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2020年7月28日 (火)

人間として何が正しいかの判断



芦ノ湖①

人が持つそれぞれの「価値観」
多くの人と関わりながら生きていく中で、価値観の違いを感じる場面は少なくありません。家族やパートナーなど近しい人、仕事上の付き合いの人など、関わる深さによっても、価値観の違いとも、どう付き合うかは変わってきます。


「人間として何が正しいか」…倫理観・価値観は人それぞれです。何においても結論はでない気がします。また、国家によって、思想によって、宗教によって、年代によって、企業によって、立場によって、男女によって、正しいの基準は違います。

では、何を正しいと思えばいいのかって、別に正しさなんてそんなに、重要ではないと思います。正義をかかげれば人は戦争もします。そしてテロ行為も、虐殺も、差別もします。


だから人は本能的には、正しさをそんなに追い求めないのです、社会的に正しくない人やものが好きだったりするのです。結局何が好きかで動くのです、何がしたいかで動くのです。


私はそれでいいと思います。それは人間の本能からくるものであり、本質的な倫理観だからです。

人が殺された話を聞き「なんて酷いこと」と思い、いじめられてるのを見て「止めろ」と思う。また、明るい人を見て「いいなぁ」と思う。温かみのある人を見て「素晴らしいなー」と思う。そういう感受性は人それぞれです。

正しいとか正しくないに沿うと、虚無感にとらわれます。何かに与えられた倫理観で、好き嫌いは選べます。それは与えられるというより、「選ぶもの…見つけるもの…」で、こうありたいというのは、いくらでも自分自身の力で変わります。

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