力を身につけられます。

また、人の性格や予め備わっている能力にも異なりがあるため、新しい仕事にチャレンジしてみても最初は上手くいかない人もいます。

ここで挫折してしまうのではなく、諦めないで継続的に実施していけば、最初は苦戦しても徐々に慣れていき、その仕事に大きな力を発揮できるようになります。成功に導くために一番大切なのは、諦めないことなのです。

2020年11月25日 (水)

老いるということ


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年齢を重ね、体が不自由になることは生物の自然の法則です。

それを嫌がったり、辛いと思ってはいけない。あるがままを受け入れ、今できることを考えることです。

あるがままの今の自分を受け入る
また、世間一般とか、他人と比べた自分ではなく、あるがままの今の自分を受け入れる。自分や誰かが作ったしがらみに縛られていると自己を見失い、心が寂しくなってしまいます。

自分の人生は自己責任ですので、自分基準をしっかり持ち、同じように他人も認めていくことです。自他共にあるがままを受け入れられると身体の力も抜けて、心身共に軽くなり、過度なストレスを感じなくなると思います。


思い通りにならないことには意味がある
一人で抱えきれなかったら、誰かに助けてもらえばいいのです。不安を感じやすい方は、そのように思えると良いですし、その経験を重ねると心に余裕が生まれます。

人との関係で、自分とは違うやり方や考え方にイライラしてしまう時は、自分の幅を広げるチャンスと思いましょう。相手を変えようなんておこがましい。自分の考え方を変えることです。
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「こういうやり方や捉え方、表現があるんだな」と相手の事が受け入れられる様になると、共感の心が芽生え、イライラしなくなると思います。

2020年11月24日 (火)

地球温暖化について

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日本が新しい経済社会への一歩を踏み出した。菅義偉首相は、成長戦略の柱として「経済と環境の好循環」を掲げ、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすると所信表明演説で発表しました。

人間の活動によって、様々な環境破壊が進行しています。
数ある環境問題の中でも、地球温暖化が最も緊急かつ重要な問題です。このまま地球温暖化が進行すると異常気象や大気汚染など、他の環境問題も増加して、多くの人の命や生活が脅かされます。

自分たちが暮らす地球環境を壊してきた人類は、自分たちを守るため、改善に迫られています。地球環境を守るためには化石燃料の使用を抑え、再生可能エネルギーの早急な導入拡大が不可欠です。

私は、後戻りのできないところまで、環境破壊が進ん出来てしまったのは、人間の果てしない欲望の果てだと思います。地球を人が暮らせる環境に保つためには、世界中の人が環境保護への意識を持たなければなりません。

現在、先進国を中心に多くの国で、発電電力量に占める再生可能エネルギーの割合を増やしています。車をCEVにしたり、エコバッグやマイカップを持参したりすることで、環境保護することです。そして自分が出したゴミは、適正な処理を行うことです。

2020年11月23日 (月)

心穏やかに年を重ねたい

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年を取ると、頑固になったり怒りっぽくなったりすると言われます。
「急に怒りっぽくなる」その理由は・・・
まず、大きな原因は寝不足。睡眠が足りていて脳が覚醒している状態であれば、複数のことを同時に考えることができますが、睡眠不足で脳が低覚醒状態だと情報を受け取る準備が十分ではなく、目の前のことで精一杯になってイライラしてしまうということだそうです。

私も心穏やかに毎日を送りたい…ものです。
理想は、早寝早起きで7時間以上寝て、1日7000歩以上歩く。夜21時前に食事を済ませ、朝は脳を起こすためにきちんと食べる。「睡眠」「運動」「食事」この3つの生活習慣をまずは整える。
それから「新しいチャレンジをする」・「年齢層の違う人の話を聞いてギャップを受け入れる」・「人と積極的に関わって脳を動かす」この3つの行動も大切だ。

2020年11月22日 (日)

あなたの居場所はありますか


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価値観の多様化・核家族化・少子高齢化の現代社会は、ますます複雑多岐となっています。

あなたには居場所はありますか…?そして居場所はどこですか…?自分がホッと一息つけるところ、元の自分で安心していられるところ、そんな場所や人があなたの居場所です。心の支えがあるかどうかということと同じ意味です。

悩みことを…「あの人に聞いてもらいたい」という心の拠りどころがあるのと、ないのとでは気持ちの余裕がまったく違います。そうした存在を思い浮かべるだけで気持ちが落ち着くこともあるでしょう。実際にその人に会って話を聞いてもらったり、その場所に行ったりして自分を取り戻すということもあります。

「独りではない」・「いざというとき頼りになる味方がいる」 と思えるだけで、救われます。また、何かに頑張ろうというときも、こうした存在を支えに、頑張れるということもあるかもしれません。

心から信頼して素の自分を出せる安心安全な人や場所というのは、私たちが自分らしく生きていくためにはなくてはならないものですが、必ずしも簡単に手に入れられるものではありません。

「人」・「場所」も、さまざまな経験を通してようやく自分に合った人や場所を見つけられるものです。たくさんの人に会い、さまざまな葛藤を経験し、傷つき傷つけられ、何度も失敗しては学習し、そうしてようやく安心して本音を話せる心の友を見極められるのだと思います。

このごろ、傷つきたくないから自分の殻に閉じこもったままでいるという人が増えているようです。残念ながら、自分から動かない限り自分を理解してもらうことはもちろん、信頼できるの人をみつけることはできません。

また、メールやネットは便利ではありますが、言葉だけのやりとりでお互いを深く理解するには情報があまりにも不充分です。面倒でも会って目を見て話さなければ、相手との関係は深まりません。

コミュニケーションがうまくいかないと人間関係でストレスを感じやすく、また、孤立してしまいがちになります。そうすると、考え方が独りよがりで偏りがちになり、その結果ますます孤立を招いてしまいます。

2020年11月21日 (土)

状況は以前と変わらず


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~~状況は以前と変わらず~~
14年前のブログから・・・もう、ゴミを拾い続けて12年のもなるかなぁ~最初の頃は草むらにレジ袋に入ったコンビニ弁当…車に轢かれた猫の死骸等がそのままに・・・またサラリーマン?が、タバコの吸い殻を捨てて行く・・・
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このままだと、世の中一体どうなるのだろう「地域の環境は…」と思い始め…拾ったのだが、娘に「お父さんみっともない無いからやめて!」と言われ困ったなあ…と思った。
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しかし、一旦始めたらある程度続けないと効果がない、「よし誰がなんと言っても悪い事をしているのではないのだから」止めずに続けて12年も経ってしまった。
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また「1日1膳の行ない」のつもりで続けました。
今思うと、拾っている目の前でタバコを捨てる通勤者へ、また高校生に注意した時の怖かった事・・・猫の死骸を片付けたのも大変だった。
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そして通りがかりの人に「掃除当番でやっているの?」と聞かれてその時、自分が最も反省しなければいけないのは、自慢してしまったことがあって、後で大変後悔してしまったことだ。やはり、誰にも“黙って行う”事だと反省したことだった。「それだけに勇気のいること」だと思った。~~それから~~今現在も続けている「ゴミ拾い」です。
・・・そして昨日、2020年11月20日も、たくさん拾い処分しました。

2020年11月20日 (金)

性格は顔に出る

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「性格は顔にでる」
人の生き様を見ていて思うのは、「性格は顔に出る」は真理だなということです。性格のいい人は自然と柔和で穏やかな人相だし、意地悪で性根が腐った人は悪者の人相をしています。

顔が優しそうだからといって、必ずしも性格がいいとは限りません。しかし、歳を重ねるにつれて内面が表れるともいわれています。それは表情筋の発達具合や、癖によるものが大きく影響していると思います。

「笑顔の大切さ」・・・
いつも「笑顔でいる」ということを心掛ける・・・

笑顔を意識して日々を過ごす」ということです。社会で働き、さまざまな人間関係の中で生きていくということは、楽しいことばかりではありません。しかし辛いからこそ明るく笑顔でいることで、乗り越えていくパワーを得ることができます。

しみずたいきさんの言葉から・・・感銘したのでシェアしたいと思いました。

○ 習慣は体重に表れる
○ 動揺は声に表れる
○ ストレスは肌に表れる
○ 心の状態は部屋に表れる
○ 寂しさは金遣いに表れる
○ 本性は別れ際に表れる
○ 理解されない悲しみは怒りに表れる
○ 気品は言葉遣いに表れる
○ やる気は目の奥に表れる
○ 生き方は顔つきに現れる
○ 年を重ねるほど 心は顔つきに出る
○ ”顔”は親からもらったものだけど”顔つき”は自分で磨いていくもの=しみずたいき

2020年11月19日 (木)

幸せとは何か

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人が幸せと感じるのは、一つには「・・・達成感」もう一つは「・・・存在感」です。
「・・・達成感」とは何かを達成したときに感じる満足感に他なりません。仕事が巧く行ったとか、ほしいものが手に入ったとか、おいしいものを食べた時、など「夢や望みがかなった時」ということになります。

もう一つの「・・・存在感」からくる幸福感とは、「己が今そこに居ることを他が認める」こと、知ってもらえた時に得る幸福感と言うことです。

何か偉大なことを成し遂げて、有名になり自分の存在を知らしめると言うこともありますが、もっと誰でも出来ることがあります。

たとえば挨拶もその一つです。朝、「おはよう」と声をかけ、「おはようと返ってくる」こともその一つです。何か他人に親切にしたり、他のために何かをしたりして、「ありがとう」と言われたり、感謝されたりした時に感じる幸福感が存在感ということです。

この存在感からくる幸福感は、達成感からこる幸福感より、とても小さいですが、誰でも簡単に得ることが出来る幸福感です。他のために、人のために何かすると言うことが、幸せになる、幸福感を得ることが出来るということです。

欲が満たされることとなります。欲は煩悩とも言い換えることも出来ますが、欲のほうが解かりやすいです。食欲、睡眠欲、名誉欲、などの欲といわれるものすべてを手に入れたときに、感じるのがこの達成感という幸福感になります。

2020年11月18日 (水)

どんな時でも出来ることはある

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人生を川の流れに例えると、「川の水は時には澄み、時には濁る。川の水が清らかに澄んだときには、自分の顔でも洗えばいい。

もし川の水が濁ったときは、自分の足でも洗えばいい。」これは現状を嘆くのではなく、自分がその環境に中で何ができるかを、考え行動することが大事と教えている。

どんな時でも、「何か出来ることはある」
「どうにもならない」そんなふうになったとき、泣くのはいいことだ。でも「泣くのはいいけど、泣き事はは言うな」八方塞がりでどうにもならないと、思っていても活路はどこかにある筈だ。

「生きていくうえで、「人は笑いが必要だ」
厳しい環境の中でも、ちゃんと挨拶できる・・・マナーやエチケットを忘れない。これらは極限状態のなかでも、生きていくうえで大事な事かも知れない。

今の世の中ルールを無視して、自分の事だけを考えるいますが、本当に最後まで生き残れるのは、社会的ルールを守れる人かも知れない。

2020年11月17日 (火)

郷土愛について

御殿峠より市内を望む

人は誰でも、生まれ育ったところには、格別の想いがあると思います。私もそうですが、生まれた時が昭和10年代の前半の人は、戦争の恐ろしさを経験しています。そして農家であっても、食糧不足で満足に食べれず、ひもじいをしたことの思いは、忘れることはできません。

家族は三世代家族が普通で、一家8人家族も珍しくありませんでした。物不足でしたが、今では味わえない、家族愛・近所となりの助け合い、思いやりなどは、現代社会にはない・・・「助け合いの精神」がありました。そして「地域愛」がありました。

現代社会は、核家族化による親が身近な人から、子育てを学ぶ機会の減少・・・都市化による地域とのつな がりの変化など、家庭教育を支える環境が大きく変化しています。

郷土とは、自分が生まれ育った場所と今現在、住んでいる場所、自分の生活の基盤がある場所です。郷土愛というのは、最も生々しい感情です。複雑な感情です。それは、親子兄弟、夫婦間の存在するような利害と直接結びついた感情です。だからこそ、大切なのです。

私たちの生活や生き様に密着した土地、それが郷土です。
そこで生まれ育った者も、また、他の土地から移り住んできた人も、その土地で生活していくためには、その土地を良くしていかなければなりません。

人に恵みをもたらすのは、大地です。観念ではありません。事実です。自分を生かす郷土を荒廃させ、退廃させることは、いかなる道義をもっても許されないことです。

郷土愛のない人とは、話し合う余地がありません。この土地を良くしようとするから話し合うこと大事です。郷土への愛があるから、私たちは、幸せになれるのです。郷土が与えてくれる恵みがあるから、人は生かされるのです。

2020年11月16日 (月)

タバコの吸殻のポイ捨てのこと

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私は地域の道路・広場などをゴミ拾いをして、思うことは、タバコの吸殻のポイ捨てが多いことです。車を運転しながら・・・歩きながら・・・「犯人は大の大人です。」


ポイ捨てする心理は「心に余裕がない」ことに尽きます。
タバコのポイ捨てをする人間を頭に浮かべてみると、第一に「心に余裕のない人間」が浮かんできます。「ポイ捨て」とは、社会に生きる人間全員が使用する公共の場所、あるいは自分が所有権を持たない場所に、不適切な形で吸殻を投棄する行為を指すため、ポイ捨てをする時点で「他者への配慮」が欠けていることは明確です。

中には路上喫煙禁止区域とわざわざ立て看板を設置してある路上や地域、あるいは喫煙を禁止している事業者のところですら喫煙を行い、あろうことかポイ捨てまでする輩までいるくらいです。

ポイ捨て心理は・・・「ご都合主義」?自分の住む家のベランダ・庭などにはすてない・・・「自分とは関係ない場所だから別に良い」「誰かが掃除してくれるし別に良い」と思いる?心に余裕がなく自分以外のことを考えられないからこそ、ポイ捨てという行為を平気で行えるのでしょう。

何も知らない子供の前ですることは、教育上よくないことで、大の大人がしているから子供たちから、普通の大人まで、ゴミのポイ捨てに繋がるのです。「地球環境の問題」を語る資格はないと思います。

2020年11月15日 (日)

初冬の風景

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小六月 猫軒先で 伸びをする

小春日や 足音しずか お年寄り

小春日や 鴨の泳ぎも ゆったりと

年を取ると、一年が早く感じると言われますが、私も、11月半ばとなり、月日の経つのが早く感じる今日この頃です。

木々の葉がすべて落ち、荒涼とした色味のない冬景色が広がってしまうその前に、樹木や草は、その残るエネルギーを燃やし尽くすかのように赤や黄に己を染め上げます。

人は紅葉や黄葉を愛で、けれども盛りが過ぎればその色味は褪せ、やがて落葉し、庭や街路にそれらが散り積もる様に人は哀れを思い、ひとときもの寂びた感情にも被われるのです。

 

2020年11月14日 (土)

平凡に生きる

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平凡は非凡なり」
平凡で生きることが、実は一番難しいということだと思います。自分では平凡だと思っていても、人の価値観は様々なので、他の人から見ると非凡に見えることもあります。

だから、本当は「平凡であるということの方が難しい」「平凡でいられることは非凡な才能である」という意味ではないかと思うのです。「平凡な人生」は存在しません。人の数だけそれぞれの「平凡な人生」が存在します。そして、また「平凡ではない」とは、「その他大勢」ではないということです。
 
年老いて“いま”思うこと
平凡を生きるために 誠心誠意、今の生活をきちんとする・・・正しく食べて、適度に運動して、しっかり睡眠をとり、健康の留意。一日一善を心がける。それから、自分に優しくすることも忘れずに、「今日一日を丁寧に生きる」こと。

2020年11月13日 (金)

真実に生きる

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「よいこと」とは・・・社会の通念で、家庭や学校、宗教などで教え込まれた価値観や道徳観、自分の属する集団(国や社会)のマナーや考え方などに従うことだったりすることです。

自分の真実よりもこうしたことを優先させると、義務感、罪悪感、恨みといった嫌な感情が起こることがあり、本当の喜びが得られません。

「自分にとっての真実を生きるとは」
自分が定義した「世界はこうである」という世界を生きるということです。それが楽しいものであれ…辛いものであれ…自分がの定義した世界が現実に表現されているだけのことです。人と世界の見え方が違うのは至極当然なことであり、そもそも人と比較するものでもないのです。

「ほんとうからの直覚」に深くとらわれること
何が何でもそれを手にするのだという強い決意と覚悟が必要です。どこかに真実はあるのだ、「ほんとうの人生はあるのだ」という強い確信にとらわれていることです。

私は真実の人生を生きるために最も必要なのは、この強い直覚に深くとらわれていること、そのためにならば、すべてを捧げてもかまわないという決意と覚悟をしていることであると思います。

 

2020年11月12日 (木)

真の豊かさとは

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真の「豊かさ」とは? 真の「しあわせ」とは? 「物質的豊かさ」と「精 神的豊かさ」です。

今 、私 た ち は「 物 質的豊かさ」を得た裏側 で 、その負の遺産として、 地球温暖化を始め、人類 の生存にも関わる様々な 環境問題に直面していま す。このことは大変大き な問題として、すべての 人が考えなければならな い問題です。

「物質的豊か さ」は状況によって、わ ずかなことで幸せを感じ ることができますが、限 りない質と量への欲求に つながっていきます。

また、豊かさとは、お 金さえあれば、 真の豊かさを感じること ができるでしょうか。決 して経済的に豊かでなく とも、家族が健康で、楽 しく思える生活が送れる ことに、幸せを感じる人も 多いと思います。

このよ うな「心の幸せを感じる人」 は 、同 時 に 心 に「 豊 か さ 」 を感じて生活していると 思います。これが「精神 的 豊 か さ 」で す 。

真の「豊かさ」 とは、これという定義が あるわけではなく、一人 一人の価値観や心の持ち 方にあります。言い換え れば自分で満足できる 「形」を見つけ、実践で きるところに真の「豊か さ」を感じることができ るのです。

「 豊 か さ 」は 他 人に強制はできないし、 同時に自分の「豊かさ」 を他人に押しつけること もできないのです。 ここで注意すべきこと は、自分の「豊かさ」を 享受するために他人に迷 惑をかけてはいけないこ とです。

2020年11月11日 (水)

人生に「待てしばし」「そのうちに」はあり得ない

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人生に「待てしばし」・「そのうちに」はあり得ません。

幸田露伴の娘、幸田文に庭の草取りを命じた。文は「2~3日まとめてとりますから・・・」と返事をした。毎日とるから草は生えてこないものだ。「毎日取りなさい」と厳しく言われたという。

また、こんな話があります、 晩秋の一日、ある老僧が弟子を連れて歩いていると、おりからの風に吹かれてしきりと葉が落ちた。

老僧が歩きながら一枚一枚、葉を拾って、袂に入れるのを見た弟子が「和尚さまおやめ下さい、いま掃きますから」 と言ったとたん、「馬鹿者、いま掃きますで美しくなるか、一枚拾えば一枚分だけうつくしくなる」 と、大喝一声、叱咤されたという。

「そのうちに」がいけない、そのうち、そのうちで日が暮れて、人生が終わってしまう、人生に待てしばし、「そのうちに」はありえません。

「朝に紅顔ありて夕べに白骨となる」ということわざがありますが、自分自身のこととして、人間は死ぬもの、そしていつ死ぬかわからない、今、突然、死がおとずれるかもしれません。

こんなことをしみじみと思う時、自分の生き方を本気で考えるものです。生ある間に本当の生き方を見いだし、悔いのない人生を送りたいもです。

2020年11月10日 (火)

美しい町にしよう

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遠い先代から受け継がれている私たちのまち「八王子市片倉町・・・」それを次世代に引き継ぐ責務があります。私たちの町は、ひと昔まえは、農業中心の村でした。現代では開発が進み、私たちの町には、田んぼは無くなりました。

東京都心へのベットタウンとして、アパート・マンションができ、人口が増えています。現在私たちの町に住む人たちは、ただ、通勤・通学に便利だけの、住む場所と考えている人もいるようです。

昔からの地域の自然環境・地域のコミュニケーションなどに、あまり関心がのない人がいます。地震・自然災害はいつやってくるかわかりません。防犯を含め、「安心・安全で暮らしやすい町」は一人ひとり意識が大事です。

町の自然環境を守り次世代に引き継ぐことも、大事なことです。
◎◎私たちの町は私たちできれいにしよう。◎◎

◎ ポイ捨てしない人づくり
まちの環境美化に関する情報の収集・発信、啓発・教育活動の推進などにより、「ポイ捨てしない人づくり」を進める。具体的には、子供たちへの家庭・学校・地域での教育が大切と思います。

◎ ポイ捨てしにくい環境づくり
清掃をはじめとする環境美化活動の活性化、「ポイ捨てしにくい環境づくり」をすすめることです。

◎ポイ捨てをなくしていくまちの支え合い
これまでの地域活動にかかわの薄かった人たちの環境美化活動への参加の促進を踏まえた町民相互の連携により、「ポイ捨てをなくしいくまちの支え合い」を定着させることです。

2020年11月 9日 (月)

功徳を積む


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功徳とは、仏教の教えで世の為になること、人の為になることをする行いのことを言います。
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善い行いをして、お互いが支え合い、皆が助け合って生きています。皆が功徳を積めば、世の中が安定して、より良い社会が生まれてくるという仏教の教えでもあります。
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私たち凡夫は、いつも自分のことばかり考えています。
もちろん全てではありませんが、何か人のためにと思って行うことも、裏を返せば結局は自分のためだったりします。他人のことに本気になれるほど余裕はなく、自分のことで精いっぱいです。
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生きている私が一番大切であると思っているから・・・「そんな余裕ないよ」「そんなこと言っている場合じゃないよ」と思ってしまうこともあるかもしれません。
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しかし、今この一瞬が一番大切だと思い自分で選んできた道も、年齢を重ね経験を積めば「若かりし頃の」とその判断を見直すことが大切と思えること、もあるのではないでしょうか。
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心にも…時間にも…少しだけ余裕を、「少しだけ功徳を積む」心に余裕を持ちたいものです。

2020年11月 8日 (日)

五常訓は現代にも通ずる

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儒教で、人が常に守るべき五つの項目として、五常訓「仁・義・礼・智・信」があり、武道の根本となっている教えです。

「五常訓」は、現代の私たちにも通じるものがある名言ではないでしょうか。江戸前期の儒学者貝原益軒の言葉だそうです。

五常の意味
仁・・・愛、慈しみ、思いやりの心、慈悲の心。
義・・・人の生きる正しい行い、判断力、恩義、義理。
礼・・・礼節を重んじる、辞譲の心、謙虚に、社会秩序に従い、人を敬うこと。
智・・・考え学ぶ力、是非の心、知識や経験を通じた正邪の区別ができる知恵。
信・・・信頼、信仰、自分を信じ、人を信じる心。うそをつかない、約束を守ること。

伊達正宗の名言(処世術)
「仁」に過ぎれば弱くなる=人間への愛ばかり重んじれば自分が弱くなる。
「義」に過ぎれば固くなる=義理ばかり重んずれば固くなる。
「礼」に過ぎれば諂い(へつらい)となる=礼儀ばかり重んずれば逆におべっか遣いになる。
「智」に過ぎれば嘘をつく=頭がよすぎると嘘をつく。
「信」に過ぎれば損をする=人を信じすぎれば損をする。

中庸の精神(かたよることなく、常に変わらないこと。過不足がなく調和がとれていること。)が大切と説いています。

2020年11月 7日 (土)

一日一生

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一日一生とは、「一日が一生であり、明日はまた、新しい人生が始まる。一日を、一生涯だと思って生きるという意味です。

「一日一生。一日は貴い一生である。これを空費してはならない」内村鑑三

誰でも、高齢になって一年が経つのが早く感じると言いますが、私も実感しています。一生は長いと思っていると、あっという間に終わってしまい。。。気がついたら・・・人生の晩年となってしまった。本当に月日が経つのが早いものです。

やはり内村鑑三が言うように、一日一生のつもりで生きるべきです。明日からやろう、明日に延ばそうではだめです。今日という一日で一生は終わるつもりでやることです。

明日に延ばすにも、”目指すところ”がないといけません。そうしないと本当に何もできないで、一生が悔いばかりの一生で終わる人生となるでしょう。今日一日しかないと思えば、かなりのことはできます。そんな貴重な一日の積み重ねが一生なのです。

2020年11月 6日 (金)

時は晩秋から初冬に

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片倉城跡公園の落葉した木々は、晩秋の風情ですが、見ていると
何となく、心が落ち着きます。

あの桜木々にも歴史を感じさせられます。片倉町会の子供会の片棒会と、片倉町一丁目町会子供会で植えたものです。

かっては田んぼであったところ、湯殿川の河川改修で造成され、先輩たちが桜の植えた苗木が、あんなに太くなり、春には花が咲き、夏には青葉の木陰、秋の葉紅葉と、多くの人に楽しましてくれています。

晩秋や 独り静かに 月ながめ

神無月 つわぶきの黄 月しずか

落ち葉踏む 足元深き 埋もれたり

暖かな 陽射しが恋し 朝しぐれ

渡り鳥 声を合わせて 飛び立ちぬ

2020年11月 5日 (木)

晩秋の思い

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深まりゆく秋の景色を見ながら、夕暮れ時なぜかしら寂しく思います。

若い頃、沈む夕日を見て秋は何とも言えぬ、寂しさを感じたのとは別の思いです。今は私の人生と照らし合わせて見ているせいでしょうか。

私はまだまだ若いと思い、老いなんてずっと先のことと思っておりました。もう歳なんだし、当たり前のことなのに、気持ちがついていかないことが多くなってきました。

最近、気は若いつもりでいましが、確実に歳を感じます。目の衰えであったり、物忘れが多くなったり、ちょっとした所でつまづいたり、そんなことが多くなってきました。

秋から冬へと季節は変わっていきます。寒い冬に備え衣類や暖房と生活する上での準備はできますが、人生の冬へと向かう準備はと思うと、立ち止まってしまいます。

どんな心構えが必要なのか、何をすべきなのか不安で一杯になります。これは、人との比較ではなく、自分自身の問題であり、自分なりの答えを出さなければと思うと不安は、募るばかりです。

2020年11月 4日 (水)

縁は心で決まる


修善寺本堂
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『縁』とは、「そのようになるめぐりあわせ」のことです。
人生は「めぐりあわせの選択の連続」ということになります。良い人生も、悪い人生もそれぞれの選択の、積み重ねの結果だということです。

「縁に流されてしまうのではなく」しっかり向き合うべきなのです。
「縁」とは、何か特別の出会いや、出来事ではなく、今食べていることも、話していることも、歩いていることも、車に乗っていることも、働いていることも、即ち朝起きてから寝るまでの一挙手一投足の行動の全てが「縁」との「対応」と「結果」なのです。
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結果が次の必然であり、その必然との対応が次の結果をもたらすという、人生は縁の展開なのです。そこで考えなければならないことは、必然の縁には当然好ましい縁もあれば好ましくない縁もあります。
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しかし、好ましい縁であっても扱いによっては悪い結果となりますし、悪い縁であっても扱いによっては良い結果をもたらすことを自覚すべきです。また、良い縁だけが与えられる人生なんて絶対にありませんし、また悪い縁だけが与えられるということも絶対にありません。
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縁は心で決まる
人はどんな縁に対しても"選択"で勝負をしなければなりません。しかしその勝負にいつも勝てるとは限りません。人の行動のすべては、意識的にしろ無意識的にしろ、「心」によるものだからです。どんな縁でも、それを好転させるかどうかはその人の心の持ち方で決まるのです。

2020年11月 3日 (火)

人生の旅路の果て

修善寺境内1

『いま、心は旅愁の歌の詩の一部のごとし』

「更け行く秋の夜、旅の空の、
わびしき思いに、ひとりなやむ。
窓うつ嵐に、夢もやぶれ、
遥(はる)けき彼方(かなた)に、
こころ迷う。」

人生の秋

嬉しかったこと、悲しかったこと、悔しかったこと、人はいつの日か立ち止まって自分の生きた証を振り返る時がやってきます。そんな時こそが「人生の秋」なのかもしれません。

人はどんなに血気盛んな若者であっても、どんな美人であっても、どんなに栄華を誇った人であっても、いずれは哀れな姿を晒すことになります。


諸先輩の方々をみてきてきましたが、私も・・・歳を重ねて、思うように身体が動かなくなることが多くなったと、感じている毎日です。毎日歩いているのですが、歩くスピード・坂道・階段では、ハッキリ身体の動きの鈍化に、老化を感じます。

人生最終章の生き方模索
わが家の小庭の手入れをしながら、「掃除・ご近所とのお付き合いも、いつまでも続かない」「終の棲家」は・・・家を処分して老人施設にお世話になった方が、、、最後子供たちに、迷惑かけずにいいのでは?と考えたり、悩んでしまうのです。

2020年11月 2日 (月)

郷土愛について

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自分が生まれて育った「歴史ある地域」を大切にする(郷土への愛)ことで、私たちは、幸せになれるのです。地域が与えてくれる恵みがあるから、人は生かされるのです。

こだわりを捨て…執着心を捨て…過去からの因縁、因習、わだかまりに囚われずに、澄み切った心で、現実を直視し・・・いま何が正しくて、何が、必要なのか、それを見極める心が欲しいです。それが今住んでいる地域を大事にする郷土愛です。

その地域に住む者には、長い歴史と伝統があります。文化があります。生活があります。生まれ、育ち、生活をし、そして、子供を産み育て死んでいく・・・郷土(地域)には、人生の軌跡があります。自分が生きてきた証があります。

昔は、どこにでも、世話役がいました。店子と言えば子も同然と大家が何くれとなく世話を焼いてくれたものです。今は人情がなくなったのです。それは、土地に対する愛着がなくなったからであると思います。

地域社会で人々が、助け合うこと・・・その互助の精神こそ民主主義の原点であると思います。利害を調整することばかりが能ではありません。助け合うことこそ最も大切なことなどです。

2020年11月 1日 (日)

晩秋に想う

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雨やんで 野に晩秋の  色濃くし

日短くし われ行く先の 影長し


西に見る富士の山は、いつの間にか、白いものを羽織ってしまった。片倉城跡の桜の木の葉はすっかり落ちてしまい、つどいの森の広場から、ススキの穂先を風になびく風景は、季節の移り変わりを覚え、「もののあわれ」強く感じてしまいます。

我が家の庭先には、ツワブキの花 そそと咲いて、存在感を見せつけています。

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