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2020年7月 3日 (金)

高齢者となっての生き方

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体力にも気力にも自信がある若い頃には、時間の使い方や自分の健康についてもあまり深く気に留めることはありませんでした。しかし、私も高齢者となり「自分が今出来る能力を知る」ことが希望への道が続くことだと分かりました。

「身の程を知って生きる」
現時点で自分ができること・出来ないことはしっかり把握するべきだし、もし自分のスキルを伸ばすことで欲しいものが手に入るなら、なおさら自分のスキルの把握は重要になってきます。なぜなら、能力の把握によって自分がどれくらい時間をかけるべきなのかの見通しが立つからです。

身の程を知るからこそ、次に何をしたらいいのかがわかります。次何をしたらいいのかがわかれば、実行することで前に進めます。もしかして「身の程を知る」というのはものすごくポジティブな言葉なのではないか、そんなことを最近思いました。

「身の程を知りなさい」と言われたら「自分の現状をしっかり認識して、そこからちょっと頑張った目標を建てなさい。大丈夫、あなたなら出来ると信じてるよ」と応援されてると捉えてもいいかもしれません。

「身のほどを知ることが、希望の近道」
病や事故、災難に見舞われても、また人と比べて能力や財力が劣っていても、自分に与えられた現実を受け入れ入れることができたなら、それはなかば希望を手に入れたようなものです。身のほどを知ることは、希望を手にする第一歩です。
私たちは、願望のなかにいきるのではなく、希望のなかに生きたいものです。なぜなら、幸福はそこにあるからです。

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