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2019年7月 9日 (火)

人間はなぜ純真無垢に生きられないのか

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「純真無垢」には、「嘘をつく、人を疑う、欺くなど相手をおとしめる気持ちが全くみられない」という意味です。
漢字の「純」には、「混じりけや飾り立てる気配がない」、「偽りの気持ちや汚れたところがない」という意味があります。「真」は、「嘘偽りがないまこと」、「自然なままの様子」を表します。

東洋経済 「枡野俊明住職に聞く「禅を学ぶ」ことの意義」より・・・

禅の世界

動物は寝たいと思ったら寝る、嬉しいと思ったら嬉しい、悲しいと思ったら悲しい、それが当たり前。自分の心をそのまま映す“鏡の心”を持っています。動物は純粋無垢です。それを見て、人間は癒されたり心地よかったりします。彼らもまた、図らずも禅の世界を生きています。

人間も本来はそれを持っているのですが、自分が得をするとか損をするとか執着があるために、正しい選択ができなくなってきています。本当はいいと思っているのに、これをしたら周りによく思われないかも、など行動よりも考えることを先にしてしまうので、そこに計らいことが出てきてしまう。

積み重ねたものがある人とない人では、直観の働き方が異なります。成功も失敗も繰り返し、経験を積んできた人は直観でわかるようになるのです。

チャンスは誰にでも平等に訪れますが、それを使う準備ができた人がつかみ取ることができる。毎日がルーティンでも、自分が高まっていれば、その中にも何かを発見することができます。昨日は見えていなかったものが見えるようになる。それが、自分が成長している証です。

何かしなければならないときに、頭で考えずに先に行動することです。面倒くさいな、明日にしようかな、これをすることに意味があるか?と考えるのは、損得勘定。

考える前に一歩踏み出せるようになると、禅の世界を生きられるようになります。

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