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2019年8月11日 (日)

命の引継ぎ

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odaiba-97[1]

人の親は、自分の子供が立派な成人になることを望んでいます。

人はみな生から始まって死に至りますが、生を次代に委ねることによって生がつながっています。つまり、「リレーされるいのち」とは、人間として、種族として、家族として継承される生命ということです。

家族でいいますと、祖父母、父母、子、孫というように続いているいのちです。私たちが先祖や子孫のことを想い起こすことができるのは、せいぜい3世代くらいまででしょう。

私が今ここにいるということは、何はともあれ2人の父母がいたからです。その親がまた2人ずつで4人というふうに倍々に増えていきます。

父母、祖父母、曾祖父母と世代をさかのぼればのぼるほど、ご先祖様の数はふくれあがっていきます。これを続けて計算していくと20代前には100万人を超え、とんでもない数字になります。

実際はいろいろと複雑に絡み合っているのですが、こうして考えますと人類みな兄弟、ご先祖様はみな同じということになります。

人間同士も、すべてのいのちも同じつながりがあるのです。ですから、いのちあるものはみな兄弟と意識できれば、人間同士が傷つけあったり、他の生命を粗末に扱ったりということもなくなるのではないでしょうか。

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