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2019年9月 7日 (土)

生きることの意味

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南の大橋の上から

生きることの難しさ、虚しさが如実に現れるのが、年老いてからです。

改めて思う、生きることの意味は「幸せになること」です。

年老いてくると、未来への希望や可能性が狭まってきます。新しいことをするためには、気力も体力も残されていません。同じ事を同じようにしようとすれば、若い人間には、太刀打ちできません。二十代の若者と同じ条件で、七十代、八十代の人間が競わせようとするのは残酷な行為でしかありません。

年寄りには年寄りの生き方ある

人は、生きてきた時間だけ多くの経験や知識があります。その経験や知識を上手に活用することが年寄りの特権です。そのためには、その人その人が生きてきた、軌跡の延長線上に生活の基盤を求めることだ思います。

年寄りにも、活躍する場所があります。人に役に立てるからこそ生きる喜びがあります。生きてきた証のような事まで愚弄されれば、生きる気力まで奪われます。

年寄りは、社会の厄介者だけではない

人はただ生きているわけではありません。生きようとして、生きる希望を持つから生きるのです。生きるということは、生き生きと生きることです。世間の世話になり、邪魔者扱いを受けることではありません。年をとっても幸せになる権利はあるのです。

私は、年寄りになっても、「社会のために、今できることをする」ことで喜びを感じています、つまり、奉仕の心を持ち、実行できる「幸せ感」・「充実感」を味わっています。

「誰の世話にもなりたくない」そんなことを年寄りに言わせるような社会は、本当に豊かな社会なのでしょうか・・・人は支え合って生きられるのです。人生の終局に「私は何のために生きてきたのだろう」なんて年寄りが呟くような社会は貧しいと思います。最後まで、しっかり生きることが大切です。

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