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2020年8月10日 (月)

当たり前の大切さと感謝


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毎日似たような日々を送っていると、その環境が当たり前に感じて、有難みを忘れてしまいます。
そして、その日常を失った時初めて、当たり前の有難さに気がつきます。それは、すべての自分の当たり前の日常に対してです。当たり前は、一つも当たり前ではないのに、ついつい有難さを忘れ、時には幸せなはずの日常を、嘆いたりします。
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「人は恵まれていることに気づかない」
例えば、健康な人が病気になると「健康って大事だな」と感じます。日ごろ健康であることは、自分のなかで当たり前なので気づきません。具合が悪くなって、はじめて健康であることに感謝します。
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人は恵まれていることに気づかないのです。また、よい“健康状態”を保つために、それなりに努力はします。ただ、どうあれば健康なのか、その到達点は人それぞれです。到達してもしなくても、誰かにとがめられるものでもありません。このあいまいな感じが、当たり前化に結びついているのかもしれません。
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「自分の当たり前を疑う」
自分の当たり前を疑うというのは、自然にわかっていることでも、相手にとってはそうでないものがあるということです。例えば普段、話している会話を見直してみることです。いつも一緒に、貴重な時間を過ごしている家族や友人を時に罵ったりすることも・・・。そして、それらが失われた時、自分がどれだけ、与えられ幸せだったかを知るのです。
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欲を持ったり、目標を持つ事は、成長するのに大切ですですが、その為に現状を嘆いたり、誰かを妬んだり…ひがんだり…ネガティブな感情を持たない心でいるように,、努めることです。
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今の当たり前を、当たり前と思わず、有難みを持って感謝の気持ちで、過ごせたなら、その人は幸せで満たされ、運すら味方につけるでしょう。その人の成長は、死ぬまでとどまることがないということです。

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