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2019年12月

2019年12月31日 (火)

大晦日に思う

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自分の幸せの形は・・・何もないようで「ある」

それに気づける、洞察力・・・

その力があるだけで、人生の彩りは豊かになる。

理不尽な事もたまにある・・・だけど笑顔を忘れない。

当たり前の事をしっかり楽しむ。

心と時間の余裕を持つ。

人間の豊かさ、幸せを図るのは人それぞれ・・・

心に余裕のある人は、とても魅力的に見えるものだ。

同じような忙しい環境にいても・・・

あくせくしてしてしまう人、落ち着いていられる人がいる・・・

実はその差は、ちょっとした心がけの違いだけなんだ。

少し意識を変えるだけで、心の余裕は誰でも作ることができる。

年を重ねて大事なことは「マイペース」で生きることだ。

2019年12月30日 (月)

共生の社会に生きる

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「自然との共生」、「地域との共生」という言葉は最近、多く聞かれるようになりました。

「共生」とは、「共に生きる」ということです。直訳すれば「自然と共に生きる」、「地域と共に生きる」ということになります。つまり、「人間は天地自然の恵みの中で生き生かされているのだから、自然を大切にし、自然のサイクルに合った生き方をしましょう」ということです。

私たち人間は「人は一人で生きているのではありません。家族をはじめとして、隣近所、地域の人々と係わりながら生きているのだから、その関係を大切に、助け合いながら生きましょう」ということになるです。

特に、環境問題が注目されるようになってからは、さまざまなものとの共生が唱えられるようになっています。こうした例でもわかるように、近年言われている「共生」はこの時代の中での「共に生きる」ということを強調していると言えます。

今の世の中「自分さえ良ければの思想」が多くなっています。

「自分だけ得をすればいい」 自分の権利は大声で要求するが、「他人を助けるために自分が損をすることは許せない」・・・それは国が負うべき責任で、個人がすることではない、とハッキリ言う人もいます。

こういう精神の貧しい世代が、日本に増えすぎているように思えます。それは本当に終戦の苦しいことを知らないからと思うのです。助け合い・励ましあって生きられるのです。「共生」という言葉をもう一度考え直して欲しいと、強く思います。

2019年12月29日 (日)

高齢者となって「生きがい」

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人は誰でも、何らかの「生きがい」を持つことで、人生の価値や意味を見い出そうとします。

辞書によれば、生きがいとは「生きるはりあい。生きていてよかったと思えるようなこと」と定義されています。つまり、人にとって「生きる価値や意味」を与えるものである、と捉えることができます。

「生きがい」という言葉の使い方としては、「生きがいを感じる」というのが一般的であり、主観的な感情を表す用語であるともいえます。

したがって、何を生きがいと感じるかは人によって様々であり、一概に定義できるものではありません。人によっては「生きていく上でのはりあい」というやや消極的なものから、「人生をどう生きていくか」というその人の人生の根源ともいえるような積極的なものまで、さまざまな捉え方があると思います。

高齢者の生きがい
ある資料では・・・
高齢者が「生きがいを感じるとき」について見てみると、孫など家族との団らんの時(48.8%)が最も多くなります。一方で、前回調査した5年前と比較すると、「仕事に打ち込んでいる時に生きがいを感じる」と回答した人の割合は減少しています。

「町の清掃活動」
私は、「地域社会に奉仕する」ことで、“生きがい”を持てるように思っています。「町の清掃活動」です。それには多少の犠牲的精神が必要ですが、歩くこと・多くの人と挨拶・会話が出来ることです。小学校のお子さんから、杖をついて歩くお年寄りまで、地域の人のコミュニケーションがとれて、「幸せ」を感じます。
それが心身共に健康維持になっていると信じていなす。

2019年12月28日 (土)

自然体で生きる

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私たちの日常生活での自然体とはと考えると、それは力まず、心穏やかに生きることだと私は思います。とはいえ、頑張らないこと、感情的にならないことが自然体ではありません。

武道にも「静」と「動」があるように、私たちの心にも「静」と「動」のメリハリがあります。それは、ひとたび力を発揮するときには集中できて、感情的になってもすぐに元の穏やかな静の心に戻れることです。それが基本としての「静」である、自然体に戻ることかと思います。ですから自然体という言葉は、生物としての自然な姿を意味するのです。

頑張らない自然体の自分を認められない

私たちはどだい、頑張らないと自分を認められなくなっています。それは何も頑張らない自分に対して、評価してあげれないのです。頑張らずに力を抜いて、自然体で力を抜いて生きることが、まるで悪いことであるかのように無意識に感じているのです。それでは、ただ怠けているだけじゃないかで、無意識に思ってしまうのです。だからこそ、生き急いで、いつまでも走り続けなきゃって必死になるのです。

自然体で生きる意味

自然体で生きるとは柔らかい自分、頑張るとは「頑」を「張る」と書くように、自分の思いを頑なに主張することだと言えます。
それは物事に固執することや、執着することと同じです。こうでなくてはならないという、頑な心を主張するようなものです。ですから、何事につけても簡単にショックを受けます。自分の頑な思いや考えに合わないことに対して、葛藤が起きやすく受け入れられなければ、すぐにショックを受けてしまうのです。
そして心が折れるのです。「頑なな心」は「硬い心」にも通じるので、心が折れる原因にもなります。でも自然体の心なら、何事にも対処できる柔軟性と余裕があるので、心が折れることはありません。

自然体で生きるとは安心すること

自然体で生きるということは、安心して生きるということです。それは心理的な意味で、何の不安もない、心静かな時間を持っているということ。頑張り続けていたり、生き急いでいるとき、私たちの中には常に不安があります。心がざわついて衝動的に動いており、心が不安に捕らわれているのです。
でもその不安は、頑張り続けることでも、生き急ぐことでも解消できません。出来たと思ってもほんの一瞬で、すぐにまた不安に襲われるのです。その結果、ずっと走り続けることになります。

2019年12月27日 (金)

人生最終章の生き方を考える

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歳をとると、身体的機能が落ちることに、自他共に認めざるを得ないことに痛感する・・・昨日、所要で一人で電車で出かけたのですが、電車の乗り換えに、階段の上り下り・・・電車内で「お座りになりませんか?」言われて・・・

「私も歳をとったんだー」

気力・認知・体力の減退は、自然の法則で・・・人生の最終章を生き方考える・・・

◎ 今、動かせる身体の機能と知的働きを活かす。
◎ やっておきたいこと(生きる目標)を絞る。
◎ 他者のために役立つことをする。
◎ いろいろな人々との「出会い」の幸運をかみしめる。
◎ 懐かしい思い出は「心のゆりかご」。深く味わう。
◎ 短歌や俳句を詠む。
◎ ユーモアの心を忘れない。
◎ 次の世代に遺すものを考える。

2019年12月26日 (木)

言葉より実行

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日本のことわざに「不言実行」という言葉があります。

「不言実行」とは「口では何も言わないが、行動はしっかりしている」という意味です。その人の本当の考えや気持ちは、口からではなく、行動からわかるということです。

普段の行動から存在感もにじみ出てきます。「必ずやります」と言っている人でも、実際の行動が伴っていなければ「嘘つき」と言われます。しかし、口で何も言わなくても、実際の行動がしっかり取れる人には、存在感を抱いてしまうのです。

本当に優しい人は、自分で自分のことを優しいとは言いません。本当に優しい人は、困っている人を助けるときにわかります。「私は優しいんですよ」と自分で言っている人は、たいてい困っている人を見ても、見ているだけです。

『不言実行』とは、ああだこうだと理屈を言わないで、自分の信じること、するべきことを黙々と行うことです。

『有言実行』という言葉は『不言実行』から派生したものですが、不言実行だと、こそこそ隠れて努力するのがかっこわるいなんて意見も聞いたことがあります。そう言う人は有言実行の「言ったからには実行する」という心意気を好きだということでしょうか。

私は誰かに宣言しなくても、黙々と実行できる不言実行の芯の強さが好きですが・・・『できない』ことを見つめ直すと、できないのではなく、やらない言い訳を無意識に探していて、結局は『やらない』『やりたくない』のだという結果になるのです。

2019年12月25日 (水)

人生 楽もありゃ 苦もある

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♪人生 楽ありゃ 苦もあるさ~

水戸黄門様の歌にもあるように、人の世は楽だけとか、苦だけということはありません。「楽の影には苦が潜み、苦の後には楽が待っている。」苦があるからこそ楽があり、楽があるからこそ苦があります。

苦のまっただ中にいる時、あるいは楽のまっただ中にいる時、人はつい苦楽のもう一方が存在することを忘れてしまうことがあります。

苦しい時は、苦しさばかりで頭がいっぱいになり、つい失敗が増えていき、結果、苦が苦を呼んでしまうという悪循環に陥りがちです。楽しさにおぼれ人生の道を踏み外してしまう、というような事もあります。

♪歩いてゆくんだ じっくりと~ 
 自分の 道をふみしめて
 くじけちゃ 誰かが 先にゆく
 あとから 来たのに 追い越され 
 泣くのいやなら さぁ、、、歩け~♪

苦も楽もあまり深追いしないことです。苦も楽も所詮は人間の主観であり、時と共に流れゆくものです。ですから、苦にあったら苦を受け、楽にあったら楽を受け取る。。。

そんな自然体の広い心のスタンス・・・これが、苦楽の中にあって苦楽を超える仏の心に通じているように思います。

2019年12月24日 (火)

気をつけたい年末年始の行動

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2019年・・・早くも後一週間となりました。私の身の回りにもいろいろありました。来年こそは・・・いい年を迎えたいと思いつつ・・・若い時には考えられなかった83歳になります。

この時期になると、樋口一葉の「大つごもり」を思い出します。今の世の中でも、貧富の不公平さはありますが、愚痴を言ってても仕方が無い、不自由はあっても、生きていられることは・・・「幸せ」と思い、先祖や、周りの人達の皆さんに、感謝を忘れないように勤めなければ・・・。

これから何歳積み上げられるか分かりませんが、まづ年末年始を無事に過ごし、感謝の心を忘れずに、来年も社会に、奉仕が少しでも出来るように頑張りたいと考えています。

自分自身のための標語
「令和最初の 年末年始  安全 健康 心に誓う」

「無理せず 無視せず 油断せず 年末年始を過ごそう」

「つづけよう! 心にゆとり 身体に休息」

「焦る気持ちに潜む危険 どんな時も落ち着いて 一日一日心して」

2019年12月23日 (月)

同じ目線で話す

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私たちは、自分の年齢とともに、知らず知らずのうちに物を見る目の高さが変わってしまっていることに、気づかないことが多いようです。

親にも子供の時代がありました。ですから、子どもの気持ちが分かるはずなのに、実際には分かっていないようです。それは、「子どもの目の高さより高い所から見おろしているからだ」と指摘する人もいます。

賢明な親は、子どもに何かを言い聞かせるときは、膝を折って子どもと同じ目の高さになり、目を見つめて話をするといいます。

すると、子どもの気持ちがよく分かり、話し方も優しくなって、子どもも納得するということです。子育てでも相手の立場を考えて、理解しようとすることが大切です。

上から目線の人
自信がなく、「嫌われたらどうしよう」「相手にされないかもしれない」といった怖れや不安の強い人です。そうした心理を理解して、一歩引いて観察してみると、イライラが収まってきます。

また、上から目線の言動にイラッとしたら、自分も相手に対する競争心や劣等感がないかチェックしてみると発見があるかもしれません。自分も上から目線にならないように気をつけながら、上手に付き合っていくことです。

 

 

2019年12月22日 (日)

超高齢化時代をどう生きる

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子供には頼らない」
昔のように、三世代家族が普通の時代では、親は、子に死に水を取るのが当たり前であったのですが、今の時代は、核家族化が普通で「死に水を取る」ということは考えられません。(死に水を取るという言い方は臨終の際にお水をあげることだけではなく、死ぬまで看取るという意味です。)

むかしは歳をとれば、子どもがいる人は、子どもが死ぬまで面倒見てくれるだろうと、漠然と考えていたでしょうが、ところが超高齢化の現在ほとんどの老人は、老人ホームに住んでいます。

子どもも、歳をとり自分自身のことで精いっぱいです。また年金暮らしでは、生活に余裕はありません。年老いた親と長く暮らしてくれる子どもは少なく、やがてデイサービスに・・・その後老人ホームに移されるパターンになります。

「健康で長生きしたいは・・・みんなの願いです。」
100才以上で元気な方も、確かにいますが、幸せかどうかは本人に聞いてみなければわかりません。また自分が健康で長生き出来るかどうか心配は増すことでしょう。

いろんな方法があると思いますが、ありすぎて、どれが正しいのかわかりません。それでも命がある限り生きて行かなければなりません。それが真実であり現実と思います。

「年寄りはどう生きるかが問われる時代」
お金は自分のために使うことです。そして煩わしいことは遠ざける・・・断ることも大事です。なかなか断れず結局・・・後悔することに・・・これからは、自分の体力に応じて社会貢献を心がけ、体力維持に気をつけて、好奇心いっぱいの年寄りを目指し、生きて行きたいと思います。

2019年12月21日 (土)

人生には終わりがある

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加齢により心身が老い衰えた状態」のことを英語で、フレイル「Frailty」(虚弱)といいます。

高齢になるほど体力は落ちます。高齢になると体力・気力・が落ち、歩きでも歩幅が狭くなりスピードが遅くなります。そして、社会との関わりそのものが薄れてしまったような心細い気持ちになることもあります。

人生に終わりがある
終わりがあると意識することで今を大切にできます。体力にも気力にも自信がある若い頃には、時間の使い方や自分の健康についてもあまり深く気に留めることはありませんでした。でも少しずつ体力が衰えてきたり、やがて自分にも老いが近付いてくるのだと気付き始め・・・不安になってきます。

しかし、何事にも限りがあると気付くからこそ、有限である時間の使い方や健康な身体の有り難さ、周囲の人々との繋がりの大切さについて改めて見直すことにも繋がります。自分が今持っているものの価値をわかっている人ほど、何気ない毎日を丁寧に暮らすことができるのかもしれません。

自分らしい『幸福論』を見つける
経済面や健康面から考えれば、加齢の現実には厳しい部分もたくさんあることは否定できません。でも、若い頃から積み上げてきた経験、磨いて来た感性は、年を重ねてこそ生き方そのものに活かされます。

肩の力を抜いて人生を楽しめるのは、まだまだこれから。そんなふうに考えながら、自分らしい幸せの在り方をこれからゆっくり探して見ようと思います。

 






 









2019年12月20日 (金)

長寿の課題

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私も実感するのですが、老化が進むと、体力も気力も衰えてきます。
何をしても、疲労の回復力も低下します。そして、動作がとろくなり、 つまずいたり、転んだりします。

また、加齢とともにさまざまなことが悩みとなります。老いにともない、物忘れがひどくなり、病にかかりやすくなり、快復力も衰え精神的に気弱になる・・・そして、やがて自分で何ごともできなくなり、他の人の力を借りなければ、生活できなる・・・ということです。

しかし、老いることで悪いことばかりではないはずです。年の功で、人生経験が豊かになり多様な判断能力が身について、なにごとにも偏らずに多角的に理解しようとします。

相手の気持ちも受け入れようとする寛容な気持ちの余裕もできて・・・自己本位の思いを抑えて、相手の立場に立って理解する・・・さらには人を押しのけて、進むことよりも協調性を重んじたり、対決軸を持とうとしなくなります。このような「老人力」をどのように社会的子孫繁栄のために発揮するのか、これが長寿の課題と思います。

心の鮮度を保つ
いつも心の鮮度を保つことが大切です。そのためには、「心が感動するように行動せよ」ということです。そして、「あなたの存在が必要なんです」と・・・そう言われるような人間関係が、できるように頑張りたいものです。

2019年12月19日 (木)

郷土愛

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「郷土愛」とは、住民が自らが育った地域に対して愛着ないし忠誠を抱く思想、心情である。(ウキぺディア)

郷土愛・・・『将来、生まれ育った郷土に住む、住まないにかかわらず、郷土のことを誇りに思い、大切に思う心をもって生きていくこと』と捉え・・・先人の思いや努力を知る(道徳)・地域の先輩の話を聞き、体験活動を行う・地域や郷土について考えること・・・そして次世代に引き継ぐという考えが大事と思います。

「郷土愛」というものは地域社会・コミュニティーで培われる地域固有の言葉、伝統芸能、生活様式、自然環境などをその地に住んで取り組んでいく中で愛着を育み、どうにか次の世代へ継承していこうという思いであり、行動することなのではないでしょうか。

人は誰しも故郷を持っています。そしてあふれるばかりの愛着を抱くものです。郷土から受けた無限の恩恵を思う時、人々は襟を正し少しでも郷土に報恩しようと思うことです。

また、故郷を離れた人々も、心に故郷を大切に心にしまって、故郷を辱めない人間になろうと励む・・・故郷を愛する心からの「立志」は純粋で明るいものです。

私は、地域社会、地域文化がある意味特有であり、継承する人が少なくなってきている現状を踏まえ、失ってはいけないという危機感を持っています。

高齢者の社会貢献

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社会貢献をしている高齢者ほど、長生きし、寝たきりや認知症にもなりにくいと思います。

高齢者の社会貢献は社会のためだけではなく、自分自身の健康維持にもなり得るのです。超高齢化社会になる地域社会で、社会貢献できる高齢者がいるかが課題なのではないでしょうか。

超高齢者は幸せ

認知機能も身体機能も、年をとれば悪くなります(私も実感)。ところが日常の生活では、老人の方が若者よりも成績がよかったり、機能が低いのに生活に適応していたり、幸福感が高かったりすることが往々にしてあります。

幸福感が高い理由として
◎ 残された時間が短いことを自覚しているので、無意識のうちにポジティブなことに目が向きやすい。
◎ 自分の力で外界を変えることができないので、自分の考え方を変える二次的コントロールを行っている。
◎ 意識的、無意識的な適応戦略がある。

超高齢者が幸福を感じるポイント
幸福を感じるための条件は「自己決定」です。「自己決定=自律」が保たれていれば、「自立」できていなくても幸せを感じられます。
だから、「最晩年には、人は必ずといってよいほど、自立できなくなる」・・・を、自分の意志でなにかをしていると思うことができる、つまり「自律」が保たれていれば、幸福感はなくならない。幸福なら、生きる意欲も失われないと思います。

2019年12月18日 (水)

毎日ゴミ拾いをしています。

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私は、毎日、私たちのまちの公園・歩道・広場などのゴミを拾っています。
ある日、中年の奥様より、「なぜ、毎日そうじをしておられるんですか」と問われました。私は 「町がきれいになればみんな気持ちが良くなると思うからです。」 と答えたのです。

奥様は「ありがとうございます」といって立ち去りました。
なにか清々しい気持ちになりました。「ごみをひとつ捨てると 大切な何かをひとつ捨てている」「ごみをひとつ拾うと 大切な何かをひとつ拾っている」

「落ちてるゴミを拾いましょう!」
「誰も見ていなくても、勇気を持って恥ずかしがらずに、自分の意思を貫いて行動に移す・・・町の人に挨拶がするようになり、コミュニケーションが取れるようになります。

これが習慣化されて・・・何か自分に自信がつき、「生きがい」の一つとなっています。多くの人に、私のゴミを拾う姿を見て、ゴミは捨てないように、しなければと思って頂ければ幸いと思ってます。

地球環境問題を考える

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経済発展の対価に環境破壊は進んでいます。COP25で、日本がブラジルと「化石賞」いただく・・・小泉大臣は二酸化炭素の排出が多い石炭火力発電を巡って具体策を示せず、各国から批判を集めていました。

日本のみならず、今後の人類にとって地球環境問題は大きな課題であることは言うまでもありません。数年前からよく報道されるようになった大雨による災害、日本における台風19号・竜巻の被害、海外では熱波にさらされるヨーロッパや、雨が降らないオーストラリアの山火事など、毎日テレビをつければ必ずと言って良いほど異常気象のニュースを目にします。

これらの問題が地球温暖化の影響によるものか。識者の方々は日々研究に明け暮れているのです。

では、そもそも地球にとっての環境問題とは何なのか。それ現代で叫ばれている「地球温暖化」や「生物多様性の劣化」などといったものであると答えられるほど単純な話ではなく、もっと根幹の部分に触れていかなければ解決への道は開かれません。

根本的に地球環境の問題に直結する要因は、今回の話では「リスク」と呼びます。要因とは言うものの、我々の経済活動によってリスクが生まれるのか、リスクが生まれるから新たな問題が起こるのか。どちらが先なのかは判断が難しいところです。

現在、社会科学的な問題を除いて、私たちの環割に存在するリスクは7つあると言われています。
① 資源の枯渇
② エネルギーの枯渇
③ 生物多様性の劣化
④ 食料の分配
⑤ 水の分配
⑥ 急激に増える人口
⑦ 地球温暖化に代表される気候変動

一見独立してみえるこれらのリスクも、よく考えてみるとそれぞれがひと繋ぎになり得る問題ばかりです。例えば、①資源の枯渇が進めば、②のエネルギーの枯渇に繋がります。

その反面、人口が爆発的に増えていることに対し、生産性が追い付いていないため、食料と水の分配はシビアなものになってきます。しかし、生産活動は続くため、多くのCO2が排出されており、地球温暖化は進むばかりです。全ての問題はリンクしているのです。

2019年12月17日 (火)

縁とは・・・

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『「縁」とは不思議なものだー』
縁とは・・・「因果」つまり原因と結果の間にあるのが「縁」です。原因は縁によって結果となるということです。『「縁」は選べる』一言で言えば、万物の潤滑油のようなものです。

諸行無常・・・万物は一瞬一瞬変化していますがその「変化」の動向や実態はその「縁」によるのです。変化は全て「縁」次第という、いわば「変化」の潤滑油に当たるのが"縁"ということになるのです。

「変化」とは何か・・・変化とは万物の一つ一つに具わったエネルギーの移動によるものです。変化は全てそのものに具わったエネルギーがあります。「ある」というより、その「もの」自体がエネルギーと言った方がよいかもしれません。つまり存在=エネルギーということです。

例えば、変化として分かり易いのが「老化」です。人は時間と共に老化しますが、老化という「変化」を考えた時に、それは新陳代謝によるエネルギーの損失による変化です。そしてやがて全てのエネルギーが尽きた時にその「存在」も無くなります。それがすなわち「死」です。

 

2019年12月16日 (月)

私は今「幸せ」です

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私は、今82歳で「本当に幸せ」です。なぜって?「自分で好きなことができ、健康で自分の時間が持てるからです。」

人が幸せだと感じるのはどんなときでしょうか?シンプルな質問ですが、人によってこの答えは変わります。人によって生きる人生が違えば、自分の持っている価値観もそれぞれです。自分が幸せだと感じることも、人それぞれになります。

幸せって何か?・・・すべての人に共通する答えも存在します。それが「好きなこと」です。

自分が「好きだ・・・楽しい」と感じることは、それだけで誰しも幸せにさせます。なぜ好きなのかはわかりません。誰しもが、今これが好きだと感じることは、なぜ好きなのか自分でもよくわからないはずで・・・どういうわけか、これが好きといった感覚です。

やっていれば無条件で幸せになれ、妙に元気になってしまう。それが自分の好きなことだと思います。人間には見栄やプライドがあります。他人に評価されるからやっているとか、褒められるからやっていると、周りの目を気にした動きになります。

しかし、本当に自分が好きだと感じることは、自分しかわかりません。答えは常に、自分の中にあるからです。周りの人に褒められるからやっているということは、本当に自分の好きなことではありません。周りの人の意見は無視して、自分の心に本当に素直になることです。

2019年12月15日 (日)

穏やかな心で生きる

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「生きるのが辛い」・「人生に疲れた」

常に誰かと比べられ、より良い結果を求められる世の中です。認められるために頑張っても、たった一度の失敗ですべてが台無しです。「まるで一度の間違いも許されないような緊張感の中で暮らしている。そんな生き方では誰だって疲れてしまいます。

穏やかな心で生きるために「競わない生き方」を目指すことです。
私たちはいつも比べられて生きてきました・・・常に勝った負けた、上か下か・・・そうやって誰かと比較されてきた。。。走り続けないと負けてしまう・・・立ち止まったら追い抜かされる。。。心は休まらず満たされないまま、虚しいだけの競争をずっと続けてきました。

82歳を越えて・・・本当に心身が疲れを感じ、生きることが辛いと感じるようになってしまいます。もう、そんな苦しいだけの生き方は終わりにしたいと思います。

穏やかな心で生きとは・・・
幸せは向こうからやってくるものではありません。ましてや人から与えられるものでもなく、幸せは自分で見つけるもの、感じ取るものです。私たちの身のまわりには、すでに「小さな幸せ」で満ち溢れています。

それに気付けるようになることが、幸せになる近道なのです。すぐそばにある「小さな幸せ」を今日から見直すことです。私は普段から、心が穏やかになるっていうことは、人の心を大切にして、相手に温かい関心を寄せることだと思います。

2019年12月14日 (土)

生かされていることに感謝

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私は、最近生かされていることに、もっと感謝しなければ・・・心を戒めています。

私たちは、充実した毎日を過ごしているでしょうか?今では医学も進歩し、昔より人の寿命が二倍近く長くなっています。しかし、ただ単に長くなった命を喜ぶのではなく、むしろ長くなった命を、いかに充実した日々とするのか、いかに生きるかという事に「こころ」を置くべきと思います。

言い換えれば、時間の「量」から「質」へ転換することが大切なのです。「一瞬一瞬が大切」なのです。と言い換えてもいいのかも知れません。とは言うものの時間の質を高めることは、正に「言うは易く行うは難し」です。

ではどのようにして「質」を高めるのでしょうか。例えば、大半の人は一日の生活サイクルが決まっています。その生活サイクルの中で、無意識のうちに過ごしている多くの時間に、いかに意義を与え、見つけてゆくかを考えるのも一つではないかと思います。

このように時間の「質」を高めることは、案外「何でもない」または「つまらないこと」に意味を与えていくことになりますが、生かされていることに「ありがとう」の感謝の気持ちを持つことで、はじめて充実した意義のある生き方が見えてくるのではないでしょうか。

つまり、ただ単に流れていく時間を「自分らしく」有意義に過ごすことなのです。今ここにこうして自分がいるのは、自分だけの力ではありません。多くの人に支えられ、そして、両親をはじめとする御先祖様の色々な思いを託されて生かされているのです。その事に「ありがとう」と素直に言えるようになりたいものです。

2019年12月13日 (金)

その志は暴力には屈しない

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本人医師・中村哲さん「その志は暴力に屈しない」です。

ペシャワール会の中村哲医師が戦争、飢餓、旱魃・・・アフガンの人々と共に歩み、取り巻く不平等に立ち向かい続けた、アフガニスタンで何者かに銃撃を受け、死亡した。

「2019年12月4日、アフガニスタンの東部ナンガルハル州の州都ジャラーラーバードにおいて、車で移動中に何者かに銃撃を受け、右胸に一発被弾した」・・・ニュースはショックでした。

アフガニスタンで、緑化事業などに取り組んでいた中村哲医師が殺害されたのです。中村さんの活動は、戦争や内戦がもたらす恐怖と悲惨のすぐ傍らで続けられてきました。文字通り命懸けの「丸腰の途上国支援」だったのです。

西日本新聞社説(12月5日)抜粋
アフガニスタンの人々は日本に親密な感情を抱いている。中村さんは自信を持って、そう繰り返してきた。「戦争をしない平和な国」というイメージが友好関係の下地にあるとも話していた。それだけに、安倍晋三首相による安全保障政策の転換には強い懸念を示してきた。

中村さんは、武力や軍事力で自分を守ることができるという考えを「迷信だ」と一蹴していた。「暴力に対して暴力で報復するのではなく、人が餓死するような状態を解消しなければテロは根絶できない」と強い口調で語り、アフガン復興に全てをささげて取り組んだ。

「平和の維持には戦争より勇気と忍耐がいる」非業の死を前に、私たちは中村さんから託された、このメッセージを決して手放してはならない。

2019年12月12日 (木)

無形資産を増やすこと

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人生100年時代・・・人間的に価値を増やすには・・・「人間だからできることをすること」と「有形資産だけでなく、無形資産を増やすこと」です。

超長寿社会で必要な“無形資産”とは・・・「価値の高い知識、いい仲間、いい評判」・・・リンダ・グラットン(人材論、組織論の世界的権威。ロンドン・ビジネススクール教授。)

「私はこういうものです」・「こういうスキル(教養や訓練を通して獲得した能力)を持っています」とはっきり言えるようになることです。またスキルも、現在の仕事に役立つものだけでなく、将来の仕事にも活かせる「発展性のあるスキル」を持つ必要があります。

ですから、100歳人生に備えるにあたって自分自身に問うことは、「価値の高い知識を増やしているか」「仲間といい関係を築くために時間を割いているか」「いい評判を作っているか」です。

「人間だからできること」というのは、人に教えたり、やる気にさせたりする等の創造力や問題解決力、共感力や社交力、認知能力や状況適応力等の活用です。

人間だからこそ持っているこうした力を活用しながら、お金等の有形資産だけでなく、無形資産も増やすことがポイントです。

2019年12月11日 (水)

話し上手は聴き上手

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コミュニケーションにおいて大切なことは『上手に話すこと』それ以上に『上手に聴くこと』です。

「聞く」と「聴く」の違い・・・『広辞苑』(岩波書店)・・・広く一般には「聞」を使い、注意深く耳を傾ける場合に「聴」を使う。

聴くことが話すことよりも大切だから、私たちには耳が2つあり、口は1つなのかもしれません。上手な聴き方は、話上手となり、信頼に繋がるものと思います。

話しがうまいと思ってもらうには、聴き手が、話し手の話に、納得し、共感してもらうことが必要です。そのためには、話し手は、聴き手が考えていることや感じていることに沿って話をしなければなりません。

つまり、聴き手の感情や思考をつかんで、それに沿って話をすることが、話し上手の前提になるわけです。聴き手の感情や思考をつかむには、当然ながら、まず聴き手の話を聴くしかありません。

まず、「相手の話を相手の立場に立って聴いて、相手が何を考え、何を感じているのか、しっかりつかむ・・・そして、つかんだ相手の感情や思考に沿って話をする。」そうすることで、話し上手になれると思います。

しかし、相手の話を聞くということは、実際はなかなか難しいです。人間は本来、話したい、という欲望がありますし、相手の考えよりも自分の考えを優先して考えがちだからです。それは日常会話でも端的に表れます。

私は「相手の話を、相手の立場に立って聴き切り、それから自分の話をする。」・・・基本と考えます。



2019年12月10日 (火)

自然と共生を考える

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「自然と共生」・・・人間は、自然と共生していかねば、生きられない動物です。

人と自然が共生していくためには、各地域の豊かな森や自然を守っていかなくてはなりません。しかし、世界では森林の減少が進み、多様な生きものの生息域が分断され、生物多様性の損失が進んでいます。

多くの問題を抱えている現代ですが、問題解決の兆しって果たしてあるのでしょうか? 温暖化で想像を絶する大雨、死ぬかもしれないってほどの酷暑、すべては私たちの出す大量のゴミの影響だと思うのです。それも環境破壊するゴミ・・・ そう行ったゴミをうんと減らすこと。。。そうするしか地球の未来はないんじゃないでしょうか。

最近は特に思うのですが、料理をした後のゴミの量・・・すごくないですか?
ビニール袋やラップや発泡の皿などのプラスチック関係が山ほどでませんか? 海に流れているプラスチックゴミの量が半端じゃないようです。 この量がまた半端ないみたいです。海底にヘドロみたいに堆積してるんです。

自然環境を守ることは、一人ひとりの心の中にあるのです。

「地球環境が大変です」「自然や生態系を守りましょう」「地球にやさしく」・・・地球環境の危機を伝える情報と、この問題への取り組みを呼びかける言葉が今、世の中にはあふれています。

ニュースでは毎日のように、何か環境にかかわる報道があり、インターネット上でも多くの情報が発信されています。学校でも子どもたちが授業で環境のことを習い、関心と知識とをたくわえる機会に恵まれています。

しかしなぜ、環境を保全しなくてはいけないのか、という理由を、誰かが納得のいく形で明確に示してくれることは、なかなかありません。なぜなら、その本当の理由は、一人ひとりの心の中にあるからです。

石炭火力発電に依存する日本、脱却の道は?

小泉環境相は12月11日に予定されているCOP25の演説において、脱炭素化に向けての日本独自の取り組み内容をアピールしていく考えを表明するようですが・・・注目したいです。

 

2019年12月 9日 (月)

老後をどう生きる

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織田信長は「人生50年・・・」と謳いましたが、2018年の日本人の平均寿命は女性が87.32歳、男性が81.25歳です。

82歳でも約50%が生存し、今は人生100年時代と言われるようになってきました。定年退職年齢が65歳へと延長され、仕事や人間関係のしがらみから解放されて長年の夢を実現するご隠居期間は、逆に短くなりつつあります。

老後をどのよう生きるかは、十人十色ですが、目標を持ち、実現するために必要なものは「健康」と「生きがい」と「お金」の3つです。これらは密接に影響し合い、高齢になればなるほどその影響度は増します。

「健康」だからこそ夢や希望を実現できる
どんなに潤沢にお金があっても、心身が不健康な状態では夢や希望を体験・実現することは困難です。豊かで自由な老後には、一つ目の要素「心身の健康」が必須です。

心の健康は、生きがいを持つこと
ワクワクしたり、夢中になるものを持っていますか?と言うことです。自治会やボランティアの活動、カラオケ、お稽古事などを、一人あるいは仲間と楽しみ、そして社会と繋がる、それで十分です。短時間でも社会に参加してそれ相応の負担をすれば、現役世代に偏っている負担の軽減と閉塞感が払拭されるかもしれません。

「お金」は健康で生きがいのある人生を過ごすための土台
「お金」は、豊かな老後の土台となる最も重要な要素です。これがしっかりしていなければ、いくら健康でも生きがいがあっても人生を満喫することはできません。必要な老後資金はいくらか・・・算出に必要なデータは、自分自身が持っているものです。

 

2019年12月 8日 (日)

事実を正しく理解すること

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上手に生きるには、世の中の事実を正しく理解し、行動につなげることです。

例えば「善と悪」・・・どんなことが善で、どんなことが悪なんでしょうか?答えは簡単です。「すべての人の幸福を実現するのが人類の目的」なのですから、その目的にかなっていることは善いことであり、逆に少しでも人を不幸にすることは悪いことなのです。

人生には「人間関係のしがらみ」がつきものです。人間は独りでは生きられません。必ず自分以外の人間と係わり合いながら、生きていかねばなりません。

人間の善と悪、正義と不義などですので、善いことと悪いことを見分けられる人が、人や物事を見抜く力のある人になります。善いことと悪いことを見分けるために、法律や道徳が存在しているので、それを知り高めることが人や物事を見抜く方法といえます。

また見抜く力とは、嘘を見抜く・・・浮気を見抜く・・・本質を見抜く・・・人を見抜く・・・性格を見抜く・・・男を見抜く・・・女を見抜くなど、様々な場面で使う力でもあります。

見抜く力がなければ、人に騙されたり、利用されたり、お金を奪われたり、傷つけられたり…悪いことや災いの起きる不幸な人生になります。因果応報もあるため、見抜く力は、幸せな人生を送るために、非常に大事な力であることが分かります。

物持ちの貧乏人

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物持ちの貧乏人」
あらゆる物が溢れ、なんでもすぐに手に入る世の中です。暮らしを便利にするもの、楽しく豊かにするもの、私たちは本当にたくさんのものに囲まれて生活しています。

でも少しだけ考えてみてください。それはほんとうに必要なものでしょうか?たくさんの物であふれかえった家の中で・・・その物たちは、心を豊かにしてくれていますか?世の中は暮らし方の一つの見方に・・・貧乏な家ほど物が多くて苦労している「ストレスが貯まるがお金が貯まらない」があります。

「ミニマリスト」や「断捨離」という言葉が流行っています。
それらの言葉は決して「何でもかんでも物を捨てなければいけない、物を多く持つことが悪だ」と言っているわけではありません。

自分にとってほんとうに必要なものを見分け、無駄なものは省くこと・・・数は関係ありません。ほんとうに必要な物なら多く持っていたっていい。他の人がいらないという物だって、自分にとって必要なものなら大切にすればいい。それが必要な「ほんとうの断捨離」です。

人に感謝されること

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人は感謝されるのは本当に嬉しいものです。

私も感謝して下さると、本当に感謝いっぱいです!そんなに喜んで頂けたのかと嬉しいからです!そして、それと同時に、嬉しいのは(人に感謝できる事)です。

感謝される事と、人に感謝できる事・・・これが私達の毎日を明るく豊かにしてくれます。でも、人から感謝される事は、並大抵の事ではありません。本当に心から感謝される事は、そんなに簡単な事ではありません。

適当な挨拶のありがとうございます・・・ではなく心からのありがとうございます・・・です。それは、決断と勇気が必要です。また継続することです。

ビックリすること・・・ありました。
私が歩いていたら、後ろから、70歳前後のご婦人の方が、駆け足で私に近づいてきて、「この町は、どうしてゴミのないきれい町なのですか?」と聴いてきました。

私は、『住んでいる人が、「きれいな町に住みたい!」と思っている人が、多くいるからでしょう』と答えました。本当にあったことです。・・・12月3日(湯殿川沿いの通路)です。

年は取りたくないねー

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湯殿川と君橋付近

老人が「年をとりたくないねー」とつぶやきがあります。実は私も口にしてしまうこともあります。

むかし、親父が「年はとりたくないねー」と良くつぶやいていたことを思い出し、いま私も「つい年はとりたくないねー」・・・と「私もとうとうそういう年になったんだ」と、思うことが・・・。

理由はいろんなものがありますが、まず一つ目に、「見た目の問題」2つ目に「体の衰え」があります。腰は曲がり、視力は衰え、耳が遠くなり、上手に歩けなくなる。

病気や、物覚えが悪くなるは・・・実生活で不便さを心配する気持ちが大きいです。また、男性でも、女性でも気にしていることは、やはり顔です。

約半数の人が、顔のしわ・たるみに老化の恐怖を感じているそうです。そして、「年をとりたくない!」と悩みを抱え込むのだと思います。

「上体温」「食事」「睡眠」の3つがカギで、心身ともに健康に動ける寿命である「健康寿命」を延ばすことができる条件と思います。歩いて、人に挨拶・知り合いの人に声をかけて、世間話をするすることを心がけるようにしています。

2019年12月 7日 (土)

先見の明

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現代は地球規模の大きな懸念があります。
民族や宗教、地域や国家間の衝突・紛争、環境・食糧・エネルギー問題、極端なマネー至上主義経済、そして人心の荒廃です。

人類は国内では解決不可能で、国家間さらには地球規模で取り組まなければ解決できない様々な危機に直面しています。

人類全体の存亡にかかわるこれらの危機を克服し、次の時代を担う子供たちに、豊かで生きがいのある21世紀社会のフィールドを提供することは、子孫に対する、今を生きる人間の最大の義務と責任です。

私は、「先見の明」が大事と考えます。
「先見の明」とは、「事が起こる前にそれを見抜く判断力」という意味があります。「先見」には「事が起こる前に見抜くこと」、「明」には「理の明らかで疑いのないこと」もしくは「事理を弁別する知力」を表します。

思考の実現・・・
「思考の三原則」 (安岡正篤 一日一言より) 

① 目先に捉われないで、出来るだけ長い目で見ること。

② 物事の一面に捉われないで、出来るだけ多面的に、出来れば全面的に見ること。

③ 何事によらず枝葉末節に捉われず、根本的に考える。

これが、『思考の三原則』です。要約すると・・・「物事は、①長期的、②多面的、③根源的に考えなくてはならない」と言うことです。

2019年12月 6日 (金)

生きる姿勢

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私が82歳まで生きてきて・・・たどり着いた「生きる姿勢」・・・考え方。

『自分のために生きるな、他人のために生きろ、ただし自分の健康は自分で守れ、そして楽しく生きろ』・・・という事です。

心の持ち方、つまり物事の見方考え方を変えるだけでも、苦が苦とならないことや解決することがはたくさんあります。基本的には、自分より先に相手を守ろう助けようとする心持ちがあれば多くの問題が解決します。

故事に「人を呪わば穴二つ」があります。

人を憎んだり恨んだり責めたりすると、相手も傷つくが自分にも害が及ぶと言うことです。この言葉を裏返すと素晴らしい言葉になるのが分かります。

「人の幸せを願えば幸せ二つ」となります。

人の幸せを願えば相手も幸せになるが、自分も幸せになると言うことです。自分の幸せより人の幸せ、自分の立場より人の立場、自分を守るより先に相手を守れということです。言い換えれば「お互い助け合って生きなさい」と言うことになります。

2019年12月 5日 (木)

世界の恒久平和の願い

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最近、アメリカとロシアの関係・アメリカと中国の関係などから、今世界の平和が軋みだしているように思えます。

世界の恒久平和は人類共通の願いであります。

冷戦終結30年 大国間の新たな争い 世界の分断や軍拡競争の懸念 〔

アメリカとソビエトの首脳が冷戦の終結を宣言して、3日で30年となります。アメリカは冷戦後、アメリカ主導の国際秩序の構築を図る一方、ロシアと中国は近年、アメリカに対抗する姿勢を鮮明にしていて、大国間の新たな争いが世界の分断や軍拡競争を再び招くおそれが懸念されています。

終末時計 過去最短の2分に
冷戦終結を受けて、地球最後の日までの残り時間を象徴的に示す「終末時計」は、いったんは「17分」となって、冷戦後の和平に期待が高まったものの、その後、イラク戦争や核の拡散などで状況は悪化し、現在は「2分」と過去最短で混迷深まる国際情勢を表しています。

アメリカの科学雑誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」は、地球最後の日までの残り時間を象徴的に示す「終末時計」の時刻を発表しています。それによりますと、30年前の冷戦終結宣言を受けて1990年は残り時間が6分から10分へとそしてその翌年の1991年には17分まで戻され、冷戦後の和平に期待が高まりました。

終末時計とは、核戦争などによる人類(世界や地球と表現されることもある)の絶滅(終末)を午前0時になぞらえ、その終末までの残り時間を「0時まであと何分」という形で象徴的に示す時計である。実際の動く時計ではなく、一般的に時計の45分から正時までの部分を切り出した絵で表される。(ウキぺデイア)

2019年12月 4日 (水)

生きている意味

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生きている意味は「幸せになる」ことです。

今、私は幸せです。
なぜそう思うか?「幸せ」とは、自分が世の中のため(地域社会)ほんのちょっと「役に立っている」ことが出来ていることです。

「役に立っている」とは、地域の人が少しでも、穏やかに、安心して暮らせるように心がけて、行動する・・・ことが出来ていることです。

人は得てして、自分ではどうにも出来ないことに、囚われて思い悩んでしまいます。自分でどうにか出来ることは、一生懸命に行動し、どうにもならないことは、放っておくようにすることが大事と思います。

地位や名誉、財産など、よく考えてみれば、私たちが欲望を向けているものの多くは、実は自分にはどうにも出来ないものばかりです。

「いや、努力すれば手に入るのではないか?」
と思うかもしれませんが、多かれ少なかれ誰かの意向や時の運が絡むことが避けられない以上、完全に自分の裁量内にあるもの、つまり、私たち次第であるもの・・・とは言えないと思います。

2019年12月 3日 (火)

人類の危機が迫る

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地球温暖化が、これ以上続くと地球上の人間も含めて生物の危機は、確実に来るだろう。

スペイン・マドリードで開催されている国連気候変動枠組条約第25回締約国会議(COP25)は、温暖化の影響が指摘される自然災害が相次ぐ中、その実施に向けた準備の最後の詰めを行ないつつ、迫りくる気候危機に立ち向かう各国の取り組み強化に向けた気運を醸成できるかが課題です。

アメリカ(温室効果ガス排出国世界第2位)が11月、「パリ協定」からの離脱を正式に通告していて、実効的な対策を軌道に乗せられるのか注目されます。

温暖化を止めないと文明が崩壊

温暖化の暴走が行きつく先には、人類絶滅という最悪の結末もあり得る。咋年3月に亡くなった「車イスの天才宇宙物理学者」スティーブン・ホーキング博士は、2017年7月BBCのインタビューの中で、地球温暖化防止の国際的な合意「パリ協定」から、トランプ政権が離脱を表明したことを、厳しく批判しました。

山本東京大学名誉教授は、「ホーキング博士だけでなく、温暖化が人類存続を危うくするものだという声は、世界の専門家から次々と上がっている」と強調しています。

米国がパリ協定から離脱することで、地球温暖化が加速、「気温250度、酸性雨が降り注ぐ金星のような高温の惑星へと地球を追いやるだろう」と警告しました。

タバコのポイ捨てのこと

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バコを吸う人は大人です。
タバコを吸う人のマナーが悪すぎます。サラリーマンが、駅まで歩いていく途中にタバコを吸って、私たちの町の一級河川沿いの通路(河川管理通路)に捨てていくのです。(八王子市では歩行禁煙)

そういう人は、けっこう高学歴の、立派な社会人?、誰も見ていないから・・・タバコの吸殻一本ぐらい・・・吸殻は2~3日すれば土に返る(無くなる)・・・それとも全く無意識・・・?携帯灰皿なんて面倒だ・・・といこと?捨てられています。

迷惑するのは私たち、近くの住む住人です。私は、毎日ごみ拾いをしていますが、毎朝同じような量で、捨てられています。タバコの吸殻が捨てられているから~小さなゴミならいい?とでも思うのか子供たち?、コンビニで買った食べ物の容器・ペットボトル・空き缶捨てられています。

自分のことしか考えない自己中心的な性格の人が多くなった? 
自分の言動で人が傷つくことがあっても、周囲に対して悪いと思うことはなく、嫌なことは人任せにして、常に自分さえよければいいという考え方をしているのでしょう。子供のときの“しつけ”がなされていなかったと思います。

躾の三つ基本を考え直して欲しいものです。
教育哲学者だった森信三先生は、「しつけの三原則」というのを提唱されています。「おはよう」、「ハイ」、「はきもの」の三つです。

1.特に朝、「おはようございます」と明るくあいさつ。
2.呼ばれたら、「ハイ」と返事。
3.はきものをきちんとそろえ、席を立ったら椅子を入れる。

2019年12月 2日 (月)

地球温暖化が深刻

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「温暖化は深刻」

注目したいです・・・。「COP25」は国連の主導で開かれる地球温暖化対策を話し合う会議で190を超える国と地域が参加して、日本時間の2日夜、スペインのマドリードで開幕します。

このままのペースで温暖化が進むと、今世紀末には世界の平均気温が現在より3度ほど上がるとされています。海面水温の上昇などにより日本の南海上を猛烈な台風が通る頻度は増加するとみられ、日本列島への影響が懸念されます。

気候報Covering Climate Now) より
気候変動。現在、人類が直面している最も深刻な危機と言っても過言ではありません。気温上昇、海面上昇、干ばつ、洪水、異常気象、森林火災など、この現象がもたらす被害はすでに大いに発生しており、今後も悪化する一方でしょう。

その負の影響は保健医療、経済、社会、安全保障など、あらゆる分野で現れています。

問題の悪化を止めるためにさまざまな対策が打ち出されていますが、いずれも社会・経済における抜本的な改革を要します。エネルギーの使い方、産業の運営の仕方、生活や消費のあり方など、グローバルなレベルでの見直しが必要とされます。

しかし、危機の深刻さをわかりながらも、改革が進まない。2030年までに二酸化炭素などの温室効果ガスの排出を半減するという目標を掲げながらも、いまだ排出が増え続けています。

各国政府による本格的な対策は少なく、言葉と行動が矛盾する点があまりにも多いです。企業がひたすら消費の増加を促す。さらに、世論の意識を高め、政府と産業に火を付けるはずのメディアによる報道量と内容がほとんど変わらない。「気候沈黙」(climate silence)状態なのです。

高齢化社会と認知症

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厚生労働省によると
我が国では高齢化の進展とともに、認知症の人数も増加しています。65歳以上の高齢者では平成24年度の時点で、7人に1人程度とされています。なお、認知症の前段階と考えられているMCI(軽度認知症障害)の人も加えると4人に1人の割合となります。

全認知症の約半数がアルツハイマー型認知症です。

アルツハイマー病は、進行性の脳の病気で、現在の治療では治癒することができません。記憶や思考能力がゆっくり障害され、最後には単純な作業もできなくなります。多くの方が亡くなるまでの10年以上、認知症の症状が続きます。

2型糖尿病、高血圧、脂質異常症、肥満が認知症リスクを高める。2型糖尿病とは、インスリンの作用不足により、血糖値が慢性的に高くなる糖尿病のひとつです。

◎ ウォーキングなどの運動を続ける。

◎ 体と脳を同時に使うと効果的。

◎ 魚・野菜・果物・大豆を十分食べる。

◎ コミュニケーション予防効果がある。

◎ アルコールを飲みすぎない。

私も高齢者(82歳)大分体力・気力が落ちてきたことを、実感している今日この頃で、出来るだけ周りの人に迷惑かけないようにしたいと考えています。

魚・野菜・果物などを、意識して食べ、毎日歩き人と出会ったら、挨拶を交わし世間話などを話すようにする。そして、毎日ブログを書く・・・を続けて行きたいと思います。

2019年12月 1日 (日)

人の道というもの

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「人の道」を外すな!
むかし父親によく言われていましたが、具体的には、何かは「親の言うことを聞け」しか、覚えていませんが、改めて今思うと・・・人の道とは・・・人として生きていく上で守るべき事柄。人の道を外すとは・・・倫理的によくない行動をすることです。

倫理とは・・・「倫(人の輪・仲間)+理(仲間の間での決りごと・守るべき秩序)=倫理。」つまり、社会生活を送る上での一般的な決まりごと、と捉えることができます。

江戸時代末期武士。新撰組の局長・・・(現在の東京調布市出身・・・農家の三男)

これは、泣く子も黙ると言われた剣客集団、新選組局長・近藤勇の名言です。副長土方歳三(現在の日野市で農家の出身)とともに新選組を率いて、幕末に一石を投じました。

近藤 勇の名言

「人の道」・・・今の世の中に通じるものがあると思います。

◎ 忘れてはならぬものは 恩義
◎ 捨ててならぬものは 義理
◎ 人にあたえるものは 人情
◎ 繰返してならぬものは 過失
◎ 通してならぬものは 我意
◎ 笑ってならぬものは 人の失敗
◎ 聞いてならぬものは 人の秘密
◎ お金で買えぬものは 信用

俺は武士よりも武士らしい武士になる(武蔵多摩郡上石村→現在の調布市から京都に行くときの決意のことば)

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