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2019年5月10日 (金)

「おかげさま」と「ありがとう」

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「おかげさま」・・・人や物から受けた「助けや力添え」を意味で、感謝を伝える時に使います。
「ありがとう」・・・自分以外の対象に対して感謝やお礼の意思を伝える言葉です。
私たちは「生きている」と同時に、「生かされている」のだということがわかると、自然に対して、また人や物に対してやさしさが生まれてくるはずです。そのやさしい心を表す言葉、それが「ありがとう」と「おかげさま」です。

私たちは、多くの人たちの支えと、自然の恵みによって生かされています。豊かな現代社会に暮らしていると、当たり前の有り難さをついつい忘れがちですが、この世はまさに持ちつ持たれつの「おかげさま」の世界です。

「当たり前は、お陰様に支えられている」
私たちが過ごす“当たり前の日常”は、実は当たり前ではありません。誰かのお陰様に支えられています。 目に見えない“お陰様”に気づいた人だけが、当たり前に感謝できるのです。

「感謝を忘れる時」

「ありがたいな」と思えなくなったとき、人は感謝を忘れています。ありがたいと思えなくなるのは、それが“当たり前”になったときです。 
料理を作ってもらうのも、安全な食や生活があるのも当たり前・・・当たり前と思ったときから、感謝を忘れていきます。当たり前ではなかったことを思い出すことです。

「人に迷惑をかけずに生きる」は傲慢

「一人でも生きていける」と言うのは傲慢です。自分がどれだけ多くの人に助けられているかを自覚していない人が言う言葉です。また「人に迷惑をかけずに生きる」も同義語です。 
人に迷惑をかけずに生きることは不可能です。人は一人で生きていくことも、迷惑をかけずに生きていくこともできません。 人は、迷惑をかけ合い、支え合いながら生きているのです。

「今ある幸せに気づくこと」

「○○があれば幸せになれる」と言う人は、それを手に入れても、幸せにはなりません。もっと何かを欲するようになります。 「今のままで充分幸せ」と言う人は、何を得ても幸せになります。
今あるものでいかに幸せを感じられるか・・・気づけるか・・・その感性がなければ、いくら足しても増やしても、幸せにはなれないのです。

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