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2020年9月19日 (土)

秋彼岸が近づき思う

道了堂参道
秋分の日・彼岸が近づいてまいりました。恒例の墓参で思う・・・
「今、我身が在る」ということは、我身を生んでくれた父母があり、祖先があるということです。ところが、人間は自分というものを一番大切にし、誰よりも自分を愛するものですが、とかく、この我身が何処から来たかということを忘れがちです。

幸せと感謝の気持ち
先祖.両親が存在しなくて、自分はありえません。こう考える時、その命の流れの根源に対して感謝と尊敬の念を抱くのは当然です。


こうした中にあって、過去、即ち親や先祖に対して心を向けるということは、当たり前のことであり、大事なことです。この心構え自体が、人間としての生き方、姿勢にも大きく関わりあってくるものです。

ところが、現代人は已れ中心主義の考えをもち、他人より自分、親の存在より已れ、と考えがちです。このような風潮にあって、今、先祖供養という我身のルーツに想いを至す時、現代人が失いつつある心の、根源を再発見するように思えてなりません。

そして、祈りの心というものに気づく時、輝くような人間性が現われてくるのではないでしょうか。どのような無信心な、宗教というものを信じない人でも、必ず祈りというものをもっているものです。

この祈りというものは人間特有のもので、動物にはない。祈りというものは、最も人間の純粋な姿といえよう。祈る世界には、悪人も善人もないわけです。

こうした中で自分自身が、まず親によってこの世に生まれ育てられてきたということと、また、その親の親に報思の念をもつということは、当然の祈り行為であり、人間として忘れてならないことです。

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