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2020年7月 2日 (木)

善悪の判断


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昨日の朝、散歩していて、前を歩く若い学生風の男が、歩きながらタバコを吸っていた、暫くすると男はタバコのすいがらを路上に、捨てた。
私は、大きな声で“落とし物”と言って、男を呼び止めました。

「駄目だよ!今、ゴミ拾いしたばかりなんだよ!」

男は、けげんそうな顔して戻ったので、私は素手で、火のついたタバコのすいがらを、拾って見せ
「ここ八王子市は歩行禁煙ですよ!自然環境にも悪し、これからは絶対捨てないようにしてね!」と言って諭したのです。

近年は、生産年齢人口の減少、グローバル化の進展や絶え間ない技術革新等により、社 会構造や雇用環境は大きく急速に変化し、予測困難な時代を迎えています。

このような時代において、社会を構成する主体である一人ひとりが、高い倫理観 をもち、人間としての生き方や社会の在り方について自ら考えることが一層大 切になっています。

同時に、多様な価値観の存在を認識しつつ、他者と対話し協 働しながら、よりよい方向を模索し続けるために必要な資質・能力を身に付けて いくことが求められており、道徳教育はこれまで以上に重要な役割を果たすこ とが期待されています。

善悪を教えることが子育ての基本
親が子供に善悪を教えることが子育ての基本ですが、このごろ若者の間でおこっていることで、善悪でものの判断をしないで、みんながしていることが善いことであるという判断です。

たとえ悪行であっても、みんながしているとそれは悪行ではないというのです。親が子供に善悪をきちんと教えていないと、その子が成長して大人になっても、善悪を教えられる親にはなれないでしょう。

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