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2019年11月21日 (木)

老い先を考える

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平林寺境内2

老いても、幸福を感じるための条件として挙げるのが、「自己決定(自分の在り方を決めること)」です。

「自己決定=自律(自分自身で立てた規範に従って行動すること)」が保たれていれば、「自立」できていなくても幸せを感じられます。だから、“晩年には、人は必ず自立できなくなる”・・・が自分の意志で何かをしていると思うことができます。

つまり「自律」が保たれていれば、幸福感はなくならない、幸福なら、生きる意欲も失われないということです。

少子高齢化社会の日本では・・・高齢者の年金や医療・介護費が国の財政を圧迫しています。財源を支える勤労世代には、その恩恵を受けられる保証がありません。

「なぜ高齢者ばかりがいい目をみるのか・・・」そんな思いが若い世代などの間で芽吹き、不満につながり、高齢者に対する嫌老感を生み出している・・・作家の五木寛之氏はそうした社会の雰囲気を「嫌老社会」と名付けています。


確かに日常的にも困惑する光景を見ることが増えてきたように思います。認知能力が低下しているのに、高齢ドライバーの事故のニュースはもはや珍しくはありません。

核家族化や少子化に伴い、地域でのつながりが希薄になっています。従来、家族内や地域で行われていた高齢者と子どもの交流は減少はもとより、隣近所も“声かけ”少なくなり、高齢者は、社会的な役割を担う機会が減少することにより、そのことが「孤立化、生きがいの喪失」に繋がっていると思います。

家族関係がよければ助け合うが、関係性が少しでも悪化すれば、最大の福祉機能である「家族」は機能しません。そればかりか、排除をする側として攻撃してしまいます。家族には、もう高齢者の豊かな老後を支える余力はない時代となってきていると思います。

転換期を迎え、生活や場所のこと・・・介護のこと・・・支え合いこととか、医療や福祉の不安をなくすためには、どうすればいいのか・・・これからも考え続けていく問題と思っています。

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