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2020年2月

2020年2月29日 (土)

春はそこまで・・・

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「水温み 上流目指す 鯉の群れ」 
「枯れ草の 中でタンポポ 目立つなり」 
「良く見れば 木々の枝先 ふっくらと」
人間社会では、「新型コロナウイルス」で世界を騒がしているが、大自然は、確実に移り変わっている。
私たち老夫婦は、感染の不安はつきない。「長いこと生きていれば、まぁーこう言う時代もあるさー」いま自分に出来ることにベストを尽くすことだ。
散歩しながら、 季節の移り変わりを感じ、また「年をとり 春待つこころ 深くなり」の心境だ。

2020年2月28日 (金)

新型コロナウイルスで思う

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新型コロナウイルス問題で医療現場は大混乱のようです。
「首相、全国の小中高、3月2日から臨時休校要請」
今朝(2/28)の新聞各紙の社説
毎日新聞
「首相の全国休校要請 混乱招かぬ対策が必要だ」
非常事態の対応とはいえ、国民生活への影響は免れない。混乱を招かぬ対策が必要だ。
読売新聞
「全国臨時休校へ 混乱抑え感染防止に全力を」
新型肺炎の患者が児童生徒にも出始めている。感染拡大につながるリスクをできる限り低減する狙いなのだろう。
朝日新聞
「全国一斉休校 影響の軽減に全力注げ」
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、安倍首相が昨夜、全国すべての小中高校などに、3月2日から春休みまでの臨時休校を要請すると表明した。首相の表明はあまりに唐突で、かえって混乱と不安を招きかねない。
私は・・・
◎ 政府内では休業補償を行う案が出ているそうですが・・・シングルマザー・共稼ぎなどの、ご家庭では、子供の一日の過ごし方は、それぞれですが、大きな問題となると思います。その保障も考える必要が出てきます。
◎ 「措置に伴って生ずる様々な課題に政府として責任を持って対応する。」このことの実施が、国民に実感できる施策が大事になってくると思います。

2020年2月27日 (木)

人生1+1=2ではない

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1+1=2と答えたら、正解と学んできた私です。

ところが、1+1=2にならないのが、人生であります。人生とは、計算通りにいかないところに、答えがある。。。大人になって知りました。

人生は1+1=2みたいな、単純明快な計算式にはならない。1+1=-5になっちゃう時もあるし、1+1=100になることもあります。

こうやったら、絶対正解、これやったら、絶対失敗、それがないのが人生。やってみなきゃわからないし、私の正解は、私にしか通用しません。

だから、みんな「私」の答えを探す旅に出てるのです。いっとき−5になったみたいに思えても、次の瞬間1000になっちゃったりするし・・・だから、面白い。だから、夢を持って生きることが大事なんだ。

2020年2月26日 (水)

私の願い

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決して驕ることがなく、力んだり、うつむいたりしないで、真っすぐに前を向いて歩いていく・・・。

優しい心だけはいっぱい持って、、、辛い人がいたら、すぐ駆け寄ってあげる、、、

それだけがよくできたら、他の事はたいして上手に、できなくてもいいと。。。

先祖のたましいが、優しいおみお手で、心をいつもきれいにしてもらって、静かな日々を過ごしたいと願っている。

そういう生き方をして、少しなりとも世の人のお役に立ったら、この上なく幸せだと思う。

私はあまり大ごとに、係わることは好きではないし、小さな美しい幸せを、私は願っている。

2020年2月25日 (火)

社会奉仕を続けること

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「故郷に 入り日の如く 赤々と 燃やし尽くさん 残る命を」

「老年期になっても、社会奉仕を続けることで幸せになれる」

心身ともに健康であることは幸せの第一条件ですが、かといって必須条件ではありません。

私たちは自分の健康を害していくとき、暗い気持ちになります。健康なときのように動けないので苦しい。。。いつ治るのかわからないからつらい。。。年を重ねることで失われていく能力への自己嫌悪もあると思います。

こうしたいろいろな感情が交錯し、心のなかで葛藤が生まれます。この苦しみから逃れる術はありませんが、たとえできないことが増えたとしても、適切な医療や支援を受けながら、今ある能力で他の方の役に立つことはできます。

幸せはそこにあるのではないでしょうか。私たちは、お互いにそれぞれの役割を持ち、今自分のできることで他の方の役に立つ働きができるとき、幸せを感じるものです。この事実を忘れなければ、いくつになっても幸せな人生を歩むことはできるはずです。

老年期は若い頃と違って、出来ることが少なくなっていったり、変わってきたりします。やるべきこと、やりたい意欲も低下していくでしょう。客観と主観を一緒にすること自体がおかしいのかもしれませんが、私は、何歳になっても自分の「したいこと、出来ること、やるべきこと」が明確で、毎日を生きることが幸せだと思います。

2020年2月24日 (月)

地域の環境に優しさの心を

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日常生活のなかで地域環境や地球環境にやさしい行動を身につけましょう。子どもの目にはいろいろなことが新鮮に、不思議に映ります。自然への興味や人間としてのモラルは、子どもの頃の体験によって大きく変わってきます。

感受性の豊かな子どものうちに、自然のこと、環境のこと、やっていいこと・悪いこと、いろいろなことを伝えるのが大人の役目ではないでしょうか。子どもたちの“気づき"を大事にしてあげましょう。それが環境学習の第一歩なのです。

◎ 一緒に自然に親しむ
大人がすべて知っていて、子どもに教えなくてはいけないのではありません。一緒に自然を体験する機会をつくりましょう。子どもは、大人の気づかないことに気がつきます。きっと大人のためにもなります。

◎ 一緒に環境を考えた行動をする
子どものためにも、まず大人が環境を考えた行動を知り、実行する必要があります。大人がポイ捨てをしていたら、子どもはマネをします。つまり、大人はお手本なのです。

◎まちの歴史に親しむ
私たちのまち、八王子市片倉町は歴史のあるまちで、片倉城跡(公園)があります。これらの歴史に子どもの頃から親しむ機会をもつことで、子どもに “ふるさと” をつくりましょう。

2020年2月23日 (日)

人間と大自然のバランス

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老いて知る 春ぬくもり 絆かな

年をとると、身体が思うように動かない。まして、今年のような「新型コロナ・ウイルス」が、世界的に広がりを見せている今年の春は、とくに体調に気をつけないといけない。お年寄りは、抵抗力が落ちているから・・・

今年の桜の開花予想は、平年より大幅に早く咲く見込みで、記録的に早くなる所もありそうです。地球温暖化は、気温が上昇させるだけでなく地球全体の気候を大きく変える「気候変動」を引き起こします。今年の開花予想は、東京では、例年より2週間早い、3月15日だそうです。

春は早くやってくることは、嬉しいものですが、これでいいのか?と不安な気持ちになり、季節の移り変わりに不安を感じます。

不安と言えば、人間と大自然のバランス関係
今や人生100年とされる時代ですが、わずか300年前、江戸時代の日本人の平均寿命はその半分にも満たなかったといわれています。また、このところ、核家族化が進み、近所でも私を含めて、お年寄りばかりが多くなってしまった。たまに子供が孫を連れてくるが、普段は子供の姿は見られなません。

今まで、近所の「ふれ合い」「絆」を大切にしてきましたが、その絆で、人と人の心でお互いに励ましあい、助け合いが、年をとって暖かく春の温もりが、薄れていくように思えるのは、私だけでしょうか?

2020年2月22日 (土)

自己中心的な人

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自己中心の人が増えた?

日本では、自己中心的な人が増えているような印象があります。
特に根拠となるデータはありませんが、テレビやネットのニュースなどで私の知る限りでは、20~30年前に比べて、日本人の心に余裕がなくなってきた人が増えているように思えます。
自己中心的な人が増えている理由
◎ 戦後の民主化政策における、極端な人権尊重と思います。
そして、
1、自分に余裕がない・・・今までやってきたことが正しい、と思い込んでしまい変化に対応できない人。
2、幼少期のしつけ・・・「思いやり」、他者の視点に立って気持ちを考えられることを指し、発達段階的には4歳をすぎたころから少しずつわかってくると言われています。
3、想像力に乏しい・・・人の魅力や個性の一つになる想像力。想像力がないと困るわけではありませんが、想像力が豊かな人は人とのコミュニケーションが上手くいっているような気がします。

共に生きる社会
社会の仕組み は「共に生きる」 が基本 です。これは人間性に根ざし た自然な在り様です。
「共に生きる」は、 競争を排除すものでありません。困難乗越え能力 を 獲得する 原動力。他者を打ち負す 原動力です。
しかし、他者を打ち負す為の競争は、やがて 社会に ひずみ を生み、勝者 もその負担をわな ければりません。人間誰しも求めることは  「受け入れらる」こと。されたくない のは「排除される」こと です。



2020年2月21日 (金)

まちの環境について

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昨日のこと、私の住む、近くの国道の交差点近く昨日の出来ごとです。通行量の多い交差点にゴミが風に舞っていました、それは雑誌でした。

通行する車に踏みつけられ、ちぎられ、風に飛ばされ、散乱していたのです。私は、昨日その酷い光景を午前9時に見て、近くに住む一人として、直ぐ片付けねばと・・・思ったのですがどうしても急用があったもので、午後2時30分に帰ってきても、状況は変わっていませんでした、早速片付けてました。

町の美化・環境に意識を
町の環境美化の推進には、ポイ捨て行動そのものの抑制が第一であり、そのためにはポイ捨てを行わないよう、多くの人にモラルの徹底を図っていくことが重要です。とくに、将来を担う子どもたちの、町に対する美化意識を育むことは、子どもたち自身の行動に対してはもとより、大人に対する影響力の点でも、ポイ捨て防止に繋がる部分が大きいと思います。

現在の環境問題は、かつての大気汚染や水質汚濁のように健康被害や環境汚染が目に見えて現れるものではなく、私たちの生活や生態系の長期的な維持が難しくなっているというものです。地球温暖化や廃棄物・資源問題、生物多様性の減少など、いろいろな人たちが工夫をこらし、行動を改めなければ解決困難な問題です。

2020年2月20日 (木)

自然に生きる

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季節はめぐり、太陽は大地を照らし、雲は雨を降らし、大地の上では植物や虫や動物がそれらの恩恵を受けて育っていく・・・つまり「なにかをしようとわざわざ考えずとも、天地はすべてのことを為している」ということです。

花は自然に従って生きているから、美しく咲けます。人間も同じように、宇宙によって動かされることが最も自然な生き方です。
老子のことばに「無為自然」という言葉があります。無為とは「なにもしないでいること」ではありません。

無為自然の生き方
無為自然の生き方とは、何もせずに、「ただ流れにまかせて生きること」という無気力な生き方ではありません。努力は、せいっぱいするけれど、その先の「最後の結果は天に任せる」そういう生き方です。

2020年2月19日 (水)

歳をとっても今が幸せ

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私は、仕事を引退し、町会の常任理事・交通指導員をしていて、今コミュニティから身を引く年齢になると、少し淋しさを感じる一方、無理な人付き合いから解放されて気が楽になることがあります。

他人と自分との能力差や境遇を比べてストレスを感じる必要もなく、自分の価値観に従ってマイペースに過ごすことができる毎日は、心に平穏な幸福感をもたらしてくれると言えます。

引退によって社会的な居場所を一部失っても、時間的・精神的余裕ができたことで、自分の想いを、行動(ボランティア)で活かせることで、社会に少しだけだが寄与していると思っていて、今は生き甲斐となっています。ボランティアができるのは・・・「健康であること、自分の生活環境に恵まれている」・・・ことであり感謝しています。

人生の終わりを意識すると、多くの人は生と死に関する観念が変わると言われています。今まで当たり前に過ごしていた、日常や季節の移ろいに心を動かされたり、家族・友人との絆に改めて感謝の念を抱いたりしながら、そこに幸福感を見出だします。また、自己中心的な考え方から抜け出して、残りの人生を社会や他人のために役立てることに歓びを感じる高齢者が多いのも、こうした他者との関わりにこれまで以上の深い価値を見ているからかもしれません。

終わりがあると意識することで今を大切にできる
体力にも気力にも自信がある若い頃には、時間の使い方や自分の健康についてもあまり深く気に留めることはありませんでした。でも、体力が衰えてきたり、同世代の健康問題が話題にのぼる年齢になると、やがて自分にも老いが近付いてくるのだと気付き、少し不安になるなります。
でも、何事にも限りがあると気付くからこそ、有限である時間の使い方や健康な身体の有り難さ、周囲の人々との繋がりの大切さについて改めて見直すことにも繋がります。自分が今持っているものの価値をわかり、何気ない毎日を丁寧に暮らすことができると思っています。

2020年2月18日 (火)

年寄りの不安

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いま「人生100年時代」と言われています。しかし、歳を重ねることで不安は増してきます。今は健康で元気で過ごせていますが、やがて来る人生の終局は避けることはできません。そこまでの道のりは、人それぞれですが、誰しもの共通の悩み・・・自分や配偶者の健康や病気のことです。

「自分や配偶者の健康や病気のこと」
高齢化と核家族化が進む中、社会全体の課題となっているのが「介護問題」です。そして、平均寿命が延びるにつれて、深刻になってきたのが高齢者同士による「老老介護」と「認認介護」の問題です。配偶者の介護、そして自分自身の老後ーー誰もが当事者として関わる可能性があるため、早めの対処の仕方を考えておく必要があると思います。

◎ 老老介護とは・・・高齢の妻(夫)が高齢の夫(妻)を介護する・・・状態
◎ 認認介護とは・・・老老介護の中でも、認知症の要介護者を認知症の介護者が介護していることを認認介護といいます。
・核家族化
・他人に助けを求めることへの抵抗感
・金銭的な理由
などの理由が上げられますが、早めの措置を考える必要があると思います。

大事なことは「社会のサポートを上手に活用すること」
老老介護は、周囲の人に状況を把握してもらうことが重要です。一人で悩んでいるだけでは、有益な情報を集めるのも難しいでしょう。
他人の手を借りたり、家族を施設に入れたりすることに罪悪感を覚える人がいますが、そういった意識こそが介護を危険な状況に追い込みます。
高齢化と核家族化が進んだ現代社会では、他人や行政の助けを借りてこそ、健全な介護を行えるのです。困ったときは、子供や兄弟、親戚、そして行政に相談するのが、深刻な状況にならないためにも大切な手立てです。

2020年2月17日 (月)

年を取ったら謙虚に

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「偉そうな老人は嫌われます」

偉そうな老人でいると嫌われます。また、話が面白くない老人や自慢話が多い老人も同じです。自分の自慢話をする人がいます。誰もそんな話を聞きたいと思っていません。

「いつも、周りが自分の話にどう反応しているか」という空気を読むことが大切です。それができない老人は嫌われます。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
いつの時代に誰が読んだのかわからないこの句は、稲穂が実れば実るほど頭を垂れることから、学問や徳の高い人ほど謙虚になるものだということわざです。

高齢になるほど謙虚になることです。人は学問や徳が深まるにつれ謙虚になり、小人物ほど尊大に振る舞うものだということです。

2020年2月16日 (日)

親子の愛について

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親子の間に“わだかまり”あって、悩んでいる人がいます。
親子の関係が上手くいかないまま、大きくなってしまったことが、その場合にはまず、親子の関係から改善させる事です。今は、あまり関係が良くないかもしれませんが、親子の関係を改善させなければ、どんな人間関係もうまくいかないのです。

また条件つきの愛で、役立たないと愛されない、、、犠牲にならないと愛されない、、、と思っているかもしれません。ほんの少しでもいいから、親から愛されていたという感覚を思い出してみたら、少しは楽になれるかもしれません。

親から無償の愛が得られないと、等身大の自己が獲得できません。親子は、愛し愛されることで、自己愛が芽生えてきます。親に、愛されることで、子どもは正常な自己愛を獲得することができるのです。親が愛し、大切にする自分のことを、自分も好きと思うのです。自分もまた、親を好きだと思う、この相互の関係によって、周囲の人のことも、愛することになるのです。

親に愛されるのが、自明(分かりきっていること)でなくなると、愛されるための証明が必要になります。何かしないでは、愛は得られません。等身大の自分ではいられないのです。

不安や恐怖を抱えた「取り得ない自分」と、期待に応えとする「思いを描く自分」だけが、存在することに・・・人間は、親子愛とか、過剰に美化しがちですけど、子どもの人格を軽視せず責任持って誠実に向き合えば大丈夫と思います。

2020年2月15日 (土)

高齢者は転倒に注意

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老人に多い骨折に、気をつけたいものです。

私たちのシニアグループに、腰に関係する骨折する人がいて、好きなグランドゴルフ、ゲートボールが出来ない人がいます。
「転倒しやすい」
高齢者は少しの段差でもつまずきやすくなりますが、これにはさまざまな要因がからんでいます。主な要因として、バランス障害、筋力低下、視力障害などです。
「骨粗鬆症で骨がもろくなる」
高齢になると、骨粗鬆症になるリスクが高まります。骨の量は20~30代でピークになり、その後男女ともに年齢を重ねるにつれて減少します。
食事バランスの乱れや運動不足も骨粗鬆症の要因のひとつです。また、骨粗鬆症になるリスクは女性の方が高く、男性の1.7倍に及ぶとも言われています。
「日頃から筋力とバランス感覚を鍛える」
転倒を予防するためには、高齢者の筋力とバランス感覚の低下を防ぐことも大切です。普段からウォーキングや散歩をしたり、身体を動かすことで転倒予防につながると思います。私は毎日、7000歩を目標にウオーキングしていますが、目が悪いので、階段・段差などは、注意して歩いています。

2020年2月14日 (金)

正解がない新しい時代

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老夫婦となって「どう時代に適応していくか」
どんな未来がやってくるのか?が予測しにくい時代です。どう自分らしいキャリアを歩んでいくかを考える上で正解ではなく、適応していくか、つまりその場その場での、最も適した答えを見つけていく、意識を持って行動することが大事だと思います。

人類が子孫を繁栄させてこられたのは、地球の環境に適応する力があったからです。私たちの祖先が、現状に対してどうすればいいか?を臨機応変に考え行動し続け、生き延びるための最適解を見つけてくれたから、今の私たちが存在するわけです。人類の進化、という根本に立ち返ってもそう言えるわけです。

今必要なこと
古典から学ぶこと、夫婦観にしても、今は近代の情報ばかり入ってきます。しかし、時代は繰り返すします、そして人ってそんなに変わりません。昔から人間として大事にしてきたことを学ぶこです。
そして、自分たちの夫婦を客観的に見ることができれば、また自信につながります。また今の考え・生き方・行動に他人の批評も、素直に聞き入れることです。

確かに、夫婦って、お互いの中にある夫の印象、妻の印象に苦しんでいると思います。最近冷たくなった、愛してくれなくなったとか。でも、他の人と話せば、そうじゃない現実が見えてくると思います。

2020年2月13日 (木)

春はそこまで来ています

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いま「新型コロナ・ウイルス」で世界中で大騒ぎをしている最中ですが、季節は、確実に動いています。
今の時期の童謡に『早春賦(そうしゅんふ)』があります。吉丸一昌作詞、中田章です。1913年(大正2年)に発表です。

♪春は名のみの 風の寒さや
谷のうぐいす 歌は思えど
時にあらずと 声もたてず
時にあらずと 声もたてず♪
歌詞の意味=春とは名ばかりの風の寒さ、谷のウグイスは、歌おうと(鳴こうと)するが、まだその時ではないと 声も出さない。

「春めくや 我がふるさとに 陽の匂い」

「春はまだ もう一息の 我慢かな」

「日が伸びて 三つ葉ツツジは 春隣り」

「温かき 香り深まる 梅の花」

どんなに忙しない世の中でも、季節を味合う心を、忘れないようにしたいものです。

2020年2月12日 (水)

本当の幸せとは

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富、名声、美……たしかにどれもすてきな要素ですが、これらの条件を満たしていても「私は幸せじゃない」と考えている人はたくさんいます。幸せを感じられない人は、自分と他人を比較しがちです。
富も名声も美も、比べればキリがありません。生活ランクを決定づけるお金ですら、短時間のささやかな幸せしか得られないと言われています。
つまり、世間的にいわれる「幸せ」はあまり幸福度につながっていないのです。
「他人と比べない」
他人と比べると、考えすぎてしまってネガティブな感情を抱きやすくなります。他者比較は傷つきやすく、おびえやすくなる傾向があるのです。幸せな人とは、不安な気持ちから自分の注意をそらすことができる人です。
「人に親切にする」
幸せな人は、不幸な人に比べて人間関係がうまくいっています。いったいどうしたら人間関係がスムーズになるのでしょうか。良好な人間関係を築く最大のコツは「親切にすること」です。つまり、親切にすればするほど幸せになれるということ。「情けは人の為ならず」という言葉は嘘偽りない事実なのです。

2020年2月11日 (火)

ごみ・たばこの吸殻のポイ捨ては止めてください

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私は、町内のゴミ拾いをよくします。
その訳は・・・
◎ 町内の皆さんが気持ちよく過ごせるように思いから
◎ 「割れ窓」理論から、犯罪抑止の意味から
◎ 町内を歩いて、ちょっとした運動になるから?
◎ 地域の人との挨拶などでコミュニケーションできるからです。
ゴミを拾っても、拾っても、降って湧いてくるみたいにね、、、ゴミやタバコのポイ捨てって、なぜなくならないのかな?皆さんはなぜだと思う?私は、車から道に灰皿ごと捨てる人を見かけたことがあります。こういう人がいれば、1本ぐらいいいや、という人がいてもおかしくはないのかな。。。いや! 本当はいちゃだめだけど。。。

タバコの吸い殻は自然に還る?
タバコのせポイ捨てを見かけて注意した人に聞いた話。帰ってきたのは、こんな言葉だったそうです。「自然に還るよ」「誰か掃除するからいい」それを聞いて正しいとか間違いではなく、なぜこういう考え方になるんだろうかと、????で頭がいっぱいになったそうです。ごもっともです。

そもそもタバコの販売を禁止にしたらいい。
ネットを見ていたらこんな意見がありました。「モラルのある喫煙者には申し訳ないが、そもそもタバコの販売を禁止にしたらどうか。」一方で、「喫煙所が減らされている昨今、禁止区域外での歩きタバコぐらい見逃して、ほしい。携帯灰皿を持っているので、さすがにポイ捨てはしない。」という声あるそです。
正直ここまでお金がかかって、健康に害がある因果関係もはっきりして、さらに肩身がせまい思いをするくらいなら、タバコぐらい止めればいいのにとは思いますが・・・。
ゴミひとつ考えても、高速道路のサービスエリアのゴミ箱、コンビニ内外にあるゴミ箱、市が集荷するゴミの選別、捨て方、結構すごいです。サービスエリアのゴミ箱、なんであんなに溢れるほどいっぱいになるんだろう?いろいろ考えてしまいます。
 

2020年2月10日 (月)

寛容で優しい大人

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「機嫌よくいられる人」は寛容な優しさの持ち主です。
多くのことを経験した「優しい」人は、世の中にはいろんな人がいて、何もかも自分の思い通りにいくわけではないことを知っています。だから機嫌を損ねるのではなく、機嫌よくなるように努します。

そういう人を『大人』と言うとのこと。寛容で優しい大人になりたいものです。

「最高の幸福は、富でも名誉でもなく、自分のしたいことを見つけ取り組むことなのです。」ジョセフ・マーフィー

「高齢者となっても健康でいたい」は、誰しもの願いです。
健康とは、単に病気がないということではなく、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念です。の状態・・・日本語で言うと「機嫌よくいられる」ということでしょうか・・・

それには適度な運動、腹八分目、質のいい睡眠、ポジティブシンキング、笑う、今この瞬間を生きる、良い習慣、感謝、生き甲斐、楽観的などがキーワードになります。

自然に感謝

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人類はその自然から学び、自然から恵みを頂き、自然に育てられて「今」があります。だから、昔の人達は「自然への感謝」を忘れませんでした。

これは世界中で同じだったのではないかと思います。しかし、工場による近代的な大量生産と、大量消費が始まり、人々の意識や生活が自然から離れるに従って、人々は「自然」を人間に管理されるべき「資源」として考えるようになりました。

また実際問題として、そう考えないと、人が自然に感謝することを忘れると同時に、自然に対する乱獲や、乱開発や、ひどい搾取が行われるようになりました。そして自然がボロボロになって、その自然に支えられている人間の生存にまで影響が及ぶようになって初めて、「自然を保護する」という考え方が生まれました。

でも、現代人が考えている「自然保護」は結局は人間のためのものです。自然がなくなっても人類が生き残る方法が見つかれば、博物的な価値を残すために自然を保護しようとはするかも知れませんが、それはもう「自然」ではありません。

「自然」とのつながりを失ったら、人類は「人間」ではなくなってしまうのです。自然保護区や公園や動物園にしか自然がなくなり、人工的な環境の中だけで人々が暮らすようになってしまったら、人間はその「人間らしさ」を維持することが出来なくなってしまいす。

現代人は「自然から切り離された人間」をイメージすることが出来ますが、でも、実際には人間を自然から切り離すことは出来ません。なぜなら、人間は生命活動によって支えられているのですが、その生命活動は自然との関わりによって調節され、育つようになっているからです。


2020年2月 9日 (日)

春の温もり

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老いて知る 春ぬくもり 絆かな

歳をとると、身体が思うように動かない。まして、季節の変わり目は、体調に気をつけないといけない。いま「新型コロナウイルス」は、世界中を震撼させています。抵抗力が落ちている私たち老人は、外出から帰宅したときは、手洗い・ウガイなど忘れないようにしたいものです。マスクの売れ切れとは・・・困ったことです。

春は暖かくなったり、寒い日もあったりして、暖かくなっていくものです。
私の住む地区では、このところ、核家族化が進み、近所でも私を含めて、お年寄りばかりが多くなってしまった。たまに子供が孫を連れてくるが、普段は子供の姿はあまり見られません。

近所の「ふれ合い」「きずな」を大切のしてきた。そのきずなで、人と人の心でお互いに励ましあい、助け合いが、年をとって暖かく春の温もりのように思えます。

2020年2月 8日 (土)

季節は巡りくる

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「騒がしい世にも季節は巡り来るなり」

今、世界中で「新型コロナウイルス」で、毎日大騒ぎをしています。そして日本の国会では「桜を見る会」「IR問題」で議論が続いています。

季節に合わせた生き方
今、自然界は眠りの冬から目覚め、徐々にリズムも軽やかになっていきます。動物たちは冬眠から目覚め、太陽は日に日に登場時間が長くなり、植物は空に向かって育っていきます。

自然界全体に「目覚め・始まり」のエネルギーが満ち溢れます。そのリズムの変化に合わせて、私たち人間も活動量を増やし、新たな自分に出会うための行動を積極的に取ると良い時期です。

ヨガやストレッチ、軽い散歩など、徐々に身体を動かす機会を増やしていき、冬に身体の中に溜め込んだ熱や老廃物、余分な脂肪分などを手放して、心身を軽やかに整えることです。

新たな環境に身を置いて、新しいことにチャレンジする人も多いかと思います。自分自身がどのように成長していきたいのかという自分の意思を、一度明確にしていくことです。でも、自分に厳しくなりすぎず、春の日差しのような柔らかなあたたかさで、自分自身の成長を優しく見守っていくこことです。

自然の摂理に従う生き方
所詮人間も自然の一部であることを自覚出来れば、その自然の摂理に背くことが、自分の身の破滅になるに違いないありません。まずは、悩んでも答えが出ない時は、自然の摂理に従うことです。

2020年2月 7日 (金)

日本人の心を大切にしたい

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「マナー」と「モラル」と「ルール」の違いは何でしょう?

国語辞典・辞書を調べてみると・・・
「マナー」・・・行儀。作法。礼儀。礼儀作法の事。世界的に見れば、日本は礼儀正しい社会と言われており、日本人が最優先に考える文化とされています。

「モラル」・・・倫理観や道徳意識のこと。世代や状況によって徐々に変化するマナーよりも普遍的な価値観を含んでいます。公序良俗に反しない行動全般をさします。

「ルール」・・・規則。規定。きまりです。日本が法治国家だから、三権分立で国を維持しているのです。ルールの守り方にも色々な理由があります。また、個人間のルールは信頼・会社とのルールは契約などがあります。

むかし、家風・名家の家訓というのがあって、よく使われていたと思いますが、その意味は、その家に特有の気風・習慣。その家の流儀や作法などです。

皇室の行事などの“しきたり”は、現代人では理解しにくい面もあるのですが、一つ一つの作法にも深い意味があるのです。結婚式や葬式など、その所作など簡略されていますが、庶民まで引き継がれているものがあります。

日本人の「心」・・・私たち日本人は戦後、自分たちの心を見失ってしまいました。それが今日のさまざまな、個人から社会レベルに至るまでの問題を生んでいます。

私は、日本人のマナー・ルールを考えた時、伝統の日本人の心、「思いやり」・「優しさ」を取り戻し、「和を持って尊し」の精神を大切にしていきたいと考えています。

2020年2月 6日 (木)

やるべきこと、やりたいこと、できること

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「さぁーて今日は何をするかー」朝起きて考え、結果的には不満足な一日を過ごすことがあります。
年金暮らしで「その日その日を無事に終ればいい」と考え・・・出きれば最高です。いま、平凡な毎日が送ることが難しい平凡なのです。「平凡」それは「非凡」です。
時間は大切にしたい
「やるべきこと」「やりたいこと」「できること」そして「今でなければできないこと」「今やらなければいけないこと」「後ではできないこと」があるはずだと考えてみました。

「やるべきこと=今の環境で自分の果たすべき役割」
「やりたいこと=理屈ではなく感情的に自分が望む事」
「できること=いまの自分の経験や能力から実行可能なこと」

選択肢の多い時代、何もかもが自由だと思える環境の世の中、自分が得意でやりたいことから入ってしまい勝ちです。ただ、そうするとどうしても「やりたいこと」=好きな事しかしないから、「できること」の幅が拡がりません。

今の社会は、生活が豊かになったが、精神的に未熟な人間が多くなってきたように思えてなりません。それが「無縁社会」という言葉になってきたのだと思います。環境悪化になって、人の心はますます「荒んで」きました?また「自分さえよければ」の人が多くなってきたように思います。

私は、何も予定がない日は、町の中、公園、川沿いに落ちている「ゴミ」を拾っています。私には人を説得できない口下手ですから、「ゴミを捨てないで」と上手にいえない・・・1時間拾い集めると40リットルのボランティア袋に一杯になるほどになることもあります。

「やるべきこと」を出発点としてボランティアをしていると、少しずつ「できること」が増えてくる。そうすると、新しく「やりたいこと」が見えてくる。それを実現するための力も「やるべきこと」を通じて身に付いているので、出来るようになってきます。

そうして精神的な基礎体力が出来てきた中で、はじめて「やりたいこと」に取り組み始めると、その成功に向けて、さらに「やるべきこと」に気づくようになる。そうすると、「やるべきこと」「やりたいこと」「できること」が認識され、それが人間形成につながって、社会人としての枠が拡がることにになると思います。

人間社会で生かされているが、責任があるはずです。人のために何が出来るのか考え行うことがある「支えあうことが人間社会の原点」です。それが「やるべきこと」「やりたいこと」「できること」です。そうして誰もが、今でなければ出来ないことを考えることになる。

人は一人では生きていけないのだから・・・

2020年2月 5日 (水)

自分を信じること

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自分を信じることが、幸せの近道 ・・・でも、「今の生き方でいいのか?」と考えてしまいます。
私自身、今は己の信念に従い行動しているのですが、正直しんどいなぁと思うときがあります。しかし、まず自分を信じることが大事ではないかと思っています。
「自分を大切すること」
もちろん有頂天になって天狗になるのは良くありませんが、そうかといって自分を大切にしないと、自分を変えることもできないのです。
「私なんてダメな人間だ」と思えば、どうしても何かしようと思うとどこからか「お前はこんな人間じゃないか」とか「背伸びするなよ」みたいな無意識のブレーキがかかってしまう。
そうなると、周りの忠告、その多くは単なる「やっかみ」というか「嫉妬」が自分に対する忠告のように思えてしまう。

そうだ、「あの人の言うことは正しい、私の考え方が間違っているのだ」みたいな・・・そうなってしまうとますます自分で動けなくなる。でも、「自分自身を幸せに出来るのは自分だと」最近気づいたのです。

今頃気付くなよと言われそうですが、自分のことって判っているようで、案外判っていないもの、なのではないでしょうか。。。だからこそ、迷うのでしょう。

自分を信じること、それが己の幸せに繋がり、その幸せで周りを幸せに出来るのです。まず自分を愛すること、そして自身を大事にする・・・そうすることで、初めて周りを幸せに出来ると思う。

2020年2月 4日 (火)

人が住みたいと思う町

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子どもたちが、この町にずーと住み続けたいと、思えるる町に。。。

私は、この町の農家に生まれ、育ち、今もこの地(八王子市片倉町)に住んでいる、いわゆる土着者です。今住んでいる私たちのまち、片倉町にも歴史があります。

片倉城、湯殿川・兵衛川そして、かっては、シルクロード(絹の道)・横浜街道といわれた国道16号です。そして、戦争の怖さを知って育ち、JR横浜線の片倉駅・京王線の開通と京王片倉駅の開設を見て、学校を卒業・就職・結婚・子供・孫もいますが、今は老夫婦で暮しでいます。

顧ますと、「ふるさと」とは、場所そのものというより、そこに住む人たちの心の中に宿るものなのと思います。ですから、人それぞれであると言うことであろうと思います。

いま、子どもの頃の住んでいた、自然環境が懐かしく思い出されます。子ども達は身近な地域の中で、豊かな自然や地域の人々との触れ合いを通して、創造する、工夫する、困難を克服するといった機会を得ていました。

また、子ども達は、屋外で遊ぶ際に自ら遊びを考えたり、遊びのルールを友達同士で取り決めたりする経験を重ねるなかで、周囲と協調することや規範意識を遵守することの重要性を直接学んでいたのです。

最近、自己中心主義大人(自分さえ良ければいいとの考え)が多くなっているようで、先行きが危惧されます。自然を取り戻すには大変な時間と労力が掛かります。一人ひとりの心がけでが大事です。そして、私たちに町の歴史を学び、今ある環境を守り、未来へ引き継ぐことが大切です。

「私たちのまちは私たちで守ろう」

人に自然に優しく・・・このまちに住んでいるみんなで、安全・安心で、みんな笑顔のまちにしていきましょう。そして、未来につなげていこう。

2020年2月 3日 (月)

今を生きる

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shibutoge6[1]

全ての人に過去があり、今があり、未来があります。
一人の人生の過去というのは、生まれてから現在に至るまでですが、この間にいろいろな経験を積んでいます。

今現在を前向きに生きれば、過去の経験は、反省と感謝の気持ちに変わります。今まで失敗したと思っていたことや、後悔していることでも、今を精一杯に頑張って、前向きに生きれば、それらの過去のことは、未来に向かう、貴重な体験となるのです。

そういう過去があったからこそ、現在があるのです。そうすれば、今まで悪いと思っていたことが、本当はよかったのだと思えるのです。過去はもうすでにどこにもなく、今の心の中にしかないからです。

この過去の経験を、反省と感謝に変えられるのは、今を精一杯に生きることなのです。

最高の人生を送るためには、今現在を精一杯に頑張って、前向きに生きて、素晴らしい結果を出すことです。今を精一杯に生きれば、自分の人生において、本当にやりたいことを、見つけることができるのです。

人生において本当のやりたいことが定まれば、それが目標になり、その目標実現のための行動計画を立てるのです。人間は、魂の底から出た自分の本当の本音に対しては、それをやり遂げるために、どんな困難が待ち受けていても、自分を奮い立たせることができるのです。

 

2020年2月 2日 (日)

理性と感情のバランス

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07rose_ame2[1]

動物と人間の違いは何?と聞かれたら、「理性」だと答えるだろう。では、機械と人間の違いは何?と聞かれたら・・・「感情」があることだと答えます。
 
「理性」と「感情」、どちらが「人間らしさ」の本質なんだろうか?
 
「理性と感情のバランス」
最善の決断は理性から生まれると信じている人がいます。しかし、感情をまるで考慮せずに決断を下すのは必ずしも効果的とは言えず、むしろ可能ですらないかもしれません。
 
理性を忘れて感情だけで決断を下すことも良い結果を生みださないでしょう。だから、一番良いのは理性と感情を組み合わせて決断を下すことです。理性的な部分と感情的な部分の良いバランスを見つけることは、より良い決断を下すためのカギとなります。
 
同時に、この「バランス」は人生の経験や過去の過ちの賜物です。はじめにできる賢い決断は、理性と感情を相反させないことです。よく考えてみれば、ほとんどの場合、心と精神は同じ方向に向かっていくものです。しかし、私たちはよく理性と感情を別々にしてしまうことがあるようです。
 
「理性的に考えて、感情的に行動する」
これが目標を達成する上での大切な考え方と思っています。そして、人は、この2つの心の働きを同時に持っているので、そのバランスをコントロールすることが大切です。一般的には、若いときには感情が強く、そして、年齢を重ねるにつれて感情を押さえることが上手になるようです。
 

2020年2月 1日 (土)

魂を磨くとは

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生きる目的・・・「魂(心)を(磨くことです。言葉を換えれば、人格を高めるということです。人間性を豊かにし、美しい人間性をつくっていくということです(稲盛和夫氏)。」

どんなに立派で美しい虎の皮に身を包んでいたとしても、その内側に、肝心の魂が入っていないのでは、意味がない。人というものは中身、すなわち心がいちばん大切なのです。

年齢を重ねて、周囲から尊敬されるかどうかは、社会的な地位や財産の有無などではなく、人生を歩いた中で得てきた「付加価値」に起因しているところが大きいと思います。

「付加価値」とは、目に見えないものだけに説明が難しく、しかも短時間で得られるようなものではありません。たとえば、内からにじみ出る「さわやかさ」「つややかさ」「センスのよさ」など、その人が苦労したり、遊んだり、失敗したりして、生きてきた経験の積み重ねが、人間的魅力として光り輝いてくるのです。

そして、自分のいまある命は、ご先祖のおかげで、良きにつけ悪しきにつけ、生かされているということは 認識すべきことです。

そんな中で、自分には何ができるのかを考え、挑戦する人生で、あり続けることが大切で、それこそが、ご先祖や家族、周りの人々、そしてなにより、自分自身に対して有意義な人生を過ごせる秘訣ではないでしょうか。

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