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2019年10月14日 (月)

真実に生きるとは

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odaiba-97[1]

『事実と真実』

「事実」は「客観的な事柄」、「真実」は「主観的な事柄」を意味し、内的世界(身体の中)にある感覚、感情を感じ尽くすところから浮かび上がる知恵です。

真実に触れると人間には「気づき」が起こります。誰かから教えられたり、指示されたりすることではなく、自分の内面から生じる感覚的な「発見」や「ひらめき」を「気付き」で、人生を進路を決めていきます。

「気づき」で、さまざまな思い込みや制限を手放すきっかけにもなります。今まで八方塞だった問題の解決や個人の成長にもつながります。それはまるで、今までモヤがかかっていたところに光が差し込んできたかのような、急に視界が開けたような感覚です。

ところで、そもそも「気付き」とは一体どのような状態のことを指すのでしょうか。どのようにしたら「気付き」を起こすことが出来るのでしょうか。

「気付き」とは、誰かから教えられたり、指示されたりすることなしに、自分の内面から生じる感覚的な「発見」や「ひらめき」、「解釈や理解の変化」のことで「真実な心」です。

「真実の心」を表現

「口と心と行い(手)と三つ揃って誠という」です。行いと手は同じだと考えられるので、どちらも同じ内容を表してます。「口先だけじゃダメだ。」ということです。

心で思ってないのに、口先だけ取り繕うのは誠とは言えない。口で話す内容、心で思うこと、行動で示すことが三つ揃って初めて「誠」となる、ということです。その理屈を理解し生きれば、「人生悔い無し」ではないでしょうか。

 

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